霊感ホストと地雷系(?)の姫
――昔から俺はおかしなものをよく見た。
それはたぶん、妖怪とかお化けとか幽霊とか言われるものだった。
忘れもしない。初めてお化けを見たのは年長さんの時――。
『母さん、電柱のそばに立ってる人、あたまにケガしてるよ? 大丈夫かな?』
『え……どこの電柱? 母さんわかんないや……』
そして中学の時も。
『あははっでさァ〜……(目の前を血だらけの女を追加)ッギャ!?!?』
『どしたん礼』
『……あはは! いや、なんかきもい虫いてさァ〜!』
『は……? え、今そんなんいた?』
『お前は一体何を見たわけ? こっわ』
高校の時など――。
『――は!? 別れるってどういうことだよいきなり!?』
『いやだってなんか……礼あたしの顔見て突然叫ぶことあるし……無理に付き合ってんじゃないのかなって。あたしの顔嫌い?』
『いやお前の顔見て叫んでるのは……(たまにやべえ化け物が張り付いてるからで……)』
『なんでなんも言わないわけ!? ちょっとイケメンだからってあたしのことバカにしてんでしょ!』(※平手の音)
『っテェ!』
(今までこの霊感には、ほんっっ(略)っっとに苦しめられてきた……!)
幼稚園の時はまだよかった。何かとしゃべっていてもイマジナリーフレンドとしゃべっているのかな、かわいいな、と思われる時期だ。
小学校の頃になると自分に見える異形のなにかが、他の人には見えないもので、見えるのは異常なのだと理解し始める。そこで俺は自分の異端さを知らされ、以降はおかしな振る舞いをしないように気をつけはじめた。
――しかし驚いてしまうのは変わらないわけで。
何せお化けちゃんというやつはマジで突発的に目の前にポップしたりするのだ。
中学の時も高校の時もたまに驚いてしまっては、そのたびに周りに「なんだこいつ」みたいな目で見られたものだ。
高校の時は見事に彼女に逃げられた。それも3回。マジでない。
――俺の顔はそこそこいいはずだ。
性格も陽キャのたぐいだと思っているし(決して自称だけの痛い奴ではない)、誰かと付き合っていても浮気だってしなかった。クズ男のヤリチン扱いされたこともあるが、それは誤解なのである。いい奴というほどでもないかもしれないが、少なくともクズではない。みんな見た目に囚われすぎなのだ。ちょっと俺の見た目が田舎にしちゃ派手だったからって。
俺は一途なたちなのだ。好きになったら浮気はしない。
――閑話休題。
俺はちらりとバックヤードを見回す。
ぼろいソファとテーブル、今日の売上成績が書かれたホワイトボードが置かれた、殺風景なバックヤードには――小さい妖怪がそこかしこにいる。
壁の隅には何やら蹲ってブツブツ言っている小男。不気味すぎる。
「はあ……」
(……地元がそこそこ田舎だから、なんか田舎の念? 的なものが溜まって変なのがいるかと思って、東京に出てきたってのに、東京にもいるじゃん!
――つうか東京の方がいるじゃん!!)
