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流転の國 vol.6 〜天よりの侵入者〜  作者: 川口冬至夜


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17/20

⑰真夜中の恐怖

死者の魂を安らかな場所へ導く大輪の花。

それは、黒く輝く美しい花でした…。

『「私は貴方を心からお慕い申し上げております。ですから、どうか、ランジュ様…!」』

「バイオ殿っ!?」

そこで、ランジュは目を覚ました。

「…夢、だったか……」

そう呟いて時計を見れば、真夜中である。

「バイオ殿…。俺にあんなことを言ってくれたのは、彼女だけだったな…」

すっかり目が覚めてしまったランジュは明かりをつけ、いつも訓練所に行く時の服装に着替えると、部屋を出た。

「当たり前だけど…誰もいない。思えば、真夜中に城の中を歩くなんて初めてだ…」

そして辿り着いたのは水晶球の間だった。

ここには、ユキとバイオを悼む為の墓標と、骨壺を納める為の墓石がある。

「バイオ殿…」

そう呟きながら水晶球の間に入ろうとしたランジュは、人の気配を感じて咄嗟に構えをとった。

「そこにいるのは誰ですか!?」

ランジュは『流転の斧』を取り出そうとするが、その必要はなかったらしい。

「おや、こんな時間に墓参りですかな。…人間という種族は夜はお休みになるものだと聞いておりましたが、もしやランジュ殿は夜型でございますか?」

「ご主人様…!?いや、ネクロ様…!」

そこにいたのはネクロだった。『隠遁』のローブを被っていないので、ご主人様と見分けがつかないが、かろうじて喋り方でネクロだと分かる。

「いえ…先ほどまで眠っていたのですが、バイオ殿の夢を見て、飛び起きてしまいました。…ネクロ様は何ゆえこちらに?」

「私は特に睡眠を必要としませんので、夜も魔術書などを読んで過ごしているのですが、今夜は急に思い立って水晶球の間に行ってみようと思いましてな。…これは『魂導花』と呼ばれる弔いの花束にございます」

ネクロはそう言うと、何やら呪文を唱え始めた。

「花が…開いていく…!」

「まさか『魂導花』を顕現させることになろうとは思ってもみませんでしたゆえ、花を開くには詠唱が必要にございました。…いかがでしょうか、ランジュ殿」

黒一色にもかかわらず、墓石を照らすような光を帯びた大輪の花。先ほどまでは全て蕾だったのに、今は満開になっている。

「…黒い花がこんなにも美しいとは思いませんでした。やはりご主人様…ではなくて、ネクロ様は素晴らしい御方にございます。私にはとてもこのような魔術は使えません」

ランジュは美しく咲き誇る『魂導花』に見とれている。

「あの…ご主人様……」

「ランジュ殿、私はネクロですぞ」

「そ、そうでした。申し訳ありません…」

ネクロは『隠遁』のローブを取り出そうかと思ったが、出来れば墓前で被ることは避けたかった。

「もしここにいるのが私ではなくご主人様だとしたら、何かお話しになりたいことがあるのですかな?」

ネクロにそう聞かれ、ランジュは頷いた。

「はい…。出来るならば、バイオ殿のお話を聞いて頂きたいと思っています…」

「成程。今宵、貴方はバイオ殿の夢を見て起きてしまったと言っておりましたな」

「はい。私にとってバイオ殿は良き仲間でありましたが、彼女は私に対して少し違う感情を持っていたようで…。かつて訓練所でそれを打ち明けられた時のことを夢に見てしまったのです」

ランジュはあの時、バイオを異性として見ることが出来なかった。

「バイオ殿はとても美しい女性でした。…しかし、私は彼女と異性の関係になるなど考えてもみなかった…。あの時、私が彼女を受け入れていたら…今頃どうなっていたでしょうか…」

そんなこと言われても困るネクロさん。

「ランジュ殿。私は貴方の葛藤を真に理解することは出来ませんが、異性として見ることの出来ぬバイオ殿を無理に受け入れたところで、最終的にはお二人とも傷付く結果になったのではないでしょうか?」

ネクロはそう言ってから頭を下げる。

「無責任なことを言って申し訳ない。私は恋愛感情を持たぬ者ゆえ、こういった場合において的確な言葉を見つけることが出来ないのです。今も、ランジュ殿の話を聞いて思ったことを述べたまでですので、どうか聞き流して下され」

彼女はネクロマンサーであるがゆえに恋愛感情を持たないと言う。淡々と話しているように見えるが、その横顔は心なしか哀しそうに見えた。

(ご主人様…じゃなくて、ネクロ様…。お美しい…!)

