地雷系祓い屋、ゆりあ1
ホストクラブ【AGELESS】系列店、BAR『berry』店内。
前回までのあらすじ――<典型的な『てゃ』だと思っていた太客がゴーストバスターだった件。
――俺とゆりあは落ち着いた雰囲気のレストラン・バーのテーブルで向かい合い食事をしていた。
さて、なぜ俺とゆりあが食事デートをしているのかというと。
(……『詳しいことは同伴の時話そ!』ゆわれて了承してしまった……)
なんといえことはない。
ただの同伴である。
ゆりあはおしゃれな料理を「しゃれてるんですけど~!」などと言いながらパシャパシャスマホで撮っている。
正直なところ、胡散臭そうな話が始まった時点でかかわりあいにはなりたくなかった。
しかし、アフターじゃなくて同伴の時に話をと言われると、売上至上主義のホストにとっては断りがたい。
同伴とは、ホストクラブの営業時間前に姫が担当ホストに、食事などのデートの誘いをすることだ。営業時間後のデートになるアフターと違い、同伴には料金が発生するので、ホストの売上にもつながるのである。
(いや、そんなことは置いておいて)
食事に手を付けないまま、俺はもらった名刺を見下ろす。
……なんだこの内閣府なんちゃらって。
(これガチ? 公認、祓……なんて読むわけこれ?)
「あのさゆりあ。昨日の話なんだけど……」
「うん?」
ゆりあはまだ写真を撮っている。
「 さすがにゴーストバスターっていうのは」
「うんうん♡」(レイヤが話している最中に通りがかったスタッフの腰に巻き付いたムカデがゆりあのデコピンでバシュッ! と消え去る)
「信じられないっていうか――ええええええええええ……まじい……?」
俺は唖然と巨大ムカデが消え去ったスタッフの腰を凝視する。
……なんで俺は野郎のケツをじっくり見ているんだろう。
「も~~やっぱり視えてるんじゃん♡」
(うおええええええまじかああああああい)
頬杖をついてぶりっこポーズのゆりあ。
吐きそうな俺。
ゆりあがムカデを消した時、尋常でない嫌な感じがして、背筋がぞわついたので、余計顔から血の気が引いていく。きもちわるい。
俺は息も絶え絶えになりながら、なんとか尋ねた。
「え……じゃあこの祓……ってガチな話なわけ? 内閣府の外局がどうのってのも?」
「うん、祓除師ね。国怪対は秘密組織的なとこだよ」
「こっかのひみつそしき」
「MI6みたいでしょ。国会怪異対策委員会なんて名前クソださいけど」
「えむあいしっくす」
「ゆりあはね~全国で数百くらいいる祓除師の中でもけっこう強い人なんだよ。すごいでしょ♡」
(いやいやいやいや……)
俺は血の気が引いた顔で、名刺とゆりあを見比べる。
まさかそんな少年漫画じゃあるまいし。
いやホスクラの客がゴーストバスターじゃ少年誌にはならないだろうが――。
(でも……確かに、あのウェイターの腰についてたのはこいつが触って消し飛んだ)
俺はふたたび、ウェイターの後姿に視線を向ける。
(それにゆりあは今まで化け物をつけてきたこともない。
――マジな話、なのか? 本当に)
「あのねそれでね~。
ゆりあ、れいぴに聞きたいことがあったんだ」
「え」
「最近【AGELESS】のホストがよく失踪してるみたいじゃん? ゆりあそれちょっと気になっててさ~調べてるんだよね」
「調べてるって……」
「うん。――簡単に言うとお化けちゃん案件かなって思ってるわけ」
ぞ、と背筋に怖気が走る。
ゆりあは笑顔のままだが、なんだか空気が重くなったような気がしたのだ。
「れいぴなんか心当たりない?」
「んなこと言われても……ホストの失踪なんてこの業界そこまで珍しいことでもないしな」
この2か月で失踪したと思われるのは3名。中堅ホストの颯、新人ホストのユキヤとリヒトである。
3名に特に共通点はない。ユキヤもリヒトも飛ぶほど売り上げがヤバかったわけでもなく、売掛金も失踪時点では、飛ぶほどの金額ではなかった。売上で言うのであれば、颯はナンバー入りもしていた。
