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第9話:魔王、権能を明かす

 ——訓練用ダンジョン。


 あの“寝ながら殲滅事件”の余波はまだ生々しく残っていた。


 地面には、整然と並ぶ槍痕。

 森の魔物は一体残らず消え失せ、光苔だけが怯えるように揺れている。


「……もう、何も残ってませんね」


 天音の呟きに、ハンターが乾いた声でうなずく。


「魔力の余波だけで、E級魔物が跡形もなく消えてる……」

「これ、“殲滅”というより“現象”ですよね……?」


 ◇


 その後、起きてきたベルフェは「力の検証を続ける」とだけ言い残し、再びダンジョンの奥へ。


 結果——6時間かかった。


 だがそのうち5時間は寝ていた。


「……結局、実質1時間しか動いてませんね」

「1時間で解析完了は世界の物理法則が負けてる……」

「寝ながら研究してた説、普通にある」


 ハンターたちは遠巻きに震えながらメモを取っていた。


 ◇


 ベルフェが淡々と語ったのは、魔王だけが扱える特別な力——“権能”についてだった。


 本来この世界を動かす力は“ことわり”と呼ばれている。

 魔力・自然・意志・感情・スキルや戦闘本能。

 すべては理の一部であり、人間のスキルは“理の欠片を借りる術式”にすぎない。


 だが——魔王の権能は違う。


「魔王だけは“理そのもの”を触れる。書き換えは簡単だが、扱うのが……面倒だ」


 端的すぎる説明に、天音とハンターは青ざめる。


(……面倒って言い方が一番怖い……!!)


 ベルフェの権能は三つ。


■第一権能:無為鍛成アーク・フォージ


 創造/鍛造の権能。


 思考だけで鍛冶を完了させ、世界そのものを“素材”として組み替えることができる。


「道路や標識を武器に変えたのがこれだな」


 淡々とした言葉に反して、内容は神話級だった。


■第二権能:惰材変質マテリアル・シフト


 物質変換の権能。


 あらゆる素材を、魔力的価値へと再定義する。

 鉄を光へ、土を宝石へ、そしてクッションを“ベッドの素材”にまで変質させる。


「第一権能は“鍛成”、第二権能は“変質”……なるほど、組み合わせですね」

「……チートとかそういう次元じゃない……」


「第二権能は魔力消費が多くてめんどくさい」

「あ、ちゃんと万能ってわけではないんですね!」


■第三権能:怠縛鎖チェインズ・オブ・スロース


 精神拘束の権能。


 対象の“気力”そのものを鎖として奪う。

 肉体ではなく心、心ではなく“存在の軸”を縛る力。


「聞くより感じたほうがいいだろ」


 ベルフェが指を弾いた瞬間。


 ぱしん——。


 青黒い鎖がハンターの足元に落ちた。


「……え?な、なんだ……これ……?」


 瞳から光が抜け、そのまま力の抜けた布のように倒れる。


「やる気が……急に……どうでも……よく……」

「おい!?しっかりしろ!」

「なんで俺、命かけて戦って……たんだっけ……」


 ハンターはそのまま寝転び、虚ろな目で空を見つめた。


「……これが怠縛鎖だ。戦意も、闘志も、希望も……全部奪う」


 ベルフェは淡々と告げた。


「死ぬより静かだ」


 その一言に、全員の背筋が冷えた。


 ◇


「……こんな力を、まだ“三つしか”把握していない、ですか……」


 天音が呆然と漏らす。


「あぁ。あと三つぐらいはある気がするが」

「あるって分かるのに、どんな力か分からないって……?」


「確認が面倒だった」

「いやそこ頑張ってくださいよ!!」


 ハンターが叫ぶ。


「……怠惰とかチートとかじゃない……概念が強すぎる……」

「こんなのがあと六体いるなら世界が終わる……!」


 その会話にはもう笑いはなかった。

 天音も冷や汗を流す。


(……精神を縛り、物質を変え、世界を鍛える……確かに、“権能”としか言いようがない……)


 だが当の本人は、いつの間にか椅子に座り、ぽりぽりとポテチを食べていた。


「……魔王様、それいつの間に……?」

「……もらった」

「もらった……?」


 監視ハンターがそっと手を挙げる。


「す、すみません聖女様……!最近、魔王様がよくポテチ食べてるので……“疲れてませんか?”って差し入れしたら……あの……受け取ってくださって……!」

「……悪くない。この味は……気に入った」


 その瞬間、ハンターの顔がぱぁっと明るくなった。


 ベルフェは淡々と食べ続ける。

 天音はそんなベルフェをちらりと見ながら胸の奥がほんのり温かくなる。


(……私も、あとで何か差し入れしてみようかな……)


 ◇


「……ふぁぁ。まぁ、これだけ把握してればいいだろ」

「十分すぎます!!」


 天音が即答する。

 ベルフェは満足げにクッションを肩にのせた。


「……帰るか。送ってくれ」

「今ですか?」

「あぁ。寝床が恋しい」


 その歩き方は——

 英雄でも魔王でもなく、“ただの眠い人”のそれだった。


 ◇


 マンションに戻ると、ベルフェはサンダルを脱ぎ、そのままソファへ倒れ込んだ。


「……おやすみ」

「まだ夜も早いですよ!」

「じゃあ夜寝だ」


 天音は額に手を当て、小さく笑った。


(……本気を出したら世界が揺らぐかもしれない。でも今はただ、穏やかな寝顔……)


 ——怠惰の魔王の一日は、今日も平和に終わった。

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