第29話:魔王、妖精を見つける
仮住まい。
ベルフェはこだわり抜いた羽毛クッションに半身を沈め、至福の怠惰を全身で味わっていた。
ビッグダックから採れた、最高級の羽毛。
そのふわふわ具合は、もはや式神モフ1号にも匹敵する。
「……悪くない。いや、勝ったな」
本気の感触レビューである。
アラームはジト目で尻尾をぴこぴこさせながら睨んだ。
『赤門の一件から二週間……お主、だらけきっておるのじゃ。英雄だった頃とは思えんぞ』
「別にいいだろ……」
「昔の魔王様って、そんなに違ったんですか?」
天音が目をきらきらさせながら聞いてくる。
するとアラームが胸を張り——どや顔になった。
『魔界ではな、“狂気の突貫野郎”として有名じゃったぞ!僅か3日ほどで国境の城壁を全部作るような働き方、普通せんわ!』
「え……と、突貫野郎……!?!?」
天音の目が点になる。
ベルフェはぬっとクッションから顔だけ出した。
「……それ悪口だろ絶対」
『褒め言葉じゃ!魔界基準ではの!!』
「魔界基準は信用できねぇんだよ……」
天音は震えながら叫んだ。
「ギャップの暴力……!!」
——そのとき。
クッション山の隙間からモフ1号が飛び出し、新聞を丸めて床をぺちぺち叩き始めた。
『なんじゃ!?急に暴れ始めたぞ!?』
「虫でもいるのか?」
「えっ!?!?ま、ままままさかg……g……!!」
天音は全身を小刻みに震わせた。
『なんじゃ天音ちゃん……虫苦手なのか?』
「あれだけは……あれだけはダメなんです……!!」
「あれってなんだ?」
気づいたアラームが妙に低い声で言いかけた。
『某……Gの……黒テカ──』
「いやああああああああ!!!名前言わないでください!!!!」
天音が涙目で叫び、アラームの口を塞ぐ。
『天音ちゃんって苦手なもの多いのう。かわいいのじゃ』
「う、うぅ……」
と、そのタイミングで。
クッションの奥から、ごそっ……ともう一体。モフ2号である。
「二体目!?いつの間に紛れ込ませたんだよ……!」
『というか二体がかりでも捕まらぬのは相当やばい虫なのじゃ……』
「ひぃいい……!!」
天音は限界を迎えたかのように青ざめて震える。
そして——玄関にチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「で、出てきますッ!!」
天音は逃げるように玄関へ駆けていった。
◇
部屋にはベルフェとアラーム、それと床を叩きまくるモフ1号・2号だけ。
ぱこーん!
ぱこっ!
ぱこぉん!
『……けて』
「ん?お前、なんか言ったか?」
『妾ではないぞ?』
その声の聞こえた方へベルフェが顔を向けたとき——
『助けてくださああああああああい!!!!!!!』
モフたちが叩きまくっていたところから、光る何かが飛び出し、部屋中を必死に逃げ回っていた。
「……おい。なんか光ってるぞ」
『ちょっ、モフたち!!やめるんじゃ!!』
ベルフェが指を鳴らし、「そいつは虫じゃねぇぞ」とモフたちに指示すると、モフたちはぴたりと止まり、こくりと頷いて——クッション山に潜っていった。
(……擬態してんのかよ)
さて、光の正体は――小さな妖精だった。
大きなスズメバチの羽根を持ち、ぼろぼろのプレートアーマーを着て、顔は土埃まみれで息も絶え絶え。
半泣きの顔で床に手をついていた。
『し、しぬかと思いました……!!』
ちょうど玄関から戻ってきた天音が、その姿を見て固まった。
「……ま、魔物……?妖精……?な、なんでここに……!?」
妖精はハッとしてベルフェの前に膝をついた。
『貴方様は……魔王ベルフェゴール様でしょうか!我が名は妖精国の騎士団長、ワスプル!どうか……どうか助けてください!!』
「お、おう……何があったんだよ」
ワスプルは震える声で続けた。
『妖精国が……侵略されています!!』
その瞬間——
ピーピー!!!!!!!
災害警報が街中に鳴り響いた。
『なんじゃ!?急に赤門の気配が出たのじゃ!!』
ベルフェは無表情のまま一度だけ瞬き。
天音は慌てて息を呑んだ。
「さっきギルドからの速報で……!近くの黄門ダンジョンが“急に”赤門化したらしいです!……もしかしたら、それかもしれません!!」
「黄門が赤門に……。こいつが原因か?」
ベルフェがちらっと見るとワスプルはびくっと震える。
『……申し訳……ありません……!我が国を喰い尽くしている“黒き虫”のせいで……!』
「く、くく……黒……!?」
天音はまた顔面蒼白。
『いや、多分違う虫じゃ。多分じゃが……』
アラームが天音の背中をぽんぽん叩いて慰める。
ベルフェだけが、何かを思い出したような顔をした。
「……なぁ、それって……“蝗”か?」
ワスプルは勢いよく頷く。
『はい!蝗魔物の魔蝗です!!ご存知なのですか!?』
ベルフェは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……あ〜……あれかよ。クソ面倒なやつだな」
『蝗って……あの跳ねる虫か?何か知ってるのじゃ?』
「“魔蝗害”は俺の時代でもあった。単体は雑魚だが……やばいのは“数”だ。あいつら、なんでも喰い荒らすんだよ」
『まさにその通りです!!あれはもはや災害なのです!!』
天音とアラームは息を呑んだ。
こうして、新章「妖精国編」 が幕を開けたのであった。