(お化けちゃん案件、ねえ。いやまあ最近少し店の化け物が増えてるような気もしてたけど……)
「そっか……じゃあれいぴ、ゆりあのお仕事手伝ってくれない?」
「いやいや……無理だよ俺祓うとかできないし」
「ええっ、でもぉ……」
「それにゆりあも無理して祓う必要ないよ。俺、お前に危ないことしてほしくないしさ」
俺は精一杯の心配顔を作ってみせた。
――お化けちゃん案件などという、言い方が可愛らしいだけの目に見える地雷に巻き込まれてたまるか。
「れいぴ………でもゆりあ心配だし」
「んん……じゃあさ――」
――さて、営業時間である。
早速シャンパンコールがあった。高額な酒の注文があったのである。
従業員ホストがゆりあと俺ののテーブルの周りに集まってくる。
にこにこのゆりあ。
と、
笑顔がやや引き攣っているであろう俺。
「素敵な姫様より! 輝くシャンパン・ロゼ! いただきました!」
「姫様より一言!」
「今日も売上に貢献したのでぇ、れいぴにいっぱい褒めてもらいま~す! よいちょ♡」
「いえーい!!」
*
「――てわけで手伝ってくれるよね? れいぴ」
「……わかったよ。ゆりあの覚悟、受け取った」
シャンコが終わり、従業員たちは各々の姫たちのもとに戻っていき。
俺はいい笑顔のゆりあに、そう言って頷いた。
が。
(受け取った じゃ ねえ~~~~~~!)
内心盛大に頭を抱えていた。
(ロゼ(※めちゃくちゃ高いシャンパン)入れてくれたら手伝ってもいいよ! だなんて言うんじゃなかった~~~~!!!)
俺はのんきに頼んだ酒の瓶を並べて楽しんでいるゆりあを横目で睨みつける。
(ハァ~~~?? なんで入れられるんだよこの女、昨日もシャンパンゴールド入れてたばっかりだろおい!)
意味がわからない。
祓い屋ってそんなに儲かるもんなのか。
「……ゆりあ、マジ無理してない?」
「してないよ~。ゆりあ月収〇〇(ピー)万だから」
「格差社会…………」
(何!?! ゴーストバスターってマジにそんなもうかんの!?)
「まあ母数が少ないし、命がけの仕事だからね」
(んなさらっと言うことじゃないだろ……)
まあそれはともかく、とゆりあが俺に身を寄せてくる。
姫と身体を密着させることは珍しいことではないが、ゆりあとは珍しい。ゆりあはボディタッチに関してはかなりドライな方だ。多分ほかの姫のように、俺に恋愛感情もない。
なので少し驚いていると、ゆりあが声を低めて聞いてきた。
「消えたホスト、一人目は颯だったよね?」
「……ああ、うん」
どうやら店に聞かれると都合が良くない話なので、こうして密着しているらしい。
得心がいって頷く。
「ユキヤとか、店のお金に手を出して消されたとかいう噂掲示板で見たけど」
「あー……」
まあなくはないかも、というのが正直な俺の感想だった。
(ここのオーナー、ちょっと反社と繋がりありそうだもんな……怖いから触れないけど)
「もともとこういう夜職の店には妖……お化けのことね、が湧きやすいんだけど。嫉妬とか悪意とかいろいろ溜まるから〜」
(やっぱそうなんだあ……)
「でもなんか最近いきなり数が増えてるんだよねぇ」
数が増えて。
確かに俺もそう感じていたけれど、客の立場でそんなところまで見ているのか。
俺は腕にしがみついているゆりあを見た。
もしかして、
「……ゆりあはさ、そういう妖? の監視のためにホスト来てんの?」
「ううんただの趣味」
(おい)
俺の心配を返せ。
「イケメンに貢ぐの好きなんだ~。というか金ありすぎて使い道ないし、国に納めるなられいぴみたいなイケメンに金納めたい♡」
「そっかあ~まじありがとな~(棒)」
この世は不平等だ。
そりゃあ俺だって稼いでますけど。
やはり夜食で稼ぐのと、内閣府外局のエージェントとして稼ぐのとじゃこう、なんか、カッコ良さが違う気がする。
「れいぴは三人の行き先とか心当たりないんだよね?」
「正直……ホストが飛ぶのもそう珍しい話ってわけでもないから、店側が追うならともかく同僚が血眼になって行方探すとかはないな」
