表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

第2話: 魔王、目覚める

 ——東京・対異界特務庁、臨時管制本部。


 黒門発生から半日が経過していた。

 夜になっても門は消えず、青黒く脈打つ光だけが静かに揺れている。


 第一探索隊は全員生還したものの、彼らの報告はあまりにも常識外れだった。


「棺の中に、古代の鎧……?」

「はい。内部の遺体が——起き上がりました。角と尾が……生えているように見えました」


「敵性行動は?」

「……言葉を話しました。“寝過ぎたな”と」


 司令室に沈黙が走る。


 映像記録はノイズでほぼ見えない。

 だが感知センサーは「生体反応」を示し、その魔力量は人類規格を遥かに超えていた。


 ――それでも、出てくる気配はない。


 攻撃も侵攻もなく、門はただ静かに“在るだけ”。


「……あの中に、留まってる?」

「理由はわかりません。行動も反応も、まったくありません」


 誰も答えを持たないまま、時間だけが静かに過ぎていった。


 ◇


 翌朝。

 新宿東口の黒門前に、一人の女が降り立った。


 純白のローブ、金糸の刺繍。

 銀髪は柔らかく光を帯び、まるで祝福そのもの。

 

 ——教国アルメシアの聖女、白崎天音。


 すでに報道ヘリはその姿を捉えている。

 だが天音は視線を意にも介さず、ただ真っ直ぐに黒門を見上げた。


 ——神託が降りたのは三日前。


『七つの罪を冠する魔王が、再び世に顕現する』


 その一節だけが天から告げられた。

 無視できる者ではない。

 天音はすぐに東京へ向かった。


 目の前の黒門から漂う魔力。

 いま漂う魔力は、確かに“怠惰”の揺らぎを帯びていた。


「聖女様……第一探索隊の佐伯です」

「ご苦労様です。状況を教えてください」


 佐伯は報告書を握りしめたまま、苦く息を吐く。


「……信じ難いのですが、彼は封印体ではありませんでした。起き上がり、言葉を話し……今は棺の中で眠っているように見えるのです」

「眠っている……?」

「魔力反応が完全に安定しています。まるで深い眠りに入ったようで」


 ◇


 再調査が許可されたのは、その日の昼過ぎだった。


 天音は特務庁の精鋭とともに黒門の内部へ踏み込む。


 青黒い光を抜けると、昨日と同じ、巨大な鍛冶場跡のような古代遺跡が存在していた。

 空気は澄み、何も動いていない。


 ただ中央に、変わらず黒鉄の棺があった。


 そして——


「……本当に、眠っているのね」


 鎧の男は棺の中で腕を組み、静かに横たわっている。

 呼吸は穏やかだが、角と尾はそのまま。

 魔力値は常識の外。


 聖女も、ハンターたちも息を呑む。


「昨日の化け物みたいな威圧がない……?」

「いや、力が消えたわけじゃない。なんで攻撃してこないんだ……」


 天音はゆっくりと前へ進む。

 杖を握りしめた手に、わずかな緊張。


「……意識はありますか?」


 返事はない。


 さらに一歩近づいた、その瞬間——


 鎧が、かすかに震えた。


 空気が揺らぎ、青黒い光が鎧の隙間から淡く漏れる。

 面頬の奥で、小さな灯りがともった。

 紋章ではない――ただ“目覚め”の証だけが息を吹き返した。


 そして。


「……寝過ぎたと思っていたが……やっと迎えが来たか」


 鎧の男は、めんどくさそうに上体を起こした。

 肩の金属が鈍く鳴り、深く息を吐く。


 圧力ではない。

 “存在しているだけ”で空気を揺らす、途方もない重み。


 最前列のハンターが、思わず膝をついた。


「反応!起床確認、意識あり!」

「い、威圧じゃない……存在感が……重すぎる……!」


 天音は静かに前へ出た。

  神託を受けた者として、天音の胸には恐れより使命が勝っていた。


「あなたは……何者なのですか」


 鎧の男は、気だるげに手をひらりと振る。


「……魔王ベルフェだ。しばらく世話になる」


 短い一言。

 だが、それだけで十分だった。


 ——正体はやはり“魔王”。


 その何気ない仕草だけで、展開されていた結界が低くたわむ。

 攻撃の意図などまったく感じない。

 ただ、漏れ出す力があまりに強すぎるだけ。


 静寂が落ちる。

 空気が張りつめ、誰もが息を呑んだ。


 ——そのとき。


 震える手で、若手ハンターが何故か湯呑みを差し出した。

 待機テントから持ってきた、淹れたばかりの温かいお茶だ。


「あ、あの……お茶……どうですか」


 魔王と名乗ったベルフェは一瞬、ぽかんとした後、素直に受け取って口をつけた。


 温度。渋み。ほんのりとした甘さ。

 ————“人の暮らし”の味。


「……うまい」


 その一言で、防衛ライン全体に判断が走る。


 ——今は戦闘ではない。

 ——対話だ。

 ——暴れさせるな。刺激するな。


 全員が息を止める中、

 “魔王”の次の言葉を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