地雷系祓い屋と感知系ホスト3
「は? な、なん……」
「みれいさんさあ、知らないって言ったよね。祓除師のことも、界隈のことも。
――なのになんでゆりあが失踪者を追ってるって知ってるの?」
みれいが目を見開く。
そこでようやく自分の失言に気がついたんだろう。
失踪者のことは知ってても、それが妖の仕業にすぐ結びつくのはおかしい。客もホストも飛びがちな世界なのだから、祓除師がわざわざ調べに来るとは普通考えない。
(……今の煽るような言動は、みれいに不用意な発言をさせるためだったのか……)
まさしく『秘密の暴露』というわけだ。
まるで、敏腕刑事のごとくである。
「ち、ちが……わたしは……」
「れいぴ」言い訳を試みるみれいを完全に無視し、ゆりあはこちらを見た。「聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだ?」
「れいぴならわかるかな。こいつ、人? それとも妖?」
「……」
俺はゆっくりと、みれいとゆりあのもとへ歩いていく。ゆりあはみれいに突きつけた刀は引かずそのままに、身体を引いて俺の場所を作る。
俺は怯えに震えるみれいの顔を見て、
「……人だよ。妖とは、気配が違う」
そう言った。
今なら、たぶんなんとなくわかる。人皮をかぶった妖と、人間を見分けられる気がするのだ。
そして彼女は人間だ。妖ではない。
「となると……そう。
じゃあお前が、人皮を作った呪具師なんだね?」
「……ッ!」
ゆりあの冷ややかな声に、みれいがガタガタと震え始める。
ゆりあはまだ霊力を抑え込んでいるが――それでも漏れ出た霊力が凍てついていくのがわかり、その冷たさが彼女の怒りを感じさせた。思わず、俺も緊張に口を噤む。
「ああ、ごめんれいぴ。説明不足だったね」ゆりあが、みれいから目を離さずに言う。「呪具師っていうのは、人皮みたいな闇深いアイテムとか、妖祓いに使う御札とか武器みたいな――呪具を作る人間のこと。祓除師は妖を祓うから一定以上の戦闘能力と霊力が必要なんだけど、呪具を作るのには前者はいらないの」
だから、こういうか弱いのにも、才能があれば出来ることなんだよ。
そう言って、ゆりあは刀の刃をさらにみれいに近づけた。少しでも動かせば、薄皮が切れてしまうというところまで。
「ほんと、せっかくの才能をなんで犯罪に使っちゃうかな〜。強力な妖祓の呪具を作る才能なんて、めちゃくちゃすごいのにぃ〜」
「違う、ちが、わたしは……」
「動機は何? やっぱり闇稼業の方が稼げるから? 晴人に貢ぐためにあんなモノ作ったわけ〜? ……『Rose』の失踪者に客が多かったのって、まさかお前がドサクサに紛れて同担消したかったから、とかじゃないよねぇ?」
みれいが黙り込む。
それを見てゆりあが「キモ」と吐き捨てた。
「同担拒否もホス狂も個人の自由だから別にいいけど、そこまでするのはクズでしかないよねぇ」
「わたしは……わたしは悪くない! あんなに応援してるのに、お金も使ってるのに、晴人がわたしを一番にしてくれないから……!」
「悪くない? ――ふざけるなよ」
今まで、辛うじて甘さを残していた口調が、がらりと変わる。
「お前の作った人皮のせいで、潜り込んだ高位の妖が増えてるって報告が上がってる。そのせいで何人食われて死んだと思ってる?
――お前はお前の都合で、担当ホストにも『Rose』にもなんの罪もない女の子たちやキャストたちにも迷惑をかけた。それを責任逃れとは笑えない」
ゆりあが、刀を握る手に力を込めたのがわかった。
「お前が人皮を卸した相手は誰。人皮を妖に売り捌いてるバカのことだよ」
「……っ、っ」
「――わかってると思うけど素直におしゃべりしないと痛い目を見るよ。お前の人皮のせいで親友を失った、気性の荒い祓除師にお前の身柄を渡してみようか?
