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流転の國 vol.6 〜天よりの侵入者〜  作者: 川口冬至夜


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18/20

⑱甘い風の中で

ひとときの魔法。幻の恋心。

それをくれるのは、世界で一番美しい死神。

「そうか…。私も初めてお前の素顔を見た時は本当にマヤリィ様だと思ったからな…。…懐かしいな、あれはいつのことだったか…」

「確か国境線の関所で桜色の都の黒魔術師マンス殿と一戦交えた時でございましたな。マンス殿の『宵闇』魔術によって一瞬とはいえ視界を奪われた私は『隠遁』のローブを切り裂かれ、そのまま戦闘を続けた結果、貴女様に顔を見られてしまった次第で」

詳細は『流転の國 vol.1 〜突如として世界を統べる大魔術師になった主人公と、忠実で最強な配下達の物語〜』をご覧下さい。

「よく覚えてるな、ネクロ。シャドーレによればマンス殿は黒魔術師としては低位とのことだったが、それでも私達に魔術を食らわせたという点では、案外凄い奴かもしれないな」

彼が使った『宵闇』は相手を漆黒の闇に包み光を奪う魔術で、ほんの一瞬だがルーリとネクロの動きを止めることが出来た。

「…結局、あの後は簡単にマンス殿を拘束することが出来ましたが、貴女様を説得するのに時間がかかってそれはそれは大変でした…」

「あの時は本当に悪かったよ。だって、どこからどう見てもマヤリィ様だったし」

そう言ってルーリが苦笑すると、ネクロはため息をついた。

「それにしても、ランジュに襲われそうになるとはお前も災難だったな。…っていうか、あいつが恋した相手にいきなり抱きつこうとするなんて、誰だって予測不可能だろうよ」

ルーリは先ほどネクロから水晶球の間での一部始終を聞いて、思いがけないランジュの行動に驚いていた。

「はい…。バイオ殿が訓練所でランジュ殿と一緒に過ごすうちに恋心を抱き告白したものの、ランジュ殿はバイオ殿を異性として見ることが出来なかったと言っておりました。…なのに、なぜ私を…?」

『隠遁』のローブの下で苦悶の表情を浮かべるネクロ。

しかし、ルーリは簡単に答えを出す。

「…そりゃ、お前がマヤリィ様に似ているからだろう」

「はて?…それでは、ランジュ殿はご主人様に恋をしているということでございますか?」

「ああ」

そう言ってマヤリィの顔を思い浮かべるルーリ。

「考えてもみろ。あんなにもお美しく可愛らしいマヤリィ様に恋をしない者がこの世に存在すると思うか?…ランジュはきっとマヤリィ様のことを畏れ多くも女性として見ているんだ。恐らく、本人は無自覚だろうがな」

「…されど、ご主人様と私では中身が全く違います」

「そうだな…顔が同じなら良いとか…?」

「それはそれでひどい話にございますな」

ネクロはもう一度ため息をつく。

「せっかくご主人様が『隠遁』のローブを外して良いと言って下さったのに、これでは怖くて外せないではないですか」

「お前、外すつもりだったのか?」

「…検討はしておりました」

元々、流転の國においては黒魔術師は味方にも顔を見せないことになっていたが、シャドーレの例もあるし、実戦訓練の際にはその場にいた全員がネクロの素顔を見たし、城の中では『隠遁』のローブを被らなくてもいいとマヤリィに言われたのである。…結構前の話だが。

「されど、その後実際に私の顔を見た方々は100%の確率でご主人様と私の区別が付かず、私をご主人様と呼ぶ次第にございます。それだけならまだ良いのですが…」

「シャドーレの場合は?」

「完全に冷静さを失ったご様子で私を抱きしめました」

「ミノリの場合は?」

「ミノリ殿ワールドを展開した上で私と不倫なさると宣言しました」

「それはどんな状況だ?」

「もう聞かないで下され…」

ネクロはそう言って俯いてから、

「ルーリ殿とて、私の顔を見たらご主人様だとおっしゃるのでしょう!?」

『隠遁』のローブを脱ぎ、ルーリの顔をじっと見る。

「…ねぇ、ルーリ。私が誰か、貴女なら分かるかしら」

情報収集に長けた天よりの侵入者アルトさえも騙したマヤリィらしい喋り方で、ルーリに迫るネクロ。

「答えて頂戴、ルーリ」

ルーリはネクロを見つめ返すと、首を横に振る。

「…マヤリィ様はそんな表情はなさらない。それに、言葉遣いを真似たところで声は変えられない。…お前はネクロだ」

「ルーリ殿…!」

「…だが、一度抱きしめさせてくれ」

「ルーリ殿…」

ネクロは呆れるが、絶世の美女に抱きしめられるのも悪くないと思った。

「…すまない。お前があまりに可愛いからつい…。……!?」

謝るルーリに、ネクロは予想外の行動に出た。

「んっ……」

「ルーリ殿の唇、柔らかいですな…」

「い、いきなりどうした…?」

「貴女様が教えて下さったら、こんな私にも恋とは何なのかを理解することが出来るのでしょうか…」

ネクロはマヤリィならば絶対にしない表情で、自分から仕掛けたルーリとのキスの余韻に浸っている。

「教えて下され、ルーリ殿。夢魔である貴女様ならば、ご存知でしょう?」

「…私も最初から知っていたわけではない。ある御方を愛して初めて知った感情だ」

ルーリにそう言われても、ネクロには何のことやら分からない。

(…そう。私はマヤリィ様に恋をしたのだ…)

