⑪ミドルネームの謎
今、マヤリィに『変化』したジェイとクラヴィスは、魔力事故で亡くなったティーメの身体を迎えに、桜色の都に行っている。
本物のマヤリィは残った者達に自由時間を言い渡し、一人で玉座の間に待機することを決めた。
「マヤリィ様。畏れながら、私も貴女様とともにこの場に待機致したく存じます」
しかし、マヤリィは首を横に振った。
「いいえ、今は私一人で大丈夫よ。貴女も疲れているでしょうから、カフェテラスで休憩でもしてきなさい。…シャドーレ、貴女もね」
マヤリィがそう言うと、シャドーレは素直に頭を下げた。
「はっ。お優しいお言葉に感謝致します、マヤリィ様」
そんなわけで現在、美女二人は潮風の吹くカフェテラスでコーヒーを飲んでいる。
「シャドーレ。ずっと不思議に思ってたんだが」
「あら、何ですの?ルーリ」
突然ルーリが真面目な顔で話を切り出すので、シャドーレは不思議そうに首を傾げる。
「みどるねーむ…とは、一体何なんだ?」
流転の國より前の世界を持たないルーリには、時々分からない言葉がある。
「名字に関しては理解した。シロマ・ウィーグラーの『ウィーグラー』って部分が名字だろう?」
「ええ。もしシロマ様にご家族がいらしたら、皆さんファーストネームの後に『ウィーグラー』と付くことになりますわね」
「成程。そういうことか」
そもそもルーリは名字すら持っていない。流転の國に顕現した時が『ルーリ』の始まりであり、元から血縁者が存在しない不思議な人物である。その点はネクロも同じなので、悪魔種というところに謎が隠されているのかもしれない。
「名字があるとはいえ、私は家を追い出された身ですので、長らくシャドーレとしか名乗って参りませんでした。されど、魔術学校時代は名字を使う場面があり、研究論文にもフルネームを記載しております。そこでヒカル様は私の名前を目にされたようですが…。全然、ミドルネームの説明になっていませんわね」
シャドーレ自身も自分のフルネームを忘れかけていたが、ヒカル王と懇意になったクラヴィスが流転の國でその名を口にしたことで、皆の知るところとなったのだ。
「私のミドルネーム『メアリー』は母が名付けてくれたと聞きました。実際、お母様はいつも私のことをそう呼んでいましたから…」
「『メアリー』か…。とても可愛らしい名前だな」
ルーリがそう言うと、シャドーレは寂しそうに微笑む。
「ありがとう。母が喜びますわ。出来るなら、貴女のような素敵な友人が出来たことを伝えたかったけれど…もうこの世にはいませんので…」
「…そうか」
「私が13歳の時に病で亡くなりました。『暗黒のティーザー』は母の形見ですの」
「形見…?ってことは、シャドーレのお母様も黒魔術師だったのか?」
初めて聞く話にルーリは驚く。
「ええ、若い頃はそうだったようですが…。父は魔術師という職業を快く思っておらず、結婚後はほとんど使わせてもらえなかったとか」
「そうか…。それで、お前も……」
「はい。私が黒魔術師を目指すと決めた時、父はこの家に魔術師など必要ないと言って私を追い出しました」
そこから先はご存知の通り、シャドーレ嬢の無双伝説の幕開けとなります。
「ミドルネームも可愛いが…お前のことは今まで通りシャドーレと呼んだ方が良さそうだな」
「えっ…?」
「お母様を思い出す名前なんだろう?…お前の大切な思い出の邪魔はしたくないから」
正直、ルーリには親というものがよく分からないが、シャドーレにとって母親が大切な存在であることは分かった。
「ありがとう、ルーリ。そう言ってもらえて嬉しいですわ」
シャドーレはそう言うと、少しずつ母親のことをルーリに話した。
しかし、
「…あの日、私は誓いましたの。いつか必ず、お母様を超える黒魔術師になってみせると」
その言葉にルーリは動揺した。
「ちょっと待て。お前より強かったのか?お母様は…」
「ええ。『暗黒のティーザー』を作ったのも母です。結婚後も黒魔術を続けることを許されていたら、さらに強力な魔術具を作ることが出来たのではないかと思うと口惜しいですわ…」
(シャドーレのお母様って、物凄い人だったんだな…)
ルーリはその後もシャドーレ・メアリー・レイヴンズクロフト嬢の話を聞きながら、彼女が生まれ育った桜色の都に思いを馳せるのだった。