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花咲く庭

作者: 閒中

亡くなったおばあちゃんの秘密の庭

おばあちゃんが亡くなった。

97歳、大往生。


そう母から聞かされたのは、長雨が続く6月のことだった。

私が最後に会ったのは確か5歳の頃だったから、もう15年は顔を見ていない。

母には悪いが「へぇ、そうなんだ。」くらいの感想しか出なかった。


私のおばあちゃんは人里離れた山の上の方の、所謂ポツンと一軒家におじいちゃんが亡くなってからずっと一人暮らしをしていた。

おばあちゃんは人と関わることが好きではないらしく、家までの道のりも険しいために滅多に人も訪ねてこない。

自給自足の生活をするまさに山の仙人みたいな人だった。

私が訪ねたのは子供の頃なのであまり覚えていないが、おばあちゃん家の裏庭は見事なもので大事に手入れされた花々が咲き誇っていた記憶がある。


あの庭はどうなってるんだろうな。


おばあちゃんとの思い出も特にない私が気になるのはそれくらいだった。


それから大人たちはバタバタと慌ただしく段取りをし、慌ただしく通夜と葬式を終えた。

おばあちゃんの家はお金の問題やら家を壊す重機を連れて行くのも大変やらでそのまま朽ち果てていくのだろう。あの庭も。



半年後、久々におばあちゃん家の様子を見て来た母が困惑した顔で帰宅した。

「誰かがおばあちゃんの庭のお手入れをしているみたいなの」

聞くと、住人を失ったおばあちゃんの家は少しずつ朽ちていっているようだが、裏庭だけはおばあちゃんが住んでいたときと同じように雑草も生えず、綺麗なままだったらしい。

「おばあちゃんを知ってる人に聞いても分からないって言うし…ちょっと不気味だねぇ」

私は幽霊になったおばあちゃんがふわふわ飛びながら庭の花に水やりをしている様子を思い浮かべた。

いやいやそれはないでしょ。

じゃあ誰が?

謎は深まるばかりだった。


あの庭が気になる。

手入れをしているのは誰なのか、というのも勿論気になるが、単純にまたあの庭を見たいという気持ちもあった。

悩んだ末に恐怖心よりも好奇心が勝った私は、意を決して一人でおばあちゃん家に向かうことにした。

車で朝早く行けば帰りにおばあちゃんのお墓に寄っても夕方には家に着くだろう。

コンビニでご飯を買い、ひたすら山道を車で登る。

子供の頃の薄い記憶を辿って長い長い風景を懐かしんでいると、唐突に目の前が開けた。

おばあちゃんの家だ。


こんなに小さかったっけと思うほどの質素な木造の家は、当たり前だが人が住んでいる気配はない。

家の中を覗いても中はほぼ空っぽだ。

特に家の中には用はないので、私は本来の目的の裏庭へ行くことにした。


「…マジで咲いてるじゃん」

家とは打って変わって裏庭には生命力に溢れたありとあらゆる草花が華やかに咲いていた。

とてもよく手入れがされていて、さながら小さな植物園のようだ。

自然に伸びたらこうはならない。一体誰が?

庭の真ん中にぼんやり立っていた私はそこに、今はいないおばあちゃんの姿を想像した。

穏やかな顔で一つ一つの花に話しかけながら水やりをしていたのだろう。

自分の子供のように。愛する人に接するように。


ふと、水がパラパラと滴り落ちる音がした。

雨?と驚いて空を見上げてみたが、雲一つない青空だった。

私が周りを見渡すと、水は確かに流れていた。

それは何と、花たちの中心から。


花たちはまるで泣いているようだった。

私は理解した。

花たちは毎日泣いているのだ。

おばあちゃんが亡くなって、大好きだった人がいなくなって、姿が見られなくなって、声が聴けなくて。

その涙が地面に染み込み花たちはまた育つ。

伸び過ぎた枝や草は自らを折り土に還り風に吹かれ、美しいおばあちゃんの庭を保つ。

この庭は生きていた。

花を愛したおばあちゃんを、花たちもまた愛したのだ。

この庭はこれからも花が咲き続けるのだろう。

きっとこれからもずっと。


私は帰りにおばあちゃんの墓参りに行った。

あの庭の花を一輪持って。

「素敵な庭だったよ、おばあちゃん。」

そう言いながら花を墓前に供えたとき、花から一筋の温かい涙が流れた。



〈終〉

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