「…よく分かりませぬが、私にはその感情が欠落しているようなのでございます。それは私がネクロマンサーであるがゆえのことだと割り切っておりましたが…。やはり皆が知っていることを私だけが知らぬというのは寂しいことにございます…」

そう言ってネクロは泣く。

ミノリ殿とシャドーレ殿はご主人様が認めた恋人同士。

バイオ殿はランジュ殿を愛していた。

ランジュ殿はご主人様を想ってるっぽい。

シロマ殿とクラヴィス殿はどうやら男女の仲になりつつあるらしい…?

「ネクロ」

ルーリはもう一度ネクロを抱きしめる。

「お前が恋愛感情を理解出来ないのは、確かに種族的な要因もあると思う。私とて、悪魔種。夢魔は相手を魅惑するが、その相手に魅惑されることはないんだ。だから、私も本当は恋愛感情というものを理解出来ていないのかもしれない。あと、考えられるとすれば…お前はこの國で唯一のネクロマンサーだが、マヤリィ様のおっしゃる異世界とやらにはお前と専門を同じくする奴がいるかもしれない。この先、もしそういう奴に出会ったら…お前の心が動く可能性もあるんじゃないか?」

「ルーリ殿…」

ネクロはルーリの話を聞きながら、その胸に顔をうずめて泣いていた。そして、

「ルーリ殿…。貴女様は…誰かを愛していらっしゃるのですか?」

先ほどのよく分からなかった話を思い出す。

「貴女様も私も『元いた世界』を持たず、流転の國に顕現して初めて己を知った者にございます。ということは貴女様は…」

ルーリはその先を言わせてくれなかった。

甘く濃厚なキスでネクロの唇を塞いだのだ。

「…恋愛感情に関しては私も自信がないから教えられないが、代わりに少し違う方面のことを実地で詳しく教えてやろう。まだ真夜中だしな」

「ル、ルーリ殿…?」

急に風向きが変わる。ネクロは突然のことに狼狽える。

「だって、ネクロ可愛いし。ここまで来て我慢しろって言う方が間違ってるよねぇ?」

「お待ち下され、ルーリ殿!!」

「大丈夫。私に全てを委ねるといい」

気付けば『魅惑』の風がルーリとネクロを包んでいる。

「ルーリ殿…」

しばらくしてネクロが甘い風の中で目を開けると『夢魔変化』したルーリの姿があった。

「美しいですな…」

「ふふ。ひとときの魔法で幻の恋に落ちるがいい」

ルーリは耳元でそうささやくと、再びネクロにキスをした。

「そういえば、お前の素顔は見たが、身体を見るのは初めてだな…」

そう言った瞬間、ネクロは真っ赤になる。

「い、いつの間に服を…?」

「私の本職はサキュバスだからな。可愛い女の子を抱くのも仕事のうちだ。…優しくするから心配は要らないよ、ネクロちゃん♪」

ルーリは女神のような美しい微笑みをたたえて『魅惑の死神』の本性を表す。

(ルーリ殿…本当に、美しい……)

「…私は抵抗しませんぞ。世界で一番美しい女神様に抱かれるなら…これ以上の喜びはないと思いましょう」

ネクロがそう言うと、ルーリの優しくも激しい愛撫が始まった。

(さっきはああ言ったが…身体つきまでマヤリィ様にそっくりとはな…。うっかり間違えないようにしないと…)

マヤリィに瓜二つのネクロを抱きながら、ルーリはそう思った。しかし、その心配は必要なかったらしい。

初めての行為に昂りながら頬を染めるネクロの顔は、とてもマヤリィには見えない。

(いつか、ネクロの恋人が現れるのだろうか…)

そんなことを考えていると、

「ルーリ殿…!」

急にネクロがルーリの名を呼ぶ。

「どうした?大丈夫か?」

「はい…。あの、ルーリ殿…」

恥ずかしそうに目を泳がせるネクロは完全に女の顔をしていた。

「好きです、ルーリ殿。優しく美しい貴女様が…大好きです」

『魅惑』の風に包まれながらネクロは言った。その後で、

「これは魔法のせい…?それとも、私の本心ですかな…?」

マヤリィとは全然違う声で訊ねるネクロ。

「さぁ…?私には分からないな…」

女神の顔をした死神は答えを出してはくれなかった。

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