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⑧白魔術

紆余曲折を経て、天使は桜色の都へ…。

「疲れたわ…。けれど、ティーメを桜色の都に送り出すまでは頑張らないと…」

ここは潮風の吹くカフェテラス。

マヤリィはコーヒーを飲みながら、そう呟く。

ルーリと二人きりなのをいいことに、疲れきった顔を隠さないでいる。

「どうして私の疲労には白魔術が効かないのかしら」

桜色の都での首脳会談、天使との戦い、天界滅亡と色々なことが続き、躁状態と鬱状態の入れ替わりもあり、マヤリィは疲労困憊していた。

「その件に関しましてはシロマも困っておりました。いつか必ずご主人様の疲労感を取り除く魔術を生み出してみせると言っていましたが、なかなか難しいようでございます」

ルーリはそう言うと、新しく白魔術を習得する為に桜色の都に行くことになったティーメの顔を思い浮かべる。同時に、皆にティーメを紹介した日のシロマの様子を思い出す。

(思えば、いつになくシロマが怒っていたな…)


全てが終わった後、マヤリィはティーメを皆に紹介し、自分の配下とすることを宣言した。マヤリィの命令は絶対なので、異議を唱える者はいなかった。ティーメは天界が滅びたことも知らず、兄アルトが犯した罪を自分が償うと誓い、自分の持っている光り輝く剣をマヤリィに差し出し『変化』の能力も手放したいと告げ、絶対の忠誠の証とした。配下達は無害化したティーメをとりあえず受け入れたが、シロマだけは違った。シロマは彼女の兄アルトがユキとバイオを殺したことをどうしても許せず、皆が退出した玉座の間で主にその思いを語ったのだ。

「畏れながら、ご主人様。あの者は私達の仲間を殺した男の妹にございます。そして、彼女自身もご主人様を傷付けるつもりでこの城に侵入したことは明らかです。……ご無礼を承知でお伺い致しますが、なにゆえあの者を配下とされたのですか?ご主人様は…お優しすぎます」

よほどユキとバイオを殺したアルトが憎かったのだろう。シロマは感情的になっていた。その場にいたルーリも驚くほどに。

「シロマ…マヤリィ様の御前だぞ」

いつもなら一言で相手を黙らせるルーリだが、シロマが可哀想に思えて、声に力が入らなかった。

「いいのよ、ルーリ。シロマがこのことを受け入れられないのも当然よね…」

マヤリィはその時、天界を滅ぼした事実をシロマに告げるべきかどうか迷った。しかし、それを聞けばシロマは別の意味で戸惑うことだろう。

「けれど、ティーメは私に絶対の忠誠を誓った者。たとえ貴女の頼みであろうと、彼女を放り出すことは出来ないわ」

「っ…」

シロマが憤りを感じているのが目に見えて分かった。やはり真実を話すべきだろうか。もはや優しすぎる支配者とは言えない自分について話すべきだろうか。マヤリィは迷った。

「聞いて頂戴、シロマ。私は…」

「マヤリィ様…!」

気持ちが揺らいだまま真実を告げようとするマヤリィを止めたのはルーリだった。シロマに話せば、当然他の皆にも伝えなければならなくなる。そうなれば、ティーメの耳にも入ることになる。

「やはり、私は甘すぎたのね…」

あの時、殺してくれと言ったティーメの言葉に従っておけばシロマを苦しめることもなかった。マヤリィはもうどうしたら良いか分からず、シロマに声をかけることも出来なかった。

