第24話:魔王、骸の正体を知る
蘆野玄聖。それはベルフェと同じく、千年前に“神に選ばれし五英雄”と称された者のひとり。
魔法系統の原型を築いた最強の陰陽師にして、鍛治師・久禮の相方だったとも伝わる男。
本来は、とっくの昔にダンジョンで命を落としたはず——その男が今、リッチとなって目の前に立っている。
「……まさか、魔物になっていたとはな」
ベルフェは鎖を構えたまま、静かに呟く。
だが玄聖は何も返さない。
無数の瞳だけが、ただじっと彼らを見ていた。
「ど、どうするんですか魔王様……」
「隙を作りたい。あいつが玄聖なら——やりようはある」
「やりよう……?」
きょとんとする天音に、ベルフェは眉をひそめた。
「……あいつは理に飢えた変態陰陽師だ」
「えっ……?」
「理の境界を確かめるために魂を抜いて観測実験したり、禁術を日課みたいに扱ったり……まぁ、そういう男だ」
「英雄が……変態……?」
天音の表情がぐにゃっと歪む。
アラームはこっそり肩をすくめた。
『……おぬしらの英雄、なんか偏りすぎじゃろ……』
ベルフェは振り返り、榊原に顎で合図する。
「榊原。適当に、あいつが好きそうな話を延々としろ」
「えっ、何でもいいんですか?」
「あぁ。アイツは理層の狂人だ。知的好奇心を刺激できれば——動きが止まる」
その言葉に、榊原の目が一気に輝いた。
「任せてください!!学者の名に懸けて!!」
勢いよく前へ一歩出て、霧の奥へ声を放つ。
「蘆野さまー!!ご存じでしょうか!“魔力”は現代では“魔量子”として再定義されているのです!!」
『本当に始めたのじゃ……!?』
「さらに言えば、陰陽術が扱っていた“理の波”と同じ揺らぎが魔量子にも観測されておりましてですね!今では人工衛星を介して宇宙規模の魔力測定が(省略)」
止まらない。
天音とアラームが顔を引きつらせる中——。
霧が、ぴたりと止まった。
無数の瞳が、一斉に榊原へ向く。その全てが、「もっと聞かせろ」と言いたげに。
「……反応してる……!」
天音が思わず声を上げる。
榊原はさらに攻めた。
「そういえばその符!燃やしながら陣を重ねていくのは古文書にもほとんど記録がなくてですね!?まさか同時発動式の派生陣ですか!?それとも“理の反転”が絡む独自体系ですか!?」
詠唱の残響が揺らぎ、玄聖の思考がそちらへ引き寄せられる。
榊原の声が玄聖の知的本能を刺激してしまっているのは明らかだった。
(……いける)
ベルフェは即座に動いた。
「今だ」
床を走る魔力が跳ね上がり、無為鍛成が発動する。
畳を突き破って数本の剣が射出され、獲物を突き上げるように一直線に玄聖へ迫る。
玄聖が反応するものの、榊原の声によって“思考の方向”を一度乱されたせいか、ほんの刹那、反応が遅れた。剣が霧を裂き、陰陽師の狩衣ぎりぎりをかすめる。
玄聖は大きく跳んで回避した——が。
避けた先に、あらかじめ仕掛けられていた青黒い鎖が待ち構えていた。
第一権能——怠縛鎖。
青黒い鎖が重い音とともに玄聖へ巻きつき、空間が軋む。
『……ッ……!』
縛られてもなお、玄聖は無詠唱を止めない。
崩れる体勢のまま、指先だけで符を呼び寄せる。
(縛られても術をやめねぇか……相変わらずだな、玄聖)
ベルフェは奥歯を噛みしめ、権能をさらに押し込む。
魔王の力は“理”を上書きする暴力。
どれほど異常な術者でも、直接拘束されれば抗いようがない。
やがて——鎖が効き始めた。
霧が重たく沈み、浮いていた符がぱらぱらと落ちていく。
陰陽師の動きがぎしりと止まり、無数の瞳が同時に閉じた。
靄の奥で、唇だけがわずかに動く。
『…………だるっ』
そのまま、どさりと床に大の字。
死の陰陽師——蘆野玄聖。
リッチ姿のまま、めちゃくちゃだらしない格好で寝転がっている。
誰も動けなかった。
天音も、アラームも、榊原ですら。
そして沈黙を破ったのは——アラームの爆笑だった。
『……ベルフェ、効きすぎじゃろ!!えぐすぎるわ!!』
ベルフェは額を押さえながら、苦笑を漏らす。
「想像以上に……効いたな」
リッチの体から霧が薄れ、蒼い炎がゆらりと揺れる。
その姿は、頭蓋骨に青火を宿した“純粋なリッチ”の形に戻っていた。
天音は胸の前で手を組み、そっと祈るように息を整える。
「……届くかもしれない。——聖なる浄化」
白い光が玄聖を包み込み、霧の瞳が一つ、また一つと閉じていく。
呪符が灰と化し、風が静まり……寝殿造の空気がふっと明るく変わる。
天井の穴から見える夜空。
さきほどは赤黒く染まっていた二つの月が、今は淡い銀と蒼の光で静かに並んでいた。
「……綺麗……」
天音が息を呑むように呟いた瞬間。
寝転がるリッチの蒼炎の瞳が、ベルフェを見つめる。
そして——懐かしげに、ゆっくりと呟いた。
『……やっと来たのですな。我が友よ』
「遅くなって悪かったな」
霊廟に、小さな鈴の音が鳴った。
天音の目に涙が滲み、ベルフェはほんのわずかに笑った。




