第10話:魔王、門の色を知る
——それは、ダンジョンブレイク発生の速報から始まった。
テレビ画面に赤い文字が踊る。
《速報:各地で黄門が出現。ハンター協会、緊急体制へ移行》
「……黄門が立て続けに出てるようですね」
ニュースキャスターの声に、リビングのソファに寝転んでいたベルフェが片目だけ開けて画面を見た。
「黄門?」
その声に、すぐ横で書類をまとめていた天音が振り向く。
「はい。シンプルですけど、門そのものが発する“色”で危険度を分けてるんです。発生率や魔物の強さも、色を見ればある程度わかって……」
「色で判断か。……助かるな、それ。考える手間が減る」
「確かにわかりやすい“災害指標”ですね」
天音は資料を取り出しながら、少し照れくさそうに説明を始めた。
【ダンジョン門ランク(現行基準)】
「一番安全なのが“青門(安定級)”です。内部の魔物も少なく、訓練や新人ハンターの実戦に使われてます。“青に変わる=攻略完了”の目印なんですよ」
「ふむ……青が平和、だな」
「次に“黄門(注意級)”。魔物の数が増えて事故率も高いので、熟練ハンターが同行します。とはいえブレイク率は低いです。油断すると危ないですが」
「つまり、黄色は“要注意”か。わかりやすいな」
「その上が“緑門(危険級)”。魔力が不安定化し始めてて、ブレイクの可能性が一気に上がる。現世で発生するダンジョンブレイクの大半がこの緑門です」
「なるほど。緑が“境界線”ってわけか」
「次が“赤門(災厄級)”。出現した時点でギルド全体が緊急出動、国家レベルでの対応が必要になります。周辺は避難命令、一般人は立ち入り禁止です」
天音は一度息を吸い、最後の紙を見つめた。
「……そして、最後が“黒門(伝承級)”。古代の文献でしか確認されていない、いわば“神話の門”。現代で実際に出現した記録は、ゼロです」
彼女の声が少しだけ震えた。
「……ただし、ひとつだけ。あなたが現れた“あの門”だけは、黒でした」
ベルフェは、顎に手を当てて少し考えるように呟いた。
「へぇー、今はいろんな門があるんだな」
それは、あくまで昔話でもするような軽い調子だった。
「俺らの時代は……黒しかなかったのに」
「——黒しか、なかった!?」
天音の声がひっくり返る。
部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!“黒しかなかった”って……どういう意味ですか!?」
ベルフェは首をかしげ、あくまで穏やかに続けた。
「そのままの意味だ。門が現れるといえば、全部“黒門”だった。ひとつ開くたびに街が消え、国が滅んだ」
彼の言葉は淡々としていた。
まるで、日常の一部だったかのように。
「……そんな……そんな時代が……」
「あの頃は、門が“戦場そのもの”だったからな。討伐なんて言葉はなかった。閉じるか、死ぬか。それだけだ」
静寂。
テレビの音だけが、遠くで流れていた。
「……それを千年前に止めたのが、あなたたち“英雄たち”なんですね」
「……まぁ、そうなる」
ベルフェの視線が窓の外に向かう。そこには、夜に変わり始めた街の明かりが広がっていた。
ネオンの光がビルの谷間を照らし、人々の笑い声が遠くに響く。
それは、彼がかつて守った“平和”そのものだった。
◇
沈黙の中、天音は意を決して口を開いた。
「……あの、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「あなた……やっぱり、“グレイソン様”なんですよね?」
その問いに、ベルフェはきょとんとした。
「グレイソン?」
一瞬考えるように首をかしげたあと、「ああ」と小さく声を漏らした。
「ああ、俺のことか。微妙に少しだけ違うな」
「え?違う?じゃあ、本当は……?」
「俺はこう書いて、“久禮 尊”だ」
「く、久禮……尊……!?」
その瞬間、天音は思考が真っ白になった。
呼吸が止まり、手の中の資料がぱさりと床に落ちる。
「ちょっ……ちょっと待ってください!久禮って……!千年前の武家の系譜に、“久禮家”の記述がありました……!まさか、名家のご出身だったのですか!?」
「……さぁな。名家とか……覚えてない。俺は鉄を打ってただけだ」
本人は肩をすくめるだけ。一方で天音は完全に感情の爆発を抑えきれなかった。
「……すごい……!今、歴史が……一つつながりました!!」
思わず両手を胸の前で合わせ、涙ぐみながら言った。
「き、きっと考古学部の皆さんが聞いたら……っ、過呼吸で倒れます!!」
「それは……気の毒だな」
「気の毒って言わないでください!!」
ベルフェは頭をかきながらため息をついた。
「まぁ、名前なんてどうでもいいさ。今は“ベルフェ”だ」
テレビのリモコンを尻尾で持ち上げ、パチンと画面を切る。
「で、門の説明は終わりか?」
「え、あ、はい。終わりましたけど……」
「なら寝る」
「寝るんですか!?まだ7時ですよ!?」
ベルフェはクッションを抱えたまま言い放った。
「休むことは、生をつなぐための理だ」
「……魔王様……その言葉……胸に沁みます……」
ベルフェはふわりとソファに沈み込み、目を閉じる。
「……どんな門であろうと、俺は“怠惰”でいく」
その宣言は、まるで世界への静かな挑戦のように響いた。