俺はよろよろとソファから立ちあがり、壁にがんっと頭を打ち付ける。
涙目だった。もう何も見たくなかった。つらい。
(いや……いや薄々わかってた……。この妖怪とか幽霊とか、負の感情とか欲とかが起きやすいところに湧きやすいんだ……)
東京の、人がいる、科学的で、都会的で、きらびやかな場所。
そこにいけばお化けちゃんには会わないだろう。
高校の時はホストになれるのでは? と言われてきたし、じゃあ金も欲しいし夜職やってみるか――なんていったって売れればメディア出演も夢でないし、昼職とは比べ物にならないレベルの金がもらえるのだ――別に厭になったらやめりゃいいしと、軽い気持ちで店に入ってみたら最後。
ホストという職種に予想以上に適正があったらしい俺は、あれよあれよという間にナンバー入り。
そうなれば店は簡単にホストを逃がしてはくれない。ホストクラブのオーナー様の中にはあぶねぇ組織と繋がっているところも少なくない。あの手この手で引き留めてくるし洗脳してくる。
――夜の世界には負の感情が湧きやすく、
それだけにあやかし怪異お化けちゃんをおびき寄せやすいと気づいた時には泥沼に頭まで使ってしまっていたのである。
「ッくっそぉ自分から鬼門に突っ込んでってどうすんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
がんがん頭を壁に叩きつける。もちろん額に瑕がつかない程度に(※顔が商売道具だから)。
「なんで俺は調子こいてナンバーワンなんかになってしまっ――」
「レイヤさんお疲れ様で〜す!体調大丈夫すか?」
と、その瞬間ドアが開くとともに後輩――あさひが顔を見せる。
俺は瞬時に壁に意味ありげにもたれかかりながら、
「――ああ、大丈夫。ちょっと酔い醒まし」
「おおお、かっけ~……なんかレイヤさんって壁に寄り掛かってるだけでも絵になりますね」
「そりゃどうも」
あさひは人懐こそうな印象の、明るい茶髪が人気の新人ホストだ。
ちゃっかりしているところもあるが、新人なりに成績もいいし、人当たりもいい。先輩受けもかなりいいし、俺も慕われている自覚がある。
だからこそだろうか。
理由は自分でもわからないが、
(なんか俺、あさひのことちょい苦手なんだよな~。誰か来ないかな)
「おつかれーおっあさひにレイヤくん」
「あ、おつかれーすいつきさん」
ギスらないか、気まずくならないか、と思ったところで後輩のいつきがバックヤードに入ってきた。
俺はややホッとして「よう」と片手を上げる。いつきもニッと笑って会釈してみせてから、あさひに向き直った。
「なああさひ、リヒト知らん? あいつにタバコ買いに行かせて戻らねんだわ」
「え? 知りませんけど。いつごろ出てったんすか」
「3時間前くらい」
「なんだそれ。バックレすか?」
(おいおい……)
ホスト業界だけでなく、キャバクラなど、まあいわゆる水商売と言われる世界では、『飛ぶ』という現象がたびたび起こる。
飛ぶとはどういうことかというとつまり、プレイヤーが退店希望を出すことなく、急に出勤しなくなり、最終的には連絡すら取れなくなってしまうことだ。店が辞めたいホストを無茶に引き止めたりした場合にありうるが、他にも売り掛け(いわゆるツケ。ただしもし客が払わなければホストが払うことになる)が回収できずに借金がかさんで、ということもある。
(この業界ホンット闇だよな)
俺は適正がありすぎて――イヤミでなくいっそ自虐で――その闇に頭まで浸かっているのだが。
「このまま消えると困るすね」
「まじそれな。最近こうゆーの多くね? ちょっと前にユキヤ飛んだじゃん。あいつどこ行ったわけ? 店の金に手ぇつけて消されたって話まじ?」
「ユキは掛け飛ばれて逃げたんじゃありませんでしたっけ」
「どっちにしろ迷惑だろ。ねえレイヤくん」
だな、と頷く。
「2人はそうならないようにしてよ」
俺が一番逃げたいのに俺より売上上げてねぇヤツらに先に逃げられてたまるか。
「俺らはないですって! おいあさひ、新人だからってすぐ逃げんなよ!」
「俺の事なんだと思ってんすか」
「ま。……だといいけど」
でも、と俺は壁から離れて顎を指でかいた。確かに最近失踪多いって、オーナーが言っていたような気もする。
(はーまじ……やってらんねー)
――さて、店内に戻って。
指名され、指定されたテーブルに赴くと、そこには黒髪をハーフツインにし、ピンクのトップスに黒のスカートを合わせた二十歳くらいの地雷っぽい女がいた。
