⑯二人のカフェテラス
流転の國の休日二日目。
「クラヴィス…ここにいたのですね」
「シロマ…!」
珍しく訓練所に現れたシロマを見てクラヴィスは驚く。
「『リボルバー』の…試し撃ちですか?」
「はい。あまり必要はなさそうですが」
マヤリィから授けられた『流転のリボルバー』は誰が撃っても百発百中。魔力を持たないクラヴィスでも使えるマジックアイテムである。
その後、自分は邪魔なのではないかと畏まるランジュを制し、二人は潮風の吹くカフェテラスへ向かった。
「クラヴィス…。ティーメのことは、本当に残念でした」
歩きながらシロマが言う。
「私が彼女を許し、この流転の國で一から白魔術を教えていたなら、彼女は死なずに済んだでしょう」
「…いえ、最上位白魔術師である貴女から直接教わるには、ある程度のレベルが必要です。ご主人様もおっしゃっていました。桜色の都の魔術学校を卒業出来る程度の実力があれば、シロマの指導にもなんとかついていけるのではないかと」
クラヴィスは言う。現状、流転の國に白魔術師はただ一人。しかし、基礎も学んでいない素人を相手に教えるには、シロマのレベルは高すぎる。
「それに、あまりこういうことは言いたくないですが…貴女からしばらくティーメを遠ざける為に留学という方法をご主人様は考えられたのではありませんか?」
どうしてもティーメを許せず、クラヴィスから魔術具を奪ってまで殺害を考えていたシロマ。それがどこまで本気だったのかは分からないが、シロマにとってユキとバイオは思っていた以上に大切な存在だったらしい。
「もし、貴女がティーメに銃口を向けていたら、また違った展開になったかもしれませんが、貴女は結局リボルバーを使うことはしなかった。…私のアイテムボックスから抜き取った時も、手が震えていましたよ」
「っ…!クラヴィス、貴方は気付いていたのですか…?」
「はい。寝ている間、何か違和感を感じてアイテムボックスを確認しようとしたら貴女がリボルバーを探しているのが分かって…そのまま寝たふりをしていました」
シロマは驚くが、クラヴィスはリボルバーを盗られるのを知っていてわざと気付かないふりをしていたのだ。
「すみません、シロマ。私もあの時はご主人様がなぜティーメを生かしたのか理解出来なくて…貴女が殺人を犯してしまうかもしれないのに、止めることが出来なかったんです。だから、貴女がリボルバーを手にすることになったのは、私のせいでもあるんです」
「クラヴィス……」
シロマは俯く。
「私はご主人様が配下とされた者に対して、殺意を抱いてしまいました。それどころか、その気持ちをご主人様にぶつけてしまうなんて、配下として有るまじき行為でした…。なのに…ご主人様は私に罰を下さらなかった。むしろ、私の苦しみの原因がご自身にあるとでもいうようにこうおっしゃった…」
『「…これでいいかしら、シロマ。あの天使を生かすと決めた私を許してくれる?」』
あの時もマヤリィは怒らなかった。
ひれ伏すシロマに手を差し伸べ、自分を責めないようにと優しく諭したのだ。
「シロマ…。私は皆様よりも遅く流転の國に顕現しましたが、それからずっとご主人様を見てきました。…ご主人様は優しすぎるんです。たとえそれが仲間を殺した身内の天使であっても、等しく優しく接することの出来る御方です。…あの時は『無様に生き延びる方が今のティーメにとってはつらいこと』であるとおっしゃっていましたが、長い目で見ればティーメの幸せを祈っていらっしゃったように思えます。桜色の都で白魔術を習得し、流転の國の魔術師として認められる日が来れば、私達と同じようにこの國で暮らすことが出来るのですから」
実際、ティーメはそんな未来を実現する為に必死で白魔術の勉強をしていた。クラヴィスは一番近くでそれを見ていたから、いずれ彼女は流転の國の仲間になれるだろうと確信していた。そして、魔術学校を卒業する頃には、シロマも彼女を受け入れてくれると信じていた。
「…クラヴィス。貴方から魔術具を奪うほど、彼女に対して殺意を抱いていた私が言っても説得力はありませんが、桜色の都から届いた書状を読んでティーメの死を知った時、私は悲しかった。…一度はご主人様にあんなことを言ってしまったというのに、私も本当は彼女と仲間になりたかったみたいなのです。このまま月日が流れ、いつか桜色の都で認められるレベルの白魔術師になって彼女が帰ってきたら、同じ適性を持つ者として、仲良くなれたかもしれない。…とても自分勝手で都合のいい考えですが、私は無意識のうちにそんなことを考えていたみたいなのです。…ティーメの死を知ってからそれを自覚するなんて、皮肉な話ですよね」
シロマはそう言ってうなだれるが、クラヴィスは明るい声で言う。
「いいえ、貴女がティーメをそんな風に思ってくれていたことが知れて良かった。志半ばで命を落としたティーメですが、他の誰でもない貴女が待っていてくれたというだけで救われたと思いますよ。…それに、マヤリィ様に『変化』したジェイ様と私が桜色の都に行っていた時、貴女はずっと祈りを捧げていたと聞きました。それは…ティーメの為、ですよね…?」
クラヴィスは自分が留守の間、シロマが水晶球の間で祈りを捧げていたとミノリから聞いていた。
「…勿論、ティーメの死を悼む気持ちもありました。しかし、それだけではありません。私は…貴方が無事に帰ってこられるようにお祈りしていたのです」
その時、シロマは今日初めて優しげな笑みを見せた。
「ジェイ様がマヤリィ様の代わりに桜色の都へ行くとおっしゃった時、また何か起きるのではないかと私も心配になりました」
『「貴女は國を離れてはいけない。なんとなく、そんな感じがするんです。脅威は去りましたが、それでも貴女にはここに留まって欲しい」』
そう言ったジェイの言葉が今もシロマの心に残っている。
「…でも、結果的にジェイ様もクラヴィスも無事に帰ってこられました。貴方の顔を見た時、私は本当に安心したのですよ?」
「ありがとう、シロマ。貴女はやはり聖なる白魔術師ですね。私のせいで修道女の資格はなくなってしまいましたが、貴女の慈悲深さが変わることは決してない。…貴女の存在はいつだって私の支えです」
クラヴィスはそう言って微笑む。
「今も昔も魔力を持たない私ですが…貴女を守りたい。その気持ちは変わりません」
「それを言ったら、私とて攻撃魔法の適性は持っていませんよ。…しかし、万が一にも貴方が傷付くようなことがあれば、すぐに私の力で癒したい。大切な人を失うのは、もう嫌なのです」
シロマはそう言ってから、
「…それと、あの時は本当にごめんなさい。もう二度と貴方からマジックアイテムを盗むようなことはしないと誓います」
「はい。私が貴女に良い所を見せられる唯一の魔術具なのですから、これからも私が使わせてもらいますね」
「畏まりました、桜色の都の英雄殿」
それを聞くと、クラヴィスは照れたように頬を紅くするのだった。
攻撃魔法を持たない白魔術師。
魔力値がゼロの反則スナイパー。
『元いた世界』から想い合っていた二人は今、それぞれの方法で流転の國に尽くしている。
「メイドさん、ミルクティーを二つお願いします」
潮風の吹くカフェテラスには、二人だけの静かな時間が流れている。
クラヴィスは照れ隠しに、シロマの好きなミルクティーを注文するのだった。