「畏れながら、ご主人様…」

暫しの沈黙を破ったのは、マヤリィでもルーリでもシロマでもなく、今まで空気のようにその場にいたクラヴィスだった。

「私に提案がございます。この場で申し上げることをお許し頂けますでしょうか?」

「許すわ。言ってご覧なさい」

マヤリィは何を言い出すのかと思ったが、クラヴィスの言葉ならばシロマも落ち着いて聞いてくれるかもしれない。

「はっ。ありがとうございます。…私は、あの者に白魔術を習得させてはどうかと考えております」

「し、白魔術…ですか…?」

シロマは思いがけない提案に動揺する。

「はい。ご主人様のお力によってあの者は脅威ではなくなりました。しかし、このまま城に置いておいても、ご主人様のお役に立つことは出来ないと存じます」

魔力を持たないクラヴィスが言うとあまり説得力はないが、その通りだ。

「確かに、白魔術ならば危険はない。…クラヴィス、あの者に白魔術の適性があると知った上で言っているのか?」

ルーリはクラヴィスに訊ねる。すると、途端にクラヴィスはしどろもどろになり、

「えっ?えーと…それは、ですね…私には『鑑定』が使えませんので、そこまでは分かりかねます…。ご主人様、出過ぎたことを言って申し訳ございません!!」

マヤリィの前にひれ伏して謝罪した。

そんなクラヴィスを見て、マヤリィは言う。

「そうね…。もしティーメに白魔術の適性があるとしたら、習得させる価値はあるかもしれないわね。…どうかしら、シロマ?」

「適性、でございますか…」

ルーリは雷系統魔術、ジェイは風系統魔術、というように、皆それぞれ使える魔術の系統が決まっている。どれだけ魔術書を読んだとしても、適性がなければ魔術を使うことは出来ない。

「これまで彼女は攻撃魔法しか使ってこなかったでしょうから、必ずしも白魔術の適性があるかどうかは分からないわ。けれど、もしその可能性があるなら、クラヴィスの言う通り、習得させれば私の役に立つことがあるかもしれないわね」

マヤリィの言葉にシロマは何も言えなくなるが、

「畏れながら、マヤリィ様。先にティーメの魔術適性を調べ、その上でお話を進めた方がよろしいかと存じます」

もっともなことをルーリが言う。

「これから私がティーメの元へ行き、彼女のことを調べて参ります。お許し下さいませ」

「分かったわ、ルーリ。貴女に任せる」

「はっ!」

そして、結果は『適性あり』だった。

「…シロマ。私も貴女の気持ちは痛いほど分かりますが、あの者を憎み続けたところで余計に貴女が苦しくなるだけですよ」

そう言ってシロマを諭すクラヴィス。

「…分かっているのです。たとえあの者を殺しても、ユキさんとバイオさんが帰ってくることはないと」

「殺す、って…。貴女に攻撃魔法は使えないのでは?」

不思議そうな顔をするクラヴィスの前で、突然シロマは銃を取り出す。

「それは…『流転のリボルバー』!?」

「如何なる処罰でも受けるつもりで貴方のアイテムボックスから抜き取りました。これがあれば、私でもあの者を殺すことが出来る。ここ数日、私は毎晩そんなことを考えて過ごしています」

シロマの手は震えている。クラヴィスは動揺して何も言えない。

そこへ、マヤリィが近付いてきた。

「シロマ」

「ご主人様…!申し訳ございません…!」

「貸しなさい」

そう言ってマヤリィはシロマの手から素早くリボルバーを奪うと、ルーリめがけて発砲した。

「ご主人様!?」

シロマとクラヴィスは悲鳴に似た声を上げる。

が、

「マヤリィ様、そのマジックアイテムは敵とみなした相手にしか効果がないようでございますね」

ルーリは顔色一つ変えずに言う。

確かに命中したはずなのだが、ルーリは無傷だった。

「ええ、そうよ。…つまり、私の配下に向けて発砲したところで『流転のリボルバー』は何の効果もないの。残念だったわね、シロマ」

珍しく冷たい眼差しを向けるマヤリィを前に、シロマはひれ伏す。

「申し訳ございません、ご主人様…!私はご主人様の配下として有るまじき行為を働いてしまいました…。どうか、このシロマを厳罰に処して下さいませ。貴女様のお決めになったことに反論し、クラヴィスからリボルバーを盗んだ私に、もはやご主人様の配下である資格はございません」

シロマは『ダイヤモンドロック』を取り出し、マヤリィの前に置く。

「白魔術師ともあろう者が殺人を考えるなど、恥ずべきことにございました。…私はもう、ご主人様の元には…」

「勘違いしないで頂戴、シロマ」

マヤリィは言う。

「私、前に言ったわよね?配下である貴女の苦しみはそのまま私の苦しみになると言ったでしょう?」

「ご主人様……」

「貴女がこんなにもティーメを憎み、苦しんでいるのなら、クラヴィスからリボルバーを盗む前に私に話して頂戴。…勿論、一度私の配下にすると言った以上、彼女を殺すことは出来ないけれど、色々と方法はあるのよ」

