第32話:魔王、妖精王の繭を見る
妖精騎士団たちはクッションを抱きしめるほどに魔力を取り戻していった。
ひび割れていた翅は淡く光を帯び、みるみるうちに再生していく。
周囲に満ちる、圧倒的な魔力の波動。
——もはや現世のS級ハンター級。
空間機動を含めれば、それ以上と言っていい。
『ベルフェゴール様!状況は団長より伺いました!我々が隣国トリーグニルまでお運びします!!』
頼もしさを取り戻した妖精騎士団の声に、ベルフェは軽く肩をすくめた。
「……そのまま掴んで飛ぶつもりか?」
『はい。最短であれば、その方法が——』
ベルフェは足元の瓦礫へ視線を落とす。
魔蝗に踏み荒らされ、半ば崩れた家屋の残骸——折れた梁、割れた壁板、砕けた床材。
その前に、ふと思い出したように口を開いた。
「……なぁ。お前ら、どれくらいの重さまでいける?」
『重さ、ですか?』
妖精騎士の一人が一瞬考え、胸を張る。
『個体差はありますが……我々騎士団であれば、総重量で五十トン程度までは問題ありません』
「……五十、トン……?」
天音が思わず声を漏らす。
『それくらいの積載物を以前、隣国まで運んだことがあります!』
ベルフェは短く頷いた。
「……十分すぎるな」
その横で、アラームがぼそっと呟く。
『……化け物じゃな』
「今さらだろ」
『そうじゃが……改めて聞くと怖いのじゃ……』
ベルフェは一瞬だけ天音を横目に見て、ぼそっと言った。
「……直に受けるには、だるい速度だからな」
天音が一瞬、目を瞬かせる。
「え……?」
次の瞬間。
「——無為鍛成」
地面が低く唸り、壊れた家屋の残骸が“逆再生”されるように宙へ浮かび上がった。
梁は削ぎ落とされ、板は噛み合い、壁だったものは骨組みへ。
床だったものは座面へと組み替えられていく。
わずか数秒。
そこに現れたのは——屋根と風避けを備えた、即席の空中馬車だった。
『……!?』
妖精騎士団が一斉に息を呑む。
『家屋を……分解して……?』
『しかも、この短時間で……!?』
「壊れてるもんまとめた。浮かして運んでくれ」
ベルフェはそう言って、当然のように乗り込む。
クッションを置き、深く沈み込んだ。
「……これなら、寝られるしな」
『移動中に寝る気満々じゃな!?』
続き、天音とアラームも恐る恐る乗り込み、風避けの内側で思わず息を吐いた。
『あ、承知しました!スキルで浮かしますね!』
我に返った妖精騎士団が慌てて配置につき、馬車の四隅へ魔力を流し込む。
次の瞬間、馬車はふわりと浮かび上がり、妖精たちに引っ張られる形で空へと滑り出した。
アラームは感心したように頷く。
『……面倒がりのくせに、無駄に合理的じゃな』
ベルフェはクッションに顔を埋めたまま、ぼそっと返す。
「……落ちたら回収すんのも面倒だろ」
天音はその言葉の裏を理解して、小さく笑った。
◇
飛行の途中、妖精たちは少しずつ故郷の話を語ってくれた。
『我らの世界は“フェガルド”。花国フラワニルは薬草が豊富で、花の蜜は絶品なのです!それを元に、回復薬や香薬を作っておりました!』
天音の目がきらきらと輝く。
「えっ……美味しいんですか……?」
『最高ですよ!本来なら、ぜひご馳走したかったのですが……』
『我らが向かっていた樹国トリーグニルは、巨大な世界樹が国の中心にありましてな!その木で作った家具は、軽くて丈夫で……』
アラームが興味深そうに目を細めた。
『……家具……良いのじゃ……欲しいのじゃ……』
「今の状況で欲望出すな」
そんな和やかな会話を挟みながらも、妖精騎士団は止まることなく飛び続けた。
白花の草原を滑るように進み、破壊された街を越え、
暗い森を突き抜け——
徒歩なら数日かかる距離を、わずか一時間で踏破した。
これほどの力を持つ民族ですら無力だった魔蝗害。
“災害”と呼ばれる所以が、嫌というほど伝わってきた。
だが——その思考を遮る光景が、視界に飛び込んできた。
「……あれ……」
天音が震える指で、王都跡を指し示す。
『あ、あれは……!?』
街の中心にあったのは——巨大な“闇色の繭”。
脈動し、呼吸するように膨らみながら、悪夢の心臓のように黒い魔力を世界へ滲ませている。
その周囲を——
『アアアアアア!!!』
『ギャギャギャギャ!!』
無数の魔蝗が飛び交っていた。
繭を守る巣のように、黒い影が群れを成している。
あまりの数に、天音の表情が強張る。
「……こんな……大量に……!」
ワスプルは蒼白になり、拳を震わせた。
『あそこは……トリーグニルの王宮です……あの繭……まさか……あの中に……!』
アラームの尻尾が逆立つ。
『……魔蝗の魔力濃度が……ここだけ桁違いじゃ……これは……王を核にした変質……!』
ベルフェは、ただ一言だけ呟いた。
「……“妖精王”かもしれんな」
天音が息を呑む。
「え……生きてる、んですか……?でもあの姿は……!」
『そ、そんな……王が……あの化物に……!?』
ベルフェは不機嫌そうに眉を寄せる。
「確定じゃねぇ。だが……嫌な予感は、大体当たる」
その時——
ピロン。
ベルフェの視界に、赤色のシステムウィンドウが展開された。
――――――――――
双禍の繭
種族:異形融合体
弱体化した二体の妖精王を核として、
魔蝗の魔力が融合し誕生した災厄。
花国と樹国の魔力を強制的に集束させ、
毒花と古代樹皮が混ざり合う
“二重の災い”を宿す破滅の繭。
※命を断つこと以外、停止手段は存在しない。
――――――――――
天音は震える手で口元を押さえた。
ワスプルは剣を握りしめたまま、言葉を失う。
『……こ、これが……王……そんな……倒すなんて……!!』
ベルフェは目を閉じ、わずかに息を吐いた。
「……この世界を救いたいなら、選べる手段はひとつだ」
その瞬間——
ぐちゅ……ッ。
繭が腐れた花弁のように裂けた。
ビキ……ビキィィ……
バリィィィィン!!!
巨大な塊が吹き飛び、中から“それ”が姿を現す。
まず飛び出したのは——人間の腕と同じ形をした、巨大な四本の腕。
次に、樹皮と毒花が絡み合った巨体。
そして頭部。
妖精王の面影は一切なく、魔蝗の無機質な複眼と、人間じみた口を持つ仮面のような頭が、ぎちぎちと軋む。
背中からは、妖精王の莫大な魔力が暴走した結果生まれた、巨大で悪夢的な蛾の翅が脈動していた。
天音が、震える声で呟く。
「……これが……王様……なんですか……」
ベルフェは一言だけ返す。
「……嫌な予感ほど、当たるもんだな」
四本の腕が天へ向かって咆哮した。
『ヴォオオオオオオ!!!!!!』
こうして——妖精王(異形融合体)との対峙が、ついに始まった。




