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流転の國 vol.6 〜天よりの侵入者〜  作者: 川口冬至夜


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12/20

⑫ティーメを迎えに

桜色の都を訪れたマヤリィ(ジェイ)とクラヴィスは魔術学校でも病院でもなく、王宮に招かれた。

「なぜ、王宮なのでしょう…?」

クラヴィスが小声で聞くと、ジェイがマヤリィの姿で説明を始める。

「それは、ティーメが流転の國の者だからよ。桜色の都にとって流転の國は友好国であるとともに『守護者』でもある。そして、貴方も経験したように私達は『守護者』としての役割を果たしている。そんな流転の國からの留学生を死なせてしまったとなれば、国王陛下が直接私達に謝罪しようと思うのも分かる気がするわね」

「…両国の関係を壊さない為に、ですか…?」

「言ってしまえばそういうことね。けれど、ヒカル殿は私がどんな人間かを知っているから、本気で盟約が崩れる心配はしていないと思うわ。ただ、予想外のとんでもない事態を前に苦悩しているのは間違いない。…だから、陛下のフォローは任せたわよ」

「はっ。畏まりました、ご主人様」

(って、普通に話してるけど中身はジェイ様なんだよな…。話し方といい立ち居振る舞いといい本物のご主人様にしか見えない…)

クラヴィスはジェイの完璧な『変化』に感心していた。

一方、

(ここからが本番…。姫、貴女を完璧に演じてみせますよ…!)

ジェイは人知れず張り切っていた。


「マヤリィ様…!クラヴィス殿…!」

ヒカルは真っ青な顔で二人を迎えた。

やはり、予想外のとんでもない事態を前に苦悩していたらしい。

今にも泣き出しそうな表情で床に膝をつくヒカル。

「此度は誠に申し訳ないことにございました!貴女様の國からお預かりしていた方を死なせてしまうとは…なんということをしてしまったのでしょう…」

「落ち着いて下さい、国王陛下。彼女が死んだのは貴方様の責任ではございません。不慮の事故だったと伺っております」

うなだれるヒカルをクラヴィスがなんとか落ち着かせようとする。

「クラヴィス殿、本当に申し訳ない。君の大切な部下を…」

若き王は流転の國からの留学生、しかも自分にとって英雄であるクラヴィスの部下を死なせてしまったという事実に打ちのめされ、涙を流しながら謝罪する。

「私がもっと注意するよう言っていれば…こんなことには…」

とはいえ、魔術学校の学生はほとんどが国王陛下より年上なので、なかなか難しいですよね。

「ああ、私は一体どうしたら良いのか…」

そう言って頭を抱えるヒカルに、

「とりあえず、椅子に座って落ち着いて頂戴。私達は貴方を責める為にここに来たわけではないのだから」

マヤリィが声をかけ、ハンカチを渡す。

流転の國では当たり前のように皆が使っている物だが、上質なシルクで出来たそれの手触りはヒカルを驚かせた。

「ありがとうございます、マヤリィ様…」

一国の主とはいえ、まだ17歳である。先代王ツキヨの突然の退位によって王になることが決まってしまったヒカルが、まだまだ国王としても魔術師としても未熟なのは仕方のないことだ。

マヤリィも突然『異世界転移』によって流転の國の女王となった点に関してはヒカルと似通ったところがあるが、彼女は意外にも早く順応してしまった。33歳、少しは人生経験が物を言うのかな。