「三人の共通点は?」
「それも特に思いつかないな」
「そっか……ゆりあとしては、何らかの条件を満たした三人がどこか妖の作った異界に連れてかれちゃったのかなとか思ったんだけど」
思わず目を剥いた。「は!? 何、そんなことあんの!?」
「うん。異世界エレベーターって都市伝説聞いたことある? ああいうふうに、決まった手順で『儀式』を行うと、おかしな場所に繋がっちゃうことがあるんだ」
「怖すぎなんだが?」
「あは。霊力があったりするとなおさらチャンネルが合いやすいからさ。もしかしたら三人もそういう体質だったのかなって〜」
(……そういう体質、ね)
俺はゆりあをしがみつかせていない方の手で、後頭部をかいて、呟く。「……いや。そういうことはないと思うけど」
「……え?」
「だって俺、颯たちからそういうの感じたことないし」
俺は人間相手でも不思議な気配を感じ取ることもある。
中学生のときには、たまたま見かけた占い師にオーラみたいなものが視えた。インチキ霊媒師と、マジの霊媒師の区別とかもたぶんできる。あの占い師はマジモノだったのだろう。
霊能者というのは少なからず独特の気配を持っているものだ。
俺は今までの人生の経験則でそれを知っている。
「え、うそ、れいぴ霊力の気配もわかるの……?」
「霊力てのが何かまだよくわかんないけどな。あ……でも俺、ゆりあがゴーストバスターだとか全然わかんなかったし、アンテナけっこうガバかも」
「……や……ゆりあは意図して隠してるからわかんなくっても無理ないよ。強い妖だとこっちの気配を悟られるとまずいから」
なるほど、隠すこともできるのか。
だからゆりあからは何も感じなかった――。
「――そっか、れいぴ、ゆりあが一回ちょっぴり力を漏らした時反応してたもんね。感知能力が高いんだ……それも多分ゆりあより……」
「力を漏らす……? あ」
同伴の時、一瞬だったが、背筋がぞわついたことがあった。
それを思い出す。
(あの時か……つか、あれで「ちょっぴり」かよ……)
「……そっか、なんかちょっとわかってきたかも」
「え……?」
「れいぴってさ。今職場に――苦手な人っていない?」
*
繁華街の表通り――日が暮れ、あたりが暗くなったころ。
出勤前のいつきとあさひは、タピオカドリンクを片手にぶらぶらと表通りを歩いていた。
「あああ~……まじやばい。今月売り上げ20万ないんだけど。ノルマ厳しいかも」
「まじかあさひお前、大丈夫かよ」
「この時間にお前とぶらぶらしてる時点で察して」
「同伴出勤してくれる姫がいないんか」
「うっせ~わ。傷ついたァ~あそこでタバコおごっていつき」
「なんでだよ」
ぶつぶつ言いながらも、いつきはコンビニに寄り、あさひに煙草を買ってきてやる。――あさひはこういう、いつの間にか人に愛されるというか、人にお願いを聞かせるのに長けていた。
これが愛されキャラってやつか。
そんなことを思いながら、いつきはあさひにタバコを渡し、二人でうす暗い裏路地で煙草を吸う。
思わず「うわー、ヤニ沁みるわ」と漏らすと、あさひがあはは、と笑った。ストレス溜まりすぎだろ、と付け足して。
「……そういやさ~、いつきってなんでホストになったんだっけ」
「あ~? まあ田舎から出たかったのと~、ま俺、実家と縁切れてるから? 夜職就いてもうるさく言うやついねーわけ。あと単純に稼げるかなって思って」
「稼げてんの実際」
「……やまあ悪かねえけど~まだこれからだし!いずれレイヤくんみたくなるし!」
「ははは、でもそっか~……」
不意に。
あさひの声が低く不気味に沈んだ気がして、いつきは思わず同僚の顔を見た。
――顔に影を落としたあさひの目に光はなく、
彼はなんとも、気味の悪い、嫌な笑みを浮かべていた。
ゾ、と。
理由もなく、背筋を寒気が駆け上っていく。
「……あさひ?」
「お前って消えても心配するやついないのな」
「え」
あさひの顔を見て、いつきが目を丸くする。
と、その時だった。
「――よ。あさひ、いつき」




