地雷系祓い屋と感知系ホスト4
セイは――C級祓除師・柚木正一郎は逃げていた。先程共犯者である美玲の駒から連絡があり、美玲が祓除師に捕まったとあったためだ。
(……ついてないな。せっかく高位の祓除師が担当じゃない区域だったのに)
むしろ――自分が巡回担当の祓除師だったからこそ、進めやすいビジネスだった。自分の肩書きがそのまま隠れ蓑になる。同業者は疑われにくい。
――最近は夜が明るくなっているため、闇という住処を失い、妖は駆逐されかけている。そのために人を食えずに飢えている。
だからこそ、高位の妖と取引ができた。
高位の妖は裏社会と繋がりを持つことで金を持っていることも多い。妖相手の人皮売買はビジネスとして面白いほどうまくいっていた。オーナーにはマージンを渡すことで、裏社会でビジネスをすることへの補助をしてもらった。
――順調だったのに。
(くそ、S級がホス狂やってるなんて想定外だ……!
最高位の祓除師なんだから一門の当主でもやって構えてればいいものを。無駄に人間らしい真似なんざするなよ、化け物の分際で)
……まあいい。
正一郎は舌打ちをしながらも、背筋を伸ばして歩いた。
今の正一郎はスーツ姿だ。
ホストらしい洒落たスーツではなく、特段高価でもないビジネススーツにわざわざ着替えていた。オフィスが立ち並ぶ場所であれば、スーツ姿が一番馴染む。
木を隠すならば森の中。至言だ、と思う。
そしてこのまま空港まで行き、本州の外へでも行ってしまえばいい。表の犯罪者ではないのだからわざわざ海外に飛ぶ必要もない。
祓除師にも派閥がある。関東圏と関西圏では幅を利かせている祓い屋一族が異なる。だから関東圏さえ脱してしまえば、隠れることは簡単なはずだ。
(見つかるはずがない)
もともと隠密は得意だ。
だからこそ売買ができた。
このまま逃げ切れば、共犯者に分け前を渡すこともなく、利益を独り占めできる。
なんという好都合。
「ふふ……っ、」
正一郎が思わず笑みを零したその時だった。
正一郎の肩に、蝶が止まった。
キラキラと輝く鱗粉を撒き散らす、大きな黒蝶である。
「蝶……? アゲハか? なんでこんな時期に……」
しっしと追い払うと、蝶はひらひらと飛んでいく。
そのままどこかへ行くかと思いきや、一定の距離を取った辺りで動きを止め、正一郎のあとをついてくる。
「な……」
――なんだこれは。まさか式神か?
その可能性に思い当たった正一郎は、すかさず黒蝶を祓った。妖とは気配が違ったので、式神で間違いなさそうだった。
(式神ならある程度、耐久性のあるものを作るはず。なんであんな弱いものを……。
いや、それはいい。まずい。今ので位置を悟られた)
距離を取らねば、とその場を駆け出す。
――しかし、行く先行く先に、蝶が現れる。
逃げれば逃げるほど、だんだんと増えていく。祓うにも、数が多すぎて追いつかない、
「く、くそ……ッ」
そして。
「見〜つけた、柚木正一郎」
――夜のオフィス街に似合わない、地雷系ファッションに身を包んだ玉寺百合愛が、姿を現した。
化け物はA級らしき手練を幾人か連れてきていた。
さらに意外なことに、そこにはなぜか正一郎のホストとしてのライバル――【AGELESS】のレイヤがいた。そう言えば奴は玉寺百合愛の担当ホストだったはずだが、だとしてもどうしてここに?
「……あ」
しかしその疑問は瞬時に解決した。
一匹の黒い蝶がレイヤの差し出した指先に止まり――さらにレイヤがおもむろに手を振った瞬間、その場にいた何十匹もの黒蝶が掻き消えたためだ。
(この黒い蝶はあいつの式神だったのか……!)