「クラヴィス宛の書状は読ませてもらったわ。それで…改めてその日の詳細について聞かせてもらえるかしら」

ヒカルが少し落ち着いたのを見計らって、マヤリィが優しく話しかける。

「…分かりました。本日は魔力事故を起こした学生も呼んでおります。謝って済む問題ではございませんが、この場に連れてくることをお許し頂けますか?」

「ええ。直接、話を聞けるのならその方がいいわ。…ねぇ、クラヴィス?」

「はい。おっしゃる通りです」

そして、ヒカルが連れてこさせたのは黒魔術科の若い男子学生だった。

「こ、この度は…私の不注意により事故を起こし、ティーメさんを巻き込んでしまい…誠に申し訳ございませんでした!!」

彼はマヤリィとクラヴィスの姿を見るなり、床にひれ伏して謝罪した。

「…顔を上げなさい」

「は、はいっ!」

「確かに、貴方には黒魔術の適性があるようね。…今、どんな魔術を習っているのか教えてもらえるかしら」

「か、畏まりました!」

彼の話によれば、自分はまだ基礎しか習っていない段階だったにもかかわらず、扱いこなせないレベルの魔術に手を出してしまったという。

マヤリィは話を聞くと、落ち着いた声で青年に言う。

「貴方を擁護するつもりはないのだけれど、魔術の実験を行えば一定の確率で魔力事故も起きてしまう…。それが現実よ」

流転の國では有り得ないことだが、シャドーレは魔術学校での魔力事故は珍しいことではなかったと言っていた。

「それと、ティーメは防御魔術を習得していなかった。彼女が『シールド』を張っていれば、命を落とすことはなかったかもしれないわね」

「はい…。留学の前に習わせておくべきでした。これは私の落ち度にございます、ご主人様」

マヤリィの言葉にクラヴィスが話を合わせる。

青年はひれ伏したまま、

「私は…どのようにしてティーメさんに償えば良いのでしょうか…?叶うならば、ティーメさんのご家族にもお会いして直接謝りたいです…。国王陛下、私はどうしたら…」

ヒカルに助けを求める。

「事故とはいえ、君は人を殺してしまった。どうやって償うかは……教えて下さいますか?マヤリィ様」

ヒカルもどうしたら良いか分からないらしい。

「そうね…私も法律にはあまり詳しくないから分からないわ。それに、ティーメに家族はいないから、彼女の保護者は上司であるクラヴィスということになるわね」

マヤリィは言う。

「クラヴィスが桜色の都の法律に則って彼を裁くと言うなら私は止められないわ。けれど、先ほども言ったように魔力事故はどこでも起こりうることなのよ。つまり、ティーメは不運だったとしか言いようがない。私はそう思うわ」

「マヤリィ様…」

ヒカルはそう言ったきり黙り込む。

「確かに、ご主人様がおっしゃるように魔術の実験をする以上、リスクはつきものです。…ティーメもそれを理解した上で実験室に行ったと思うので…君が必要以上に自分を責めることはないんじゃないかな」

クラヴィスは途中から青年に語りかける口調になって、

「…ただ、ティーメは本当に一生懸命白魔術を習得しようと頑張っていたんだ。つらい記憶だと思うけど、君にはこの先もずっとティーメのことを忘れずにいて欲しい。…それを約束してくれるなら…私は君を許します」

優しい声でそう告げる。

そして、ヒカルの方に向き直る。

「国王陛下、私が言うことではないかもしれませんが、これからも彼が黒魔術の勉強を続けられるようお取り計らい下さいませんか?」

「私からもお願いするわ、ヒカル殿。彼の意思を尊重した上で、引き続き魔術学校に通えるようにしてあげて頂戴」

「……畏まりました。慈悲深きお言葉に感謝致します」

若き王は二人の言葉を聞き、涙ながらに頭を下げるのだった。


その後、学生を下がらせると、ヒカルは担当者とともに二人を安置室に案内した。

「…こちらでございます」

マヤリィ(ジェイ)がその姿を見るのは久しぶりだったが、死してなおティーメは美しかった。

色白の肌。整った顔立ち。栗色のボブヘア。

(ティーメは…姫に殺された方が幸せだったのだろうか…)

ジェイはマヤリィが悩んでいたことを思い出し、複雑な気分になるのだった。

「大変だったね、ティーメ……」

クラヴィスは留学に関する手続きを任され、その後は連絡係を務めていたこともあり、人一倍ティーメのことを気にかけていた。

「申し訳ありません。顔は綺麗なままなのですが、身体の方は…その…」

そう言って口籠る担当者にクラヴィスは言う。

「構いませんよ。顔だけ見られれば…十分です」

どちらにせよ、流転の國に帰った後は全てを見ることになるだろう。


「…国王陛下、此度は本当にお世話になりました。いずれ、またお目にかかれたらと思っております」

クラヴィスがそう言って頭を下げる。

「ヒカル殿、ティーメを綺麗な状態にしておいてくれて感謝しているわ。流転の國に戻り次第、他の者達と一緒に葬儀を行う予定です」

マヤリィは寂しげな微笑みを作って、ヒカルに礼を言う。

「マヤリィ様………」

ヒカルはそれ以上何も言えずに泣いていたが、急に何かを思い出したらしい。

「あっ…大切な物を忘れてしまうところでした。…クラヴィス殿、これを……」

「はっ。これは…?」

「ティーメ殿が身に付けていた魔術具のようです。すぐにお返ししようと思っていたのですが…すみません」

それはマヤリィがティーメに自害させない為に授けた『自傷不可』のマジックアイテムだったが、このことは誰にも知らされていない。

「…ご主人様、これは何でしょうか?初めて見るマジックアイテムですが…」

クラヴィスはそう言ってから、目の前のマヤリィの中身がジェイだということを思い出す。

「さ、さぁ…?ティーメが元々持っていた魔術具かしら…?」

ジェイも知らないことなので答えが曖昧になる。

《クラヴィス!このことは帰ってからマヤリィ様に聞いてくれ!》

《申し訳ございません、ジェイ様…》

『念話』でジェイに怒られるクラヴィス。

結局、ヒカルはマヤリィがマヤリィでないことに気付かず、ティーメを連れて流転の國へ帰る二人を見送るのだった。

『長距離転移』の魔法陣といい、最後までジェイの『変化』は完璧だったから、見抜く方が難しいかもしれない。

(さすがはジェイ様…。ご主人様の側近とは、魔術師としての実力だけでなく、あらゆる能力を求められるのだな…)

クラヴィスは改めてジェイの凄さを実感した。


実際、帰還後に『記憶の記録』を発動して桜色の都での出来事を見たマヤリィは、

「主演女優賞をあげるわね、ジェイ」

そう言って存分に彼を労ったのだった。

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