第31話:魔王、妖精国の絶望を見る
王国へ向かう途中——
『ギャギャギャ!!』
『はあぁっ!!』
ザシュッ!ザギュッ!
茂みから魔蝗が何度か飛び出す。
だが、その都度ワスプルが音もなく剣を振り抜き、瞬時に斬り伏せていく。
倒れた魔蝗は地面に転がる間もなく、黒いモヤとなり消えた。
「……なるほど。そりゃ一人で現世まで飛んでこれるわけだ」
ベルフェは感心した声で呟く。騎士団長の称号は伊達ではなかった。
そして森を抜けた瞬間——
『着きました!』
ワスプルが指差した先を見て、一同は言葉を失った。
◇
妖精王国——
本来、美しい花の城下町だったはずの場所は。
すべてが、喰われていた。
石造りの家々は壁が丸い穴だらけ。
かつて花で溢れていた通りには黒い粉の残骸が舞っている。
遠くから聞こえるのは風だけで、生命の気配がほとんどない。
その静寂の中、ベルフェは足元に「何か」が落ちているのに気づいた。
古びた土偶のように見えた。
しかし違う。
天音が小さく息を呑んだ。
「……これ……妖精……?」
それは——
乾ききった“妖精の遺体”だった。
全身が土のように乾き、ところどころ欠け落ちている。
触れただけで、ほろりと崩れる。
『……妖精の遺骸です……』
ワスプルの声は震えていた。
『妖精は魔力で生きる生命体……魔力も魂も喰われると……こうして土に還ってしまうのです……』
天音は両手で口を覆い、目を潤ませる。
「あ……こんな……」
ベルフェは屈み、粉になった部分を指先でそっと払う。
「魂ごと吸われてるな。……根こそぎだ」
アラームも神妙に頷いた。
『……ここまで酷いのは、尋常ではないのじゃ』
周囲には、同じように崩れた妖精たちの残骸がいくつも転がっている。
ワスプルは拳を握ったまま膝をついた。
『これが……妖精国の今なのです……我々の文化も、生活も、未来も……すべて……』
ベルフェは無言で周囲を見渡し、瞳を細めた。
「……やっぱり、最悪のパターンか」
『最悪……?』
「魔蝗の気配がほとんどない。つまり……もう“喰い尽くして”、別の所へ動いてるってことだ」
『……!!』
天音が絶句する。
「ま、待って……魔蝗ってそんな広範囲に広がるんですか……?」
アラームは震える声で答えた。
『これは……自然発生の魔物ではないのじゃ。“誰か”が意図して作った“災害”。……魔王級の仕業じゃろうな』
ベルフェは崩れた妖精に祈るように手を合わせた。
「出るぞ。ここはもう終わってる。隣国とかあるか?」
『ありますが……徒歩ではどれだけ時間が……!』
ワスプルが焦ったその時——
『団長!!』
『だ、団長だ!無事だったのか!!』
背後から、ボロボロの妖精騎士たちが駆け寄ってきた。
翅は破れ、鎧はひびだらけ。
それでも、彼らの瞳には生き残った誇りが宿っていた。
ワスプルは涙を浮かべた。
『お前たち……!!よくぞ……よくぞ生きてくれた!!』
『申し訳ございません……!!守りきれませんでした……!』
『王も行方不明になり……民も飢餓で死にかけています……!』
天音は胸を押さえ、痛みに顔を歪めた。
「……そんな……」
ベルフェも表情を引き締めた。
ワスプルが振り返り、騎士団たちに紹介する。
『安心しろ!我々には魔王ベルフェゴール様が力を貸してくださる!』
騎士団の顔に、わずかな希望の光が宿った。
◇
天音が「民を回復させたい」と申し出て、隠れ家へ案内された。
案内されたのは、教会の地下にある小さな広場。
そこには——
数十人の妖精たちが力なく座り込んでいた。
翅は折れ、肌は色を失い、魔力の光はほとんど残っていない。
天音は唇を震わせた。
「……これ以上魔力を吸われたら……この子たち……本当に……」
その時だった。
ぽふっ。
ベルフェが抱えていたクッションから、モフ2号がひょこっと飛び出した。
「は?お前……モフ2号だったのかよ……」
『今気づいたんか!!!』
アラームが全力でツッコむ。
モフ2号は、ふわふわと妖精たちの前に進み……
五芒星の中央をぐわッッ!と、物理法則を嘲笑うように四方へ裂け、空間そのものが裏返る勢いで開いた。
空気が吸い込まれてゆがみ、周りの妖精たちが「ひぃっ!?」と身をすくめるほどの迫力。
『こわっ!!なんじゃその開き方!!!』
「いやいやいや!?なにそのギミック!!?」
裂け目の奥から——
どっっっさぁぁぁぁぁ!!!!!
色とりどりのクッションが、津波のように広場へ流れ込んだ。
白、桃色、淡黄、もふもふ、ふわふわ。
数は100どころではなかった。
妖精たちが驚きの声も出せぬまま、そっと手を伸ばし——
ぎゅ……と抱きしめた。
すると。
妖精たちの翅に光が灯り、頬に色が戻る。
魔力がゆっくり、確かに満ちていく。
『あ……あったかい……』
『魔力が……流れ込んでくる……』
『生き返る……』
天音の瞳に涙がにじんだ。
「……そうか……スキルで作られたものは魔力の塊……妖精にとっては“食事”なんだ!」
ワスプルが震えた声で叫ぶ。
『ベルフェゴール様……!これだけの魔力が……!ありがとうございます……!!』
その時だった。
クッションを受け取った妖精騎士たちが……
一人……また一人……
クッションを4つ、5つと両腕いっぱいに抱えはじめた。
『お、おまえら!取りすぎじゃないのか!?』
『団長!魔力回復が急務なので!』
『クッションが……美味しくて……っ!!』
ワスプルは頭を抱えつつ、諦めたように笑った。
『……いや、良い!我々も早く回復して……ベルフェゴール様のお力にならねばならん!』
その横でモフ2号がクッションの角をV字に折り、グッと突き出した。
完璧なグッドサイン。
『器用すぎるじゃろモフ!!!』
ベルフェは額を押さえた。
「……玄聖のやつ……ほんと何してんだよ……」
しかしその声には、妖精たちが息を吹き返したことへの安堵が、微かに滲んでいた。




