②双子の大天使
マヤリィが桜色の都に『転移』したちょうどその頃。
天界では驚くべきことが起こっていた。
長い間、神殿の入り口に立っていた『双子の大天使』と呼ばれる石像が突如として崩れ始めたのだ。彼等は何らかの理由によって封印され、神殿を守護する石像と化していたのだが、それは遠い昔の話。今この場にいる天使達にとっては、伝説上の人物である。しかし、今まさに彼等の封印が解けようとしている。
「物凄い魔力があふれ出ている…!まさか、大天使が蘇ろうとしているのか!?」
「伝説の『双子の大天使』の封印が解ける…!?」
「そんな…!彼等は敵ですか?味方ですか?」
天使達は慌てふためく。
大天使の復活は天界にとって一大事である。
『天界』。そこは、一人一人の戦力は低いものの『魔力探知』を容易くすり抜ける能力と、物凄い威力を持つ『星の刻印』と呼ばれる時限爆弾、そして巧妙な『変化』の魔術を操る天使達が暮らす場所である。
かつて流転の國に顕現したばかりのマヤリィに『星の刻印』を仕掛け、ユキを『変化』させて密偵として送り込んだが、どちらも失敗に終わり、それ以降は流転の國に手を出すようなことはしていない。宙色の大魔術師の力を恐れ、とても敵わない相手だと思い、触らぬ神に祟りなしとばかりに沈黙を決め込んだのだ。
しかし、今蘇ろうとしている『双子の大天使』は普通の天使とは比べ物にならならないほどの魔力を持っている。もし、彼等が味方であれば、流転の國に対抗出来るかもしれない、などと考える者もあった。
そして、まもなく崩れた石像の中から立派な白い翼を持った二人の天使が現れた。その場にいる者は立ちすくみ、声も出せないでいる。
二人のうち、片方は男。肩まである栗色の巻き髪に琥珀色の瞳を持つ美男子である。
もう片方は女。男と同じ栗色の髪は腰まで届き、瞳の色も全く同じ。白い肌をした美女である。
『双子の大天使』と呼ばれているだけあって顔立ちはよく似ている。外見は若く見えるが、封印されていたであろう年月を考えると、それなりの年齢なのだろう。
「…ふむ。私達を封じ込めた者はどうやらここにはいないようですね」
この場にいる天使達を見回して男が言う。
「ふん。たとえここにいたとしても我はそやつの顔さえ覚えておらぬ」
女の方は天使達に背を向ける。
「まぁ、何にせよ自由の身になれただけで良しとしましょう」
「はぁ…。兄上は相変わらず口だけは丁寧だな」
二人が話していると、天使達の中の一人がようやく声を出す。
「あ、あの…お話し中のところ大変申し訳ありませんが…あなた方は…?」
近付くことも躊躇われるほどの威光を放つ二人を前に、恐る恐る話しかける。
「は?そなた達は我のことを知らぬのか?」
「い、いえ…。伝説の『双子の大天使』様であることは存じ上げておりますが、まさかこうしてお目にかかることが出来るとは…」
「双子の大天使、か…。いつの間に我等はそう呼ばれるようになったのであろうな、兄上?」
「まぁ、私達が双子であることは事実ですからね。それに、こうして同じように封印されていたわけですし」
なぜ封印されたのか、なぜ封印が解けたのか、それは本人達にも分からないらしい。
「伝説と呼ばれるくらいですから、あれから長い年月が流れたのでしょうね。今も私達の魔力が健在だと良いのですが」
「分かっているくせにそのようなことをぬかすのか?…とうに兄上の魔力はそこかしこに満ちるほどあふれ出ておるわ」
「…!やはり、この凄まじい魔力は『双子の大天使』様達の…!」
先ほど話しかけた天使がそう言うと、妹に睨まれた。
「そういつまでも一緒くたに呼ぶでない。…我が名はティーメ。そなた達も覚えておけ!」
妹のティーメがそう言うと、天使達は一斉に跪いた。まるで女王様だ。
「私はアルトと申します。私達の封印が解けた理由は存じませんが、こうして外に出られたからには、魔術を使ってみたいものですね」
兄のアルトは穏やかな声で言う。
すると、ティーメは顔色を変えて、
「本気か?兄上がうっかり加減を間違えればここにいる者は無事では済まんぞ?…魔術を発動すると言うなら我が結界を張ってやる」
「それほどまでに強大なお力をお持ちなのですか?」
兄妹の会話に反応した者がいる。
「ああ。兄上の魔力の強さはそなた達が今感じていると思うが?」
ティーメは機嫌が悪そうに言い捨てる。
「な、ならば…!アルト様が全力で魔術をお使いになれる場所をご紹介致しましょうか…!?」
その天使は既に流転の國のことしか考えていなかった。
二人の前に跪いたまま、早口で説明を始める。
「突然この世界に顕現した宙色の大魔術師と呼ばれる者が天界の遥か下に位置する流転の國を支配しております。かつて『星の刻印』を用いて暗殺を試みましたが失敗に終わり、報復を恐れて手を出せずにいる次第で…」
「そうか…そなた達は『星の刻印』を使えると申すのだな?」
「はっ。流転の國の魔術師に知られることなく仕掛けることが出来ますが…爆発する前に解除されてしまっては意味もなく…」
その言葉を聞いて、二人は笑った。
「いつから『星の刻印』は時限式になったのでしょうか?あれは刻んですぐに爆発させてこそ相手に大ダメージを与えることの出来る必殺技です。…流転の國ですか。私の魔術を披露するにはもってこいの場所ですね」
アルトはそう言うと、穏やかな表情から一転して恐ろしい笑みを浮かべる。
「…なるほど、流転の國の大体の構造は分かりました」
アルトは特殊な能力を持っているらしく、この短時間に流転の國に探りを入れたらしい。
「それでは行ってきますよ、ティーメ。あなたはここで大人しくしていて下さいね」
「ふん。言われるまでもない。兄上こそ、流転の國だけでなく天界まで吹っ飛ばさないように気を付けるんだな」
ティーメは鼻で笑うと、
「我と兄上は、今も『脳内伝達』が出来るだろう。…何かあれば情報を寄越せ」
急に真面目な顔になる。
「心配には及びませんよ。流転の國が滅びたところで私達には何の影響もありませんから。…では、行ってきます」
そう言うと、アルトはあふれ出る魔力の気配を消し、流転の國に向かって飛び出していった。
「何事もなければ良いのだがな…」
兄を見送ったティーメは真顔でそう呟くのだった。
一人称が「私」で丁寧な言葉遣いをする方が兄のアルト。
一人称が「我」でぶっきらぼうなのが妹のティーメ。
アルトは情報取集にも優れており『念話』に似た『脳内伝達』によって得た情報をティーメに伝えることが出来ます。