そもそもレイヤが祓除師なんて話はオーナーから聞いていない。一体どうなっているのか――。
(いや、そんなことはどうでもいい。
捕まったらマジで終わりだ。勝つのは無理でも逃げるだけなら、まだ……!)
C級ではあるが、正一郎の実力は決して低くない。格上とも十分に戦える。
霊力を隠すのが得意であるため、正一郎はもともと、弱いふりをしていた。間違ってA級にでもなってしまえば、難しい任務が割り振られ、それだけ死ぬ確率が格段に上がってしまうためだ。
札に封印していた銃を取り出す。
霊力を込めた弾丸を撃ち出すことができる愛銃だった。
「っな!?」
「街中だぞ……!」
ゆりあの周りにいる者たちが目を剥く。レイヤも唖然とこちらを見ている。
正一郎は、撃鉄を起こし引き金を引くまでの作業を、早業といえる速度でこなす自信があった。早撃ちで必ず不意をつけると。
ゆりあを倒せれば必ず隙ができる。ここにいる祓除師は格上ばかりだが、隙さえできれば逃げ切れるはず。
(いける……!)
そうして、刹那の間に引き金を――、
引くことはできなかった。
いつの間にか黒い刀を手にしていたゆりあの手によって、正一郎が持っていたはずの銃身が細切れになっていたからだ。
しかも、銃を持っていた正一郎自身の手には傷一つない。
「……は?」
「すごいよ、セイ。ここまで手こずらせられるとは思わなかった。ゆりあは強いけど頭がいい方じゃないからそれもあるだろうけど、それにしたってあやうく逃がすところだったっていうのは、セイの優秀さもあるんだろうね」
「う、嘘だろ……お、オレの銃が」
「でもね、罪は罪だから」
膝を着き、バラバラになった銃をかき集めていると、不意に頬を張られた。
思わず顔を上げると、冷徹な表情をしている玉寺百合愛の視線が正一郎の顔を射抜いていた。「――ちゃんと聞け。お前の話だ」
「……っ」
「償ってもらうよ。お前と共犯者のせいで食われた人のためにもね。人に化けた妖もまとめて始末する」
「そんなこと、簡単にできるわけがない……っ。人皮をかぶればもはや気配は人と同じだっ」
「あたしたちには、そう思える。でも、そうでもないって天才もいる」
玉寺百合愛が後ろを振り返った。
すると、その視線を受けて一歩前に出てきたのは、レイヤだった。
「――俺なら判別できる」
「なん……だって」
「俺の黒蝶を使えば、その区域の祓除師と協力することで感知範囲もかなり広げられる」
レイヤの手から、ふたたび黒蝶が生まれる。
そうか、と正一郎はレイヤを睨みつける。
「その黒蝶は監視カメラ付きドローンみたいなものか。弱い式神をあえて無数に作って飛ばすことで、無理やり感知範囲を広げた」
「そういうことだ」
「けど、蝶なんて、そんな弱い、なんの術式も付与されてないような式神じゃ、まともな感知なんて……」
「できる」
即答だった。
「ゆりあ曰く、俺の感知の才能はS級以上らしいからな」
「……はっ」
祓除師たちに手錠をかけられながら、正一郎は自嘲するように鼻で笑った。
――本当についてない。
自分がビジネスをしている横でS級が遊んでいて、さらに同じ社会の中に、S級をして自分より上と称されるセンサーがいるとは。
「クソ……」
正一郎は肩の力を抜き、項垂れた。
――それは界隈を騒がせていた人皮売買に、一区切りがついた瞬間だった。
*
その後。
後処理があったらしいゆりあは忙しそうにしていた――俺は式神で潜伏している妖の居場所を教えた――が、一段落したあたりで【AGELESS】を訪れた。
「つっかれた〜! もう最悪ぅ! ほとんど徹夜で働かされたんだよぉ!」
「あー……大変だったな」