――名前はゆりあ。
俺の売上を支える、いわゆるエース客だ。
スマホをいじっていたゆりあは、近づいてくるこちらに気づくと、ぱっと表情を明るくさせる。
「あっ! れいぴ〜! やっと来たあ」
「ゆりあ! 来てくれてありがと」
手を振るゆりあの隣に座る。
ニコ、と笑ってみせると、ゆりあはピンクのカラコンを入れた瞳を煌めかせて、「なかなか会えなくて寂しかったんだよぉ?」と言う。俺は、甘い声を意識して「俺もだよ」と応える。様式美であった。
「ほんとぉ?」
「当たり前じゃん。何、疑うの?」
「ううん♡ 嬉しい♡」
隣に座った俺の腕にしがみつくゆりあ。
笑顔でゆりあを見つめる俺。
――ちなみに、『俺もなかなか会えなくて寂しかった』はマジだである。
なぜならこいつは――、
客の中で唯一、今まで一度もやべえお化けをつけてきたことがないからだ。
(太客、かつ、ノーお化け客! 地雷系のくせに超絶レア客なのだ――)
ノーお化けちゃん客は、ホストクラブの姫――客のことだ――の中ではかなりレアである。
ノーお化けちゃんということは、お化けちゃんがすり寄ってくるような負の感情を溜め込んでいないか、人間自身が寄せ付けない体質(守護霊などの場合もあるようだ。たまに背後にとんでもねえ神様みたいなやつをつけてるやつがいる)かということになる。
ホストクラブに来るだいたいの客は、心の中に何かしらの不満を抱えているものだ。
――だからこその、レア客。
ゆりあは、俺としては非常にありがたい姫なのだ。
ホストクラブは非日常を楽しむための場所。
ホストは客をハマらせてナンボ。
客の方がホストを選ぶので、そこからいかに自分に沼らせるかが鍵。
そんな中、ゆりあのようなレア客が俺の元にやってきたのは、マジの僥倖だったのだ。
「嬉しくなっちゃったからシャンパン入れるね♡」
「まじ? ほんとありがとう。でもあんまり無理すんなよ」
それになぜだかは知らないが、ゆりあは異様に金払いがいい。
この業界には、夜職に精を出して金を稼ぐ姫も少なくない中で、百万円を百円か何かと勘違いしていそうな富豪もいるのだが、ゆりあの金払いは後者のノリだ。
だからこそ、あの手この手で営業かける必要ないから楽なのだが。
(こいつの金まじでどっから湧いてんだろな……風俗とかやってる感じもしないし)
金の出処は謎だ。
芸能人か、YouTuberか。若手セレブといったらやはりその二つだろう。
「れいぴやさしぃ〜♡ いいの! れいぴのためなら無理なんかじゃないから!」
「ゆりあ好き」
「えへ♡ ゆりあも!」
――まあいっか、とも思う。
身体を売って貢がれるより、金持ちから金をいただく方が気持ちも楽というものである。
「そーいえばれいぴ、ユキヤ蒸発したってほんと? ゆりあユキヤがヘルプついてくれるの楽しかったけどな」
「なーに俺の接客だけじゃ不満なの」
「そぉゆーことじゃなくってぇ〜も〜」
「なんだよじゃあどういう……、
っ!?」
「……れいぴ?」
思わず、途中で言葉に詰まる。
額に、自然と汗が滲む。
俺が見てしまったのは、店内を移動するいつきの背中。
そこには、彼の背中全体を覆い隠すくらいに大きな蜘蛛がいた。
(なんっだよっアレ……あんなでかいの久々に見たぞ……)
「大丈夫? れいぴ」
(いやだめだ、接客中だろ、平常心……つうかこっちが気づいてるのバレたらその方がまずい……)
「ねえれいぴ」
「っあ、悪いゆりあ、ぼーっとして……」
「ううん、平気。……それよりれいぴ、もしかしてだけど」
ゆりあが俺の耳に口を寄せてくる。
なんだと思いつつ聞くと、
「……視えてる? アレ」
「――っ!?」
驚いて、思わず俺はゆりあから勢いよく身を離した。
唖然と、ゆりあの顔を凝視する。瞳孔がハートに見えるように加工されたカラコン越しの目と、目が合う。
「……あ、れって……はは、ゆりあ、なんのこと……」
「やっぱれいぴ視えてたんだ? あ、じゃあされいぴ、コレ見て!」
ゆりあが黒いハート型バッグから取り出したのは、名刺入れ。
黒い飾りネイルがされた指で、彼女がさらにそこから取り出したのは、モノクロの非常にシンプルな名刺だった。
『内閣府外局怪異対策委員会公認
祓除師 玉寺百合愛』
「……は……?」
ゆりあね、実はゴーストバスターなんだ」
モノクロでシンプルの名刺の端には、金の箔押しで『S』とある。
俺は呆然と名刺を見つめるしかない。
ゆりあが言った。
「それで、ちょっとれいぴに聞きたいことあるんだけど、いーい?」