マヤリィの言葉に、シロマは涙を流す。

「…私が彼女を生かしたのは簡単に死んで罪をなかったことにされるのが悔しかったから。無様に生き延びる方が今の彼女にとってはつらいことなのよ」

マヤリィ様、本当に優しくなくなった。

そして、

「…そう。色々と方法はある」

マヤリィは独り言のように呟いた後、突然クラヴィスに命令を下す。

「決めたわ。…クラヴィス、桜色の都に連絡を取って頂戴。ティーメを都の魔術学校に『留学』させることにする」

「リューガク…?」

「彼女に白魔術の適性があると分かった以上、習得させるべきだと私も思うの。けれど、それには基礎から学ぶ必要があるわ」

「それは…つまり、白魔術師の養成機関が充実している桜色の都にティーメを行かせ、時間をかけて白魔術を習得させるということにございますね?」

「そういうことよ」

ルーリの言葉に頷くと、マヤリィは早く連絡を取るようクラヴィスを急かした。

なんといっても彼は桜色の都においては英雄である。彼が間に入ってくれれば、話は円滑に進むだろう。

「…これでいいかしら、シロマ。あの天使を生かすと決めた私を許してくれる?」

「ご主人様ぁ…!」

様々な感情が押し寄せ、シロマはただその場にひれ伏すしかなかった。

「シロマ、しばらく彼女のことは忘れましょう。そして、貴女がクラヴィスに対して取った行動も忘れなさい。…クラヴィスも、それでいいわね?」

「はっ。勿論でございます。…では、シロマ。マジックアイテムは返してもらいますよ」

クラヴィスはマヤリィから『流転のリボルバー』を受け取る。

「はい…。ご主人様、此度は本当に申し訳ございませんでした。…クラヴィス、ごめんなさい。こんなことは二度としません」

「顔を上げなさい、シロマ」

マヤリィはひれ伏すシロマに手を差し伸べる。

「ご主人様…」

「自分を責めないで頂戴。此度の一件で、二人を守ってやれなかった責任は私にあるのだから。…今はゆっくり休みなさい。これは命令よ」

「はっ。ご主人様のご温情に感謝致します…」

シロマはそう言って頭を下げると『ダイヤモンドロック』をアイテムボックスに入れた。

「クラヴィス。シロマを部屋まで送ってあげなさい。…貴方の提案のお陰で助かったわ」

「はっ!有り難きお言葉にございます、ご主人様。貴女様のお役に立てたならこれ以上の喜びはございません。…では、行きましょうか。シロマ」

「はい…。それでは、失礼致します、ご主人様」

シロマは頭を下げると、クラヴィスの後を追って玉座の間を退出した。


(桜色の都の魔術学校か…。どんなところなのか想像もつかないな)

ルーリがそんなことを思っていると、

「…ティーメは大丈夫かしら。シロマは少し落ち着いてきたようだけれど」

マヤリィも同じことを考えていたと見えて、ティーメの心配をする。

「はい。クラヴィスの紹介ということもあり、国王陛下は喜んで彼女を魔術学校に入学させる手続きをして下さったと聞いております」

クラヴィスは桜色の都においては英雄と名高い。それがこんなところで役に立つとは。

「それならよかったわ…。しばらく桜色の都で預かってもらえれば、その間シロマは彼女のことを考えなくて済むものね。ティーメには、それなりの努力をしてもらう必要があるけれど」

適性があるとはいえ基礎も学んでいない状態だし、桜色の都の魔術学校は全寮制。シャドーレの話では、白魔術科の学生は男女比が同じくらいだという。果たしてティーメは馴染めるだろうか。

「聞けば、桜色の都に行くまでの間に白魔術書を読んで予習をしているとのことにございます。『もし落第したらミノリが許さないわ!流転の國の者として恥ずかしくない成績をとってよね!』…と言って、十冊ほど魔術書を手渡したと言っておりました」

「あら、さすがはミノリね」

マヤリィはそう言って微笑む。

「…では、私からも落第は許さないと釘を刺しておきましょう」

最近、本当に優しくないマヤリィ様。

ルーリも特に気にせず、

「はい。それがよろしいかと存じます」

真面目な顔で答えるのだった。

っていうかシロマさん、どうやってクラヴィスのアイテムボックスに手を突っ込んだの?

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