マヤリィと瓜二つのネクロを近くで見て、今更ながらランジュはその美しさに息を呑む。

いつもはローブに隠れて何も見えないが、彼女の藍色の髪はとても神秘的だ。

「ご主人様…いえ、ネクロ様…!ありがとうございます…!」

どうしても一度は間違える。

「私も、自分は恋愛というものが何か分からない男だと思っておりました。しかし、今夜ネクロ様にお会いして、運命とはこのことだと実感致しました。私は今、ネクロ様に心惹かれております…!」

突然ランジュはネクロの顔をじっと見る。

しかし、ネクロは首を横に振る。

「ですから、ランジュ殿。私は恋愛感情を持たぬネクロマンサーにございます。貴方にそう言われましても、どうしたら良いか分かりませぬ。…そもそも、私に惹かれるなど気のせいではございませんか?」

藍色の瞳がランジュを射抜くように光るが、それで怯む彼ではない。

「いいえ、気のせいなどではございません。今まさに私は恋に落ちました!ようやくこの気持ちが分かったのです。私はネクロ様に恋をしております…!」

(はぁ…。なぜこんな展開になるのやら…。困りましたな…)

「ネクロ様…!」

「お待ち下され!」

ランジュは身長185cmな上に強い膂力を持つ。捕まったら逃げることは不可能だろう。

危うく抱きつかれそうになったところで、ネクロは『隠遁』のローブを装着した。

そして、マヤリィとは似ても似つかない低い声で言う。

「さぁ、ランジュ殿。これでも私に恋をすると言えますかな?」

「ネクロ様…!」

「貴方は人間。私は黒魔術を操る悪魔にございます。常に実験台を求めるネクロマンサーに恋をしたところで、貴方の未来は真っ黒にございますぞ?」

ネクロさん、渾身の脅し文句。

「そんな…!ネクロ様、私は本気で…」

「お気持ちは有り難く受け取りますが、先ほども申し上げた通り、私は恋愛感情を持たぬ者にございます。大変申し訳ないですが、諦めて下され」

ネクロはそう言いながら禁術を発動した。ランジュに『忘却』魔術をかけることで、自分に恋をしたという事実を忘れさせたのだ。

「…では、私はこれにて失礼致します」

『忘却』魔術の名残りで意識が朦朧としているランジュを水晶球の間に残し、ネクロは立ち去った。


その後、完全に意識を取り戻したランジュは、ともに訓練所に通い互いに実力を高め合った『良き仲間』の名を呼び、涙を流した。

「バイオ殿…どうか安らかに……」

水晶球の間でネクロに会って『魂導花』の開花を見たことは覚えているが、その先の記憶はない。


一方、ネクロは自分と同じく睡眠を必要としない彼女に『念話』を送っていた。

《こちらネクロにございます。ルーリ殿〜!私はこれからどうしたら良いのでしょうか〜??》

誰に会っても『隠遁』のローブ無しではマヤリィに間違われる。

ネクロは、とりあえず今夜の怖かった話を誰かに聞いて欲しかった。

祈るような思いで震えていたその時、

《こちらルーリ。ネクロ、何があった?今どこにいるんだ?》

ルーリから返事が来た。

《ルーリ殿〜!怖かったですー!私は…整形を考える必要があるかもしれませぬ…!》

《落ち着け、ネクロ。念話じゃ埒が明かないから私の部屋に来い。お前の話、ゆっくり聞くからさ》

その直後、ネクロはルーリの部屋に現れた。

「大丈夫だ。この部屋は安全だから」

「ルーリ殿〜!」

何があったのか知らないが、流転の國の危機ではないと判断したルーリは、ネクロを安心させる為にそう言い聞かせた。

「ネクロ、私を頼ってくれてありがとな。…さぁ、話を聞かせてくれ」

「はい…!」

ルーリの優しい声を聞いたネクロは『隠遁』のローブの下で涙を流すのだった。

仲間とはいえ突然大男に告白されて襲われそうになったら、さすがのネクロさんも恐怖を感じるらしい。※身長差25cm。


現在、流転の國に悪魔種は二人。

いつもは飄々としているネクロが自分を頼ってきてくれたことを嬉しく思うルーリ姐さんです。

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