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第19話:魔王、武器を創る


『本日も――異常なしじゃ!』

 

 朝。リビングのテーブルの上で、小さな水蛇が尻尾をピンと立て、見事な敬礼を決めた。


 アラームが最近すっかり日課にしている“朝の報告”である。


 黒門の気配を探るのが新たな役割になっていたが、ここ数日ではそれ以外の部分でも妙に働き者だった。


 ベルフェのクッションを整え、お茶を尻尾で器用に運び、挙げ句の果てには蒸しタオルをくわえてきて頭に乗せてくる。


「……悪くない」


 ベルフェはクッションの山に沈みご満悦の表情で頷いた。


 その姿を見上げながら、アラームがぽそりと呟く。


『……よく考えたら、常にお主の隣におれるということじゃろ?クク……悪くはないのう』


 しっぽをぱたぱた揺らす姿は、かつて失恋で世界を沈めようとした魔王とは思えない。今のレヴィアタンは、分かりやすく喜びを弾ませる“恋する少女”そのものだった。


 監視ハンターたちは冷や汗をかきながらその光景を見守る。


「魔王二体が同居とか……緊張感すごすぎません?」

「なのに見た目だけ平和なのが逆に怖い……」


 小声の会話に、天音が苦笑しながら頷いたが、彼女もどこか不満げに唇を尖らせていた。


「……アラームちゃん、最近私の仕事奪ってません?」

「仕事というか世話焼きですよね、聖女様」

「むーっ!お茶くらい私も持ってきたいのに!」

『ふふん。妾のほうが器用じゃからの』


 珍しく天音がむくれる。

 部屋は今日も平和そのものだった。

 

 ——そんな折。

 テレビから、明るいインタビュー映像が流れた。


『今回のダンジョンでは、この新型Aランク武器が非常に役立ちましたね!』


 金属光沢を放つ大剣に、会場から歓声が上がる。しかし、ベルフェはその映像をちらりと見て、ぼそりと呟いた。


「……質が悪いな」

「えっ!?」


 天音が慌てて画面を覗き込む。


「刃の根本が甘い。打つときに少し冷えたんだろう。あと魔素焼き入れが半分だけムラになってるな」


 ベルフェはクッションに沈んだ姿勢のまま、“職人の言葉”を並べた。


 あまりにも自然すぎて、天音もハンターも言葉を失った。


「……やっぱり魔王様って、本当に鍛冶師だったんですね……」


 知識では分かっていた。だが“本物”の目線で語られると重みが違う。

 そこへ、アラームがしっぽをばたつかせながら割り込んだ。


『何を今さら言うておるんじゃ。こやつが鍛えた武具で、魔界がどれだけ痛い目を見たか……!』


 小さな身体をぷんすか震わせる。


『英雄どもの中でも、とりわけこやつは化け物じみておったわ。ただの農夫が握っただけで魔物を斬れる武具を作りおるんじゃからな』


「農夫が……魔物を……!?!?」


 監視ハンターが悲鳴のような声を上げる。

 ベルフェはクッションに沈んだまま肩をすくめた。


 その瞬間——


 ……一人のハンターが、突然土下座し始めた。


「ま、魔王様あああ!!」

「……ん?」

「ど、どうか……!私にも武器を打っていただけませんでしょうか!!」


 部屋が凍りつく。


 天音は「いやさすがにそれは……!」と慌て、アラームは「懐かしい光景じゃ!」と喜ぶ。


「報酬ならいくらでも!素材でも魔石でも何でも!!」

「……めんどい」


 即答だった。

 ハンターが絶望へ沈む――そのとき。


「……魔王様。“枕のオーダーメイド券”つけたら……どうですか?」


 ベルフェがぴたりと固まった。


「……オーダーメイド?」

「はい!私の実家が枕専門店で……!魔王様の寝心地が最大になるよう、首・肩・体格に合わせた“世界でひとつだけの枕”をご提供できます!!」

「……ほう。素材は?」

「低反発・高反発・羽毛配合率……全部選べます!!」


 ベルフェの瞳に、完全な興味の光が宿った。


「……武器一本だけだぞ」

「ありがとうございます!!!!!!」

『鍛冶を動かすのが枕って……どういう理じゃ!!』


 アラームが全力でツッコむ中、ベルフェは真剣に枕の種類を吟味し始めた。


「……低反発……いや、羽毛も捨てがたい……」


 天音は苦笑しながらため息をつく。


「……今やる。使ってる武器を出せ」

「えっ!?い、今ですか!?心の準備とか——」


 ベルフェは深くため息をつき、指先でクッションを叩く。


「……五分以内に持ってこい」

「えぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」

「俺のやる気は長く持たないんだ」


 淡々と、しかしあまりにも説得力のある理由で誰も反論できなかった。


「持ってきます!!!」


 慌てたハンターは、迷いなく窓へ向かい、ガラッ! と勢いよくそれを開け放った。


「え、ちょ、ちょっと!? なにして——」

 

 天音が言うが早いか、彼は窓枠に軽く足をかけ、そのまま外へ飛び出した。


「飛び降りたぁーーーッ!!?」


 ガッ!!

 

 ハンターは重力を無視したように、最上階から地上へ向けて垂直の壁を“走り”降りていく。


「ちょ、ま、待って!?壁を走ってる!!??ここ最上階なんですけどーーッ!!?」


 天音の悲鳴を気にする事なくハンターはそのまま壁面を駆け降り、軽々と踏み蹴ってさらに加速していった。


『なんじゃあの動き!?千年前の人間でもあれはせんぞ!?』


 そして数分後。


「ぜえぜえ……ま、魔王様!!持ってきました!!」


 本当に五分以内に帰ってきた。


「……ふむ。よくやった」

『今世の人間……やはり狂っておる……』


 アラームがドン引きする中、ベルフェは槍を受け取り、指先を動かす。


「……では始めるか。——惰材変質(マテリアル・シフト)

 

 槍が銀の粒子となり宙へほどけていく。


「——無為鍛成(アーク・フォージ)


 その粒子が一瞬で再構築され、新たな槍へ変わった。


 鍛冶場で何時間もかける作業を、怠惰の魔王はたった数秒で終わらせたのだ。


「……できたぞ」


 ハンターは震える手で受け取り、魔素が脈打つような感覚に息を呑む。


「な、なんだこれ……!?手が吸い付くような感覚が……!」

「……さて、枕の話に戻るか」

「戻るんだ……!」


 天音が呆れる中、ベルフェは再びクッションへ沈み込んだ。


 ◇


 ——そして後日。


 槍の点検を依頼されたギルド工房の親方は、武器を持ったまま固まった。


「お、お前……これ……どこで手に入れた……?」


 手が震え始める。


「こ、これは……現世で初めて確認された……SSランク魔槍だぞ……!!」

「「「えええええええ!!?」」」


 ギルドどころか世界中で大騒ぎになり、後に“魔王の気まぐれ鍛造騒動”として語り継がれる混乱となった。


 ——鍛冶を動かしたのが枕だった。

 その真相を知る者は、ごくわずかだけである。

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