⑬恋愛相談
「ネクロ、自由時間にここにいるというのは本当だったのね!」
「おや…どなたかと思えばミノリ殿でございましたか。わざわざここまで来られたということは、私に何かご用ですかな?」
流転の城の最西端で『魔力探知』を行っていたネクロは、ミノリの登場に驚いた様子もなく、同じ姿勢のまま振り向く。
今、マヤリィに『変化』したジェイとクラヴィスは、魔力事故で亡くなったティーメの身体を迎えに、桜色の都に行っている。
本物のマヤリィは残った者達に自由時間を言い渡し、一人で玉座の間に待機することを決めた。
そして、ネクロは城の最西端で一人『魔力探知』を行っていた…というより、物思いに耽っていたという方が正しいかもしれない。
ここは、かつて桜色の都の黒魔術師部隊『クロス』が流転の國に向かっていることを一番先に探知した場所であり、有事の際の最前線と言われた。しかし今は桜色の都とは友好国だし、念の為の『魔力探知』も使い魔に任せているので、専らネクロが一人になりたい時に来る場所になっている。
「ご主人様がおっしゃっていたの。ネクロが自由時間に過ごす場所といえば、城の西の端か自分の部屋だと」
ミノリは自由時間を言い渡された後、シャドーレに話しかけようとしたが、彼女はルーリとどこかへ行ってしまい、タイミングを逃した。
「二人はきっと今頃カフェテラスにいるんでしょうけど、ミノリは邪魔な気がして…」
いつになく沈んだ様子のミノリを見て、ネクロは首を傾げる。
「何を言われます、ミノリ殿とシャドーレ殿は特別な仲ではありませぬか。何ゆえそのように悩まれるのですか?」
「だって…ミノリが言うのもなんだけど、お似合いじゃない?ルーリとシャドーレって。二人が並んでいると本当に絵になるのよ。…悔しいけど」
確かに、華やかなドレスを身に纏った絶世の美女ルーリと、仕立ての良いスーツを完璧に着こなす男装の麗人シャドーレが並べば、これ以上ないほど輝かしいビジュアルになるのも無理はない。
「それに、ミノリは知ってるのよ。ルーリがシャドーレを襲ったことを」
「そ、そのようなことがあったのですか?…ああ、ルーリ殿はサキュバスでしたな」
「あっさり納得しないでよ!これはれっきとした不倫よ!ミノリというものがありながら、ルーリと不倫するなんて…シャドーレの馬鹿ぁ!」
「いや…この場合、ルーリ殿を責めるべきだと思いますぞ」
いつの間にか、完全にミノリの話に巻き込まれてしまったネクロ。
「とりあえず落ち着いて下され、ミノリ殿。…そういえば、一番重要なことを聞いておりませんでしたな。何ゆえ、ミノリ殿はここにこられたのでしょう?」
「それは、ネクロがいるからよ」
「確かに私はここにおりますが、ミノリ殿の悩みは解決出来ないと思いますぞ?」
「だって、他に相談出来る人いないのよ〜」
「…いや、これは明らかに人選ミスです。恋愛感情を持たないネクロマンサーに夫婦の問題を相談するとは…」
ネクロは困惑した表情を浮かべるが、いつもの如く『隠遁』のローブで顔は見えない。
「…では、最近クラヴィス殿と良い感じだというシロマ殿に相談してみてはいかがですかな?私よりも遥かに女子力の高いシロマ殿ならば、的確なアドバイスを下さるかもしれませぬ」
ネクロの言葉に、ミノリは悲しそうに首を振った。
「シロマは…クラヴィスが桜色の都に行ってる間、ずっと水晶球の間でお祈りしてるみたいなの。ティーメのこともあるし、ちょっと話しかけられる雰囲気じゃなくて…」
シロマがティーメに殺意を抱いていた件に関しては、ミノリもネクロも知らない。
「…成程。さすがはシロマ殿にございますな。心優しき聖女様はティーメ殿の死を悼み、静かにお祈りなさっているのですか…」
ていうか、ミノリがここに来てから今まで二人ともティーメのこと忘れてたよね?
