第28話:魔王、羽毛求む
——ギルド本部。
緊急でもなく、ただ淡々と回された申請書に、職員たちは一様に目を疑った。
「……え、怠惰の魔王ベルフェ……黄門ダンジョン、攻略希望……?」
「まさかの黄門!?黒門の嫉妬の魔王をあっさり倒したあの魔王が……?」
ざわめきは一瞬で広がった。
これまでベルフェが動いたのは世界が震える案件ばかりだった。
赤門、黒門、魔王討伐級の事件……。
そんな存在が、よりによって黄門ごときへ?
結局、その確認は天音に回ってきた。
彼女は深呼吸し、「間違いないです……」と返答した。
「な、なぜ急に……黄門ダンジョンを?」
答えは意外でもあり、案の定でもあった。
「煌翼の原野という黄門ダンジョンに、ビッグダックという巨大な鳥の魔物がたくさんいるでしょう?」
「はい?」
「その……魔物の羽毛をクッションの素材として欲しいらしいです。蘆野様の式神のモフ具合を再現するぞとか言ってて……」
「…………は?」
言い方が完全に「山へ鳥狩りに行く」ノリだった。
黄門とはいえ、ビッグダックはれっきとした魔物。通常なら命がけの相手である。
だがあの魔王からしたら、ただの素材調達でしかないだろう。
(……世界は、やっぱり間違ってる)
ギルド職員は膝から崩れそうになりつつ、承認印を押した。
◇
そして数日後——煌翼の原野。
黄金色の羽毛が風に漂い、湖の音が遠くで鳴る静かなダンジョン。
静か……だったのは五分前までだ。
「う、うおおおおっ!!!」
藤堂が渾身でビッグダックの突撃を大盾で受け止めた。
巨大な鳥が爆速で突っ込んでくる光景は圧がすごい。
その隙に佐伯が剣を一閃。
斥候の中原が側面から急所を突くと鈍い音とともに巨体が崩れ落ちた。
ヘルプとして派遣されたのは、ベルフェが目覚めたダンジョンにいたハンターの三人である。
改めて紹介しよう。
・隊長=佐伯(剣士)
・重装=藤堂(盾)
・斥候=中原(暗殺・観察)
ちなみに、他の2人は非戦闘職のため今回は参加していない。
「よし、なかなか上々だな」
「は、はいっ!」
ベルフェは満足そうに頷く。
今日の目的は羽毛調達だが、ついでにハンターの修行にもなっていた。課題はかなり無茶だ。
「羽毛使うから、できるだけ傷少なめに一撃で倒せ」
普通のハンターなら絶対に無理な要求だが、政府最高戦力の精鋭である三名は、汗だくになりながらも応え続けた。
『魔物に同情するのじゃ……』
アラームはげんなりしつつも、倒れたビッグダックを舐めるように見た。
『……でも肉は美味らしいのう?少し分けて欲しいのじゃ』
「はい!解体終わり次第送ります!」
『ありがたい!ベルフェと一緒に食べるのじゃ!』
(妾も、ベルフェと同じ肉を喰らうことで、少しでもベルフェに”なりたい“のじゃ)
こそりと嫉妬の魔王らしい欲を見せていたことを周りは知らない。
◇
攻略と呼ぶにはあまりにも一方的だった。
ベルフェは途中から急激に帰りたくなり、ついに権能を使ったのである。
「……怠縛鎖」
黒い鎖が地面から伸び、ビッグダックの群れ全体を縛り上げる。
ボス個体ですら、「クエェ……(だるっ)」と座り込んだ。
黄門のラスボスが“やる気を失って座る姿”はもはやコントである。
「いや、効きすぎでは!?」
中原がドン引きしながら突っ込む。
「今のうちに倒せ」
ベルフェの一言で、ハンター達は一斉に動く。
黄門といえど、魔王が二体(ベルフェ&アラーム)いる時点で規格外。
そこに上位ハンター3名が加われば、ビッグダックたちに未来はない。
「……あっさりだな」
「いや、あっさりすぎですよ……!?」
佐伯と中原が呟きつつも、器用にビッグダックを処理していく。
◇
——そして、羽毛抜き取りタイムが始まった。
ビッグダックは驚異的な弾力を持つため、羽毛は立派だった。
ベルフェは珍しく目を輝かせていた。
「……この弾力、悪くないな。蘆野の式神にさらに近づいた」
『クッションへの執念だけは尊敬するのじゃ……』
藤堂がぼそっと呟く。
「魔王様が……こんなに嬉しそうなの初めて見た……」
中原は羽毛袋を抱えながら死んだ目をしていた。
「……これ、何袋持って帰るんです?」
「全部」
「全部!?」
ベルフェは真顔だった。
「クッションは……質が命だ」
『妙に哲学的なんじゃが!?』
◇
その日の報告書に、ギュッと力の入った字でこう記された。
【件名:黄門ダンジョン《煌翼の原野》攻略報告】
結論:脅威なし。羽毛は極めて良質。
問題点:魔王が本気で“調達手段としてのダンジョン攻略”を習慣化しそうである。
追記:ハンター三名は「死ぬかと思った」と述べていたが、魔王は「もっと取りに来るか」と発言していた。
(……もう止められないな、これは)
職員は書き終えた後、そっと胃薬を飲み干した。
——その頃。ベルフェは、山ほどの羽毛袋の前で腕を組み、
「……クッション革命、始まったな」と、誰にも届かない声でつぶやき、ご満悦のまま家路についた。
アラームはその背中を見てぽつり。
『また世界が面倒な方向へ進む気がするのじゃ……』
中原・佐伯・藤堂「「「同意です……!!」」」
そして、ダンジョンの奥では——
再出現した新たなビッグダックたちが、なぜか一斉に「クエェ……(やる気ない)」と座り込んでいたとか。
怠惰の理は、今日も自然に広がっていくのであった。