「なお最悪だったのが大体強いヤツばっかだったこと! も〜〜〜! れいぴ癒して〜!」
「よしよし」
「えへへへぇ♡」
腕にしがみついてくるゆりあの頭を撫でてやる。
……接客時にはいつもやっているようなことだが、なんだか以前とは俺の心持ちのようなものが違うような気がするのは何故だろう。
「でも本当にれいぴ、大活躍だったね♡ ゆりあの目に狂いはなかった! さすがはれいぴ♡」
「俺としては近くにそれなりの数の化け物がいたことに戦慄したけどな……」
蝶たちに探らせたところ、人皮を使って潜伏していた妖は想像以上に多かった。
その時の「ウェッ……」という気持ちを思い出し、俺は深くため息をつく。
俺が生み出した蝶は、蝶を中心として霊力を僅かに広げて、感知を行う。そして対象に触れることで、詳細な、かつ必要な情報を俺に伝える。
肩に、腕に、足に一瞬、止まる。それだけで、妖なのか、人間なのか、霊能者なのか、どんな力を持っていて、どのくらい強いのか――丸裸にできる。おまけに一匹一匹が激弱な代わりに数を多く出せる。
「でもれいぴ。なんで式神、蝶にしたの?」
「まあ、黒蝶かっこいいし。あとはなんか、夜職って夜の蝶をイメージしないか? 一回思いついたらそれ以外考えつかなくなっちゃってさ」
どちらかと言うと夜の蝶というとキャバ嬢とかのイメージかもしれないが、夜の街の非日常と華やかさを司るという意味ならホストも同じだろう。
非日常と華やかさを司り、客を絡め取る。
……あれ。そういう意味じゃあ本質は蜘蛛のような気もしてきたな?
「夜の蝶……。たしかに言われてみればそうかも。それに虫だと『弱いけど多くいる』イメージも湧きやすいし、合理的かもね〜」
「だよな」
まあなんでもいい。
……とにかく、この自分の力で何かを成せたこと。
俺にとっては、それが大切なことだ。
(少しは……自分を受け入れられたのかもな)
ずっと逃げてきたことから向き合った。
何かが変わったかも、と自分でも思う。
ホストから式神のイメージを作り上げるなんて――俺は後ろ向きな気持ちでホストを続けているようで、なんだかんだホスト業が好きなのかもしれない。
「何にせよ、ありがとね、れいぴ」
「!」
「ほんと、助かった! さすがはゆりあの最推し♡」
笑顔。
含むところも何もないその明るい笑顔に、俺は一瞬、息を詰めた。心臓が跳ねる。
自分の動揺を自覚しながら、俺はいつもの「キマッてる」笑顔を返して、ン、と頷く。
……そうだ、これだ。
自分の一番変わった部分。
今まで俺はゆりあにどう思われようと、客としての彼女が自分から離れなければどうでもいいと思っていた。けれども今は、なぜか最推しという言葉に引っかかりを感じるようになってしまったし、
何より……認めたくないが、俺はいつの間にか、
「ねえ、れいぴ! やっぱり正式にゆりあの助手になってくれる気、ない!?」
「……そーだなー……」
――ゆりあの役に立ちたいと。
そう思うようになってしまっていた。
「しょーがないな、いいよ。ゆりあは俺の大切な姫だしな」
今はこういう言い方しかできないし、客とホストとしての関係を崩す勇気もない。あくまで俺たちは金で繋がった関係でしかなく、ゆりあにとっても俺はただの『推し』でしかない。
ただ彼女の助手になるならば、ゆりあの唯一の右腕は、俺ということになる。
今はまあ、それで妥協しておく。
「ほんと〜〜!!? れいぴ! 大好き!!」
「いって! 力強いな!」
……でもまあ、本当に俺もバカだよな。
ハマらせるのがホストだってのに、逆に手のひらの上に乗ってどうするんだよって感じだ。
とはいえ。
前の自分より今の自分の方が、俺は気に入っている。
だからまあ、これでいい。
FIN