「だからといって、この國で一番『恋愛相談』に適性のない私の所へ来なくても…」
「そんな冷たいこと言わないでよ、ネクロ。まさかランジュに相談するわけにもいかないでしょ?ミノリの力になってくれるのはネクロしかいないの!」
そう言って泣きつかれてはネクロも逃げられない。
「…では、ご主人様にご相談なさったらいかがですか?」
「そ、そんな畏れ多いこと出来るわけないでしょ!ご主人様にミノリなんかの相談をするなんて…」
そう言って俯くミノリ。
「…けれど、貴女の悩みは私の悩みでもあるのよ?いつも言っているでしょう?」
気付けば、ミノリの目の前にはマヤリィがいた。
「ご主人様!?いつの間にこちらにいらっしゃったのですか!?貴女様のお優しさは十分に理解しておりますが、ミノリの悩みを相談するなど、やはり畏れ多くて…」
ミノリは思いがけない人物を前にして混乱している。
「ですが、確かにいつもご主人様はおっしゃっています。ミノリが悩んでいたら、ご主人様も同じように悩まれてしまうのですね…」
ミノリはそこまで言ってから、はたと気が付く。
「ご主人様の髪の色と違う!!」
ようやく目の前のマヤリィが『隠遁』のローブを脱いだネクロだと分かる。
「髪の色って…。見破る方法はそこですかな」
ネクロはマヤリィならば絶対にしない表情でミノリを見る。
「私はなぜかご主人様と似た姿で顕現してしまいましたが、声は全く違いますぞ」
「…確かにさっきのご主人様の声は本物と比べると少しばかり低かったような…」
たぶん分かってないミノリさん。
ていうか、天界からの侵入者アルトと戦った時といい、マヤリィ様のふりが巧くなってるよね、ネクロさん。
ジェイも完璧な『変化』が出来るようになったし、これからマヤリィ様の影武者が多数出現するのでは?
「もういい、こうなったらミノリは…」
一瞬、魔力爆発が起きるのではないかと思ったネクロ。
だが、
「ネクロと不倫するわ!」
「!!!???」
ミノリの宣言を聞いて、ネクロは驚いた。マヤリィならば絶対にしない表情で。
「だって…これはネクロじゃなくてご主人様だもの。ああ、ミノリのご主人様…!貴女様はミノリにとって永遠の憧れの女性です!!」
「落ち着いて下され、ミノリ殿!!」
「ああ、ご主人様ぁ…!」
その後、困り果てたネクロが『念話』でマヤリィに助けを求めたことで、大事には至らなかった(?)が、結局ミノリの悩みは解決しなかったという。
その頃、潮風の吹くカフェテラスでは、
「シャドーレ、お前…」
ルーリがそう言いかけて、シャドーレを見つめる。
美しいルーリに見つめられ、シャドーレは思わず頬を染める。
「何ですの?ルーリ、貴女にそんな風に見つめられたら…困りますわ」
「いや…こんなに綺麗な女性と結ばれたミノリは幸せな奴だなって思ってさ」
ルーリさん、そういうこと言う人だったの?
「…それなら、貴女と結ばれる幸せな御方はどちらにいらっしゃるのでしょうね?」
シャドーレはそう言って微笑む。
「でも、ルーリに釣り合う素敵な殿方を見つけるのはなかなか難しそうですわ」
ルーリは、言葉遣いはともかくとして絶世の美女だしサキュバスだし、恋人が現れるとしたら男性ではないかとシャドーレは思っていた。
「貴女は…どんな御方と恋に落ちるのかしら…。もしかしたらこの先、流転の國に貴女の運命の人が現れるかもしれませんわね」
シャドーレはクラヴィスの事例を知っているので、新しく流転の國に現れる者がいるかもしれないと予想した。
しかし、ルーリはいつになく真剣な表情で、
「この先誰が現れようと恋に落ちることは有り得ない。…私には、心に決めた御方がいらっしゃるからな」




