第99話:魔王、大集合する
ギルド本部の一室。
普段は作戦会議などに使われるその部屋は、なぜか今日は妙に賑やかだった。
理由は単純である。
テーブルの上に、小さな魔王が四匹いた。
良い機会なので、ここで紹介しておこう。
水蛇姿のアラーム——元嫉妬の魔王レヴィアタン。
白いカラス姿のアドモン——元強欲の魔王マモン。
ポメラニアン狼姿のポメ様——元憤怒の魔王サタン。
羊姿のラムちゃん——元色欲の魔王アスモデウス。
どう見てもペットショップのラインナップなのだが、残念ながら全員、元・魔王である。
「……なんで集まってるんですか?」
なぜか同席していた天音が、苦笑混じりにそう言った。
テーブルの上では、アラームが尾をぱたぱたさせている。
『妾が配信機材について相談しておるのじゃ!』
「その結果、なんで魔王会議になってるんですか」
『知らんのじゃ』
隣では、もふもふの羊——ラムちゃんがくすくす笑っていた。
『でもいいじゃん〜。元魔王オフ会みたいで♡』
『そんな平和な集まりじゃないのじゃ!!』
アラームが即座に抗議する。
テーブルの端では、白いカラスが静かに翼を整えていた。
アドモンが落ち着いた声で言う。
『配信を行うのであれば、収益化の構造を考える必要がありますね』
『収益化!?』
『ええ。広告契約、企業案件、グッズ販売など』
『企業案件!?』
アラームの目が、きらりと光った。
『それはつまり……妾の可愛さに価値がつくということか!?』
『言い方としては間違っていません』
アドモンが冷静に頷く。
さすが強欲の魔王である。
経済の話になると妙に頼もしい。
そんなやり取りを、ポメ様が呆れた目で見ていた。
『くだらん……魔王が何をしておるのだ』
『配信なのじゃ!』
『魔王オフ会♡』
『収益設計です』
三匹が同時に、ばらばらの内容で返す。
ポメ様は深くため息をついた。
『怒りの理を持つ我からすると理解できん』
『それは嫉妬の領分なのじゃ!』
アラームが胸を張る。
『見られたい!称賛されたい!可愛いと言われたい!』
『それはただの承認欲求ではないか』
『そうなのじゃ!』
ラムちゃんがころころ笑う。
『アラームちゃん可愛い〜♡でも大丈夫なのかな?』
『なにがじゃ?』
『コメントに一喜一憂しそう』
『するのじゃ』
「即答なんですね……」
天音が思わず呟いた。
そこへ、遅れて蒼真が部屋に入ってきた。
「……なにこれ」
テーブルの上を見て、第一声がそれだった。
まるでファンタジー動物園だが、全員が元・魔王である。
「……なんで集まってるんですか」
『配信相談会なのじゃ!』
「魔王がやることじゃない」
蒼真が頭を押さえる。
そのとき、ラムちゃんがふと思い出したように言った。
『そういえばさ、今って魔王、何体残ってるんだっけ?』
その一言で、部屋の空気がほんの少し変わった。
ポメ様がゆっくりと答える。
『怠惰を除けば傲慢に暴食……2体だな』
その名前が出た瞬間、空気が少しだけ重くなる。
『傲慢……あれは確か、元大天使だったのう』
ポメ様がちらりとアドモンを見る。
天音もはっとした顔で振り向いた。
「アドモンさんと同じ……?」
視線が集まる。
アドモンは少しだけ目を細めた。
それから、ほんのわずかに肩をすくめる。
『ええ、まあ……一応、顔見知りではあります』
軽く言ったつもりだったのだろう。
だが、その言葉にはどこか含みがあった。
アラームがじっと見る。
『“一応”の割には、随分と濁すのじゃ』
『……昔の話ですよ』
アドモンはそれ以上語らなかった。
だが、その沈黙だけで十分だった。
ただの知り合いではない。
何かがあった。そう分かるには十分だった。
蒼真が話題を切り替えるように言う。
「では、暴食は?」
そのときだった。
部屋の隅で、ずっとクッションに埋もれていた男がぼそりと言った。
「……あれは面倒だ。堕ちた神も喰った存在だからな」
一瞬、空気が止まった。
「……堕ちた神を、ですか?」
天音が思わず聞き返す。
「神格を持った存在は、理そのものが歪む」
ベルフェは目を閉じたまま続ける。
蒼真がふと口を開いた。
「暴食って……神格を持った魔王なんですね」
ベルフェはソファに沈んだまま、目も開けずに頷く。
「じゃあ……千年前は、どうやって封印したんですか?」
その場の空気が、少しだけ静かになった。
アラームも、ポメ様も、何も言わない。
ベルフェだけが、面倒そうに答える。
「……封印したのは俺じゃない」
蒼真が眉をひそめる。
「え?」
「抑えたのは……他の英雄だ」
淡々とした声だった。
天音が息を呑むが、ベルフェは続けた。
「俺が作った武器を、全部使い切って時間を稼いだ」
「全部……?」
蒼真が思わず聞き返す。
「ああ。在庫も、試作品も、未完成品も全部だ」
一切の誇張がない口調だった。
だからこそ重い。
「それでも、封印が限界だった」
静かな断言だった。
蒼真は無意識に拳を握る。
暴食の魔王……神格を持った存在。
それを止めるために、一人の英雄が立ち向かった。
「……その人は誰なんですか」
蒼真が低く聞く。
ベルフェはほんの少しだけ間を置いた。
そして、名前を口にする。
「龍田 焔尾。今で言う“神に選ばれし五英雄”の一人だ」
その名が、静かに部屋へ落ちる。
アラームが小さく呟いた。
『ああ……あの大剣士じゃな』
「ああ」
ベルフェは目を閉じたまま言った。
「あいつは強かった」
それだけ言って、またクッションに顔を埋める。
しばしの沈黙。
やがて蒼真が苦笑した。
「……ベルフェさんが認めるほどなんですね」
『暴食ちゃんは配信コラボとか絶対無理だね〜。世界が壊れちゃう♡』
『そもそも呼ぶな』
ポメ様が即答する。
アラームだけが真剣に考えていた。
『でも、もし来たら……視聴者数すごいのでは?』
「そういう問題じゃない」
蒼真が即ツッコむ
ラムちゃんがくすくす笑う。
『まあでも、今は関係ないよ』
羊の尻尾がふわりと揺れる。
『だって今ここにいる魔王たちは、みんなマスコットだし♡』
『誰がマスコットなのじゃ!!』
アラームが怒鳴る。
その瞬間。
ポメ様、ラムちゃん、アドモン、そして部屋の隅のベルフェまで、全員が無言でアラームを見た。
『……なんじゃ、その目は』
誰も答えない。
アラームはしばらく固まり、やがて叫んだ。
『妾は違うのじゃ!!配信界の頂点に立つのじゃ!!』
蒼真が深くため息をつく。
「……また面倒なことになりそうですね」
ベルフェはクッションの中からぼそりと呟いた。
「もうなってる」
テーブルの上では、魔王たちがまだ言い争っている。
世界を滅ぼしかけた存在たちの会話とは思えないほど、どうでもいい内容で。
——こうして今日もまた怠惰の魔王の周囲は、妙に賑やかだった。