妖相手に戦争してる人間の感性がマトモじゃないことくらいは想像つくでしょ。どうなるかわかったものじゃないよ」
ねえ、とゆりあの声が一段と低まる。
ひっ、とまた悲鳴を上げたみれいは、やがて「ごめんなさい! 言います! 言うから!」と言って泣き出した。
「いい子だね。……で? 誰なの」
「そ、それは――」
泣きながら告げられた言葉に、
俺とゆりあは弾かれたように顔を見合わせ、その場から駆け出した。
向かう先は―[CRIMSONMoon]である。
――しかし。
たどり着いた[CRIMSONMoon]には、俺たちが探している相手はいなかった。
そしてその探している相手というのは、
C級祓除師でありながら[CRIMSONMoon]のナンバーワン、セイのことだった。
人皮を作り出した呪具師――今ごろゆりあが呼んだ他の祓除師が捕縛している――みれいが、セイこそが人皮を卸した相手だと白状したため、マーケットを仕切っていた売人が奴であることはほぼ間違いない。
だが。
「は? セイが来てない?」
[CRIMSONMoon]に駆けつけてセイの行方をスタッフに尋ねてみれば、なんと無断欠勤をしているらしい。
ならばどこにいるかの心当たりはあるかと尋ねても、スタッフからは実のある答えは帰ってこなかった。
「おかしいんです。セイくん、こんなこと今までなかったし……我々も困ってるんですよ。行き先なんてこちらが知りたいと、店長は言ってます」
「今日は出勤日なんだよな?」
「そうなんです。やっぱり人気ホストが突然来なくなると……どうしても損失が……セイ目当ての女の子たちも怒っていて」
(それは当然だな)
ナンバーワンだからこそ許される勝手もあるが、ナンバーワンだからこそ、穴を空けられるのはホストクラブにとって大きな損失となる。
セイの客はもちろん、店長がキレるのも無理はない。
「けど、店長はってことは……オーナーは怒ってないんだね? むしろあんまり問題にするなって言ってたりする?」
ゆりあが口を挟む。
スタッフは、どうしてわかるのだという驚きの顔をして、ゆりあを見た。……図星のようだ。
「んー。となるとやっぱりインフィニス仕切ってる奴にも、人皮の件に絡んでる奴がいるなあ……」
「嘘だろ。うちの上、真っ黒かよ」
「まあもともと危なそうなオーナーだったけどね。こりゃ確定だぁ」
「……あ、あの、どういうことで……そっちは【AGELESS】のレイヤさんですよね」こちらの会話を聞いていて思わずといったように、スタッフ――後で知ったが副店長だったらしい――が俺の顔を覗き込んでくる。「うちのセイが無欠している理由とか、まさかご存知なんですか」
「まあ、ちょっとな。行先はさっぱりだけど」
遅刻もほとんどしないというセイの、突然の無断欠勤。
その理由には当然、俺たちは簡単に見当がつく。逃げたのだ。ゆりあが来るのを察知して。
「それにしても行動が素早すぎる。誰かが知らせたな……」
とりあえず、店の誰もセイの居場所がわからないのであれば、[CRIMSONMoon]に用はない。
二人で店を出たところで、ゆりあが低い声で呟いた。
「知らせる? あの状況で? 少なくともみれいには無理だろ」
「うん。だから多分、協力者が『Rose』にいたんだと思う。それで、みれいがゆりあたちに無理やり連れていかれるのを見て、セイに逃げるように言ったんだよ」
「……だとしたら」
うん、とゆりあは難しい顔のままで頷いた。
「まだ遠くには逃げてないはず」
「だな」
とはいえ、だ。
『Rose』と[CRIMSONMoon]の間にはそこそこの距離がある。電車に乗っていけば20分程度ではあるが、みれいの尋問ののちすぐに[CRIMSONMoon]に来たとはいえ、時間は与えてしまった。すぐに見つかるような距離のところへは逃げていないだろう。
「……ちょっと、動いてくれてる同業者に連絡してみるね。セイの行方を知らないか」
「わかった」
セイは祓除師でありながら、人皮なんていう呪具を妖に売りさばいていた。
国怪対に認められた祓除師という身分があれば、祓除師には疑われにくく、また、祓除師という仕事の関係上妖とは否応なくかかわることもある。そういう意味では、祓除師とはもっとも妖との距離が近い仕事なので、交渉はしやすかっただろう。――よく考えてみれば、セイの立場は非常に潜伏に適しているものだった。
(みれいの動機は金だったらしい。みれいは、セイの目的は知らないらしいけど……)
セイはなぜ、人の皮などを妖に売りさばこうと考えたのか。
考え込みそうになった時、同業者に電話をかけたいたゆりあが、「ダメか」と言ってスマホをしまった。
「セイの居場所、わかんないや。祓除師は個人主義者が多いからかもだけど、セイと付き合いのある祓除師はほとんどいないらしいしぃ……」
「人海戦術で虱潰しに、って訳にはいかないのか?」
「虱潰しに、セイがいそうなところを調べられるほどの人数はいないんだよねぇ。逃げ出したホストが安易に潜伏できる場所なんでそうそうないし、ならさすがに都内からはまだ出てないとは思うけど」
「都内だけか? 神奈川とか、埼玉とか、隣接する県に脱出してる可能性は?」
「無きにしも非ずだけど、駅は同業者が張ってるからぁ。怪しい奴がいたら捕まえるはずだよ」
「そっか……」
なら、セイは東京のどこかに隠れているってわけか。
……だが、東京とひと口で言ってはみても、範囲が広すぎる。
その中から呪具の売人一人の気配を特定して見つけろなんて無茶ぶりもいいところだった。
「ゆりあの霊力なら、一応東京全域を覆える」
「……は? マジで?」
「マジだよ。でもそんなに広げたら、それだけ網の目も荒くなるから、敵の位置なんてわからない。式神使って遠くのものを感知しようにも、大雑把な居所くらいはわかってないとダメなの。ゆりあの式神は強いけど、多くない」
「……」
「れいぴは霊力をできるだけ広げても、感知の網の目は細かいままっていうセンスがある。でも霊力量が少ないから、東京全域の感知は無理。……だよね?」
「無理だ。というか、仮にそれだけの霊力があっても俺には無理だよ」
拾い上げる情報が多すぎてパンクする。
「……どうする……時間がない……」
ゆりあが難しい顔で呟く。
ツインテールにした黒髪が、周りのギラギラとしたネオンライトに照らされて淡く光っている。
時間がない、か。
たしかにここでモタモタとしていれば、せっかく見つけた売人を逃すことになるな。
(俺が式神を作れれば何か変わるのか……?)
式神作りはまだできていないが、足りないものはわかっている。――イメージだ。何を作りたいのか、どんなものがいいのか、まだ自分でもわかっていない。だからできない。
俺の弱点は、霊力そのものが少ないこと。
だから、感知の精度はよくても、広範囲の感知が不可能だ。
逆に強みは、うっすらと広げた網に過ぎなくても、対象が俺の霊力に引っかかれば、その気配がはっきりとわかる。
(だとすれば式神は……力の不足分を補いつつ、多くの情報を集めつつ、情報の整理もできるような……)
そこまで考えて、脳裏にひらめきが走った。
「ゆりあ」
「何? れいぴ。もしかして、何か思いついたの」
ゆりあが俺の顔を覗き込んでくる。
――期待をしている目だった。現状を打破する案を、俺が持っているのでは、と考えている目。
(……マジでおかしいのかも、俺)
初めて、ゆりあに俺の才能とやらを知らされた時には、あんなに『関わりたくない』と思ってたのに。
――いつの間にか、『ゆりあの役に立ちたい』と思うようになっている。
「ああ」
だから、俺は頷いた。
「適した式神を思いついた。
今から、その式神を無数に飛ばして搜索する」