①出立前の確認
ここは流転の國。
宙色の大魔術師と名高い最高権力者マヤリィが支配する平和な國である。
「先日も話した通り、今日と明日の二日間の日程で桜色の都を訪問する。本当は一日で済ませたかったのだけれど、ヒカル殿たっての願いで桜色の都に一泊する予定よ」
流転の國は桜色の都の友好国であり、危機に瀕した際には『守護者』として都を守ることを約束している。
実際、桜色の都の領土にドラゴンの群れが攻め込んできた時には、一人の犠牲者も出さずに討伐任務を完遂した。
今回の首脳会談では、その時攻めてきたドラゴンの生態について説明を受けることになっている。討伐任務の際にはやむを得ず集落ごと破壊してしまったので、どこまで調査を行うことが出来たのかはまだ分からないが、彼等が砂漠に居住する謎の生物であることはマヤリィがその目で確認している。そして、流転の國の東側の国境を越えた先にも砂漠がある為、決して他人事ではないとマヤリィは考えている。
「私が留守の間は、流転の國最高権力者代理をルーリに任せる。不測の事態が起きた場合はルーリの命令に従って各自行動しなさい」
「はっ!」
「あと、心配のしすぎかもしれないけれど、皆の魔術具について確認させて頂戴。私と一緒に桜色の都に行くジェイを除く全員よ」
「はっ!順番に確認したいと存じます」
マヤリィの傍に控えているルーリが真っ先に答える。
「では、まず私から。『流転の閃光』はこの通り我が身に宿っており、いつでも雷系統魔術を発動することが可能でございます。『魅惑』に関してもお任せ下さいませ」
ルーリの右手に巻き付くように光っている雷の渦。『流転の閃光』は彼女と一心同体である。
「問題ないわね。次、ミノリ」
「はっ。『流転の羅針盤』に異常はございません。アイテムボックスには様々な属性の魔術書が入っている為、すぐに対応することが出来ます」
ミノリの専門は書物解析魔術。魔術書を読み解くことでそこに書かれた魔術を使役することが出来る、汎用性の高い魔力を持っている。
「大丈夫そうね。次、ネクロ」
「はっ。ご主人様から賜りし『悪神の化身』を使えば禁術も容易く発動出来ましょうぞ。…それに、私には『切り札』がございますゆえ、そちらの方面でもご安心下さいませ」
ネクロは流転の國最強の黒魔術師であり『死霊使役』魔術も操るネクロマンサー。常に『隠遁』のローブを身に纏っているが、その素顔がマヤリィと瓜二つであることは今や全員が知っている。
「頼りにしているわ。次、シロマ」
「はっ。『ダイヤモンドロック』は万全の状態にございます。『完全治癒』魔術も使役可能ですので、回復魔法が必要な折にはお呼び下さい」
シロマはマヤリィから最上位の白魔術師と認められた、流転の國唯一の回復魔法の使い手である。顕現した時には既に手にしていた『ダイヤモンドロック』は凄まじい力を持つマジックアイテムだ。
「貴女がいれば安心ね。次、シャドーレ」
「はっ。『暗黒のティーザー』は黒魔術だけでなく、物理攻撃にも対応しております。有事の際には、魔法・物理両面から戦わせて頂く所存にございますわ」
桜色の都出身の黒魔術師シャドーレは『暗黒のティーザー』と呼ばれる非常に長い槍の形をしたマジックアイテムを持つ。身長190cmの彼女ならば、物理攻撃の道具としても扱いこなせるだろう。
「期待しているわよ。次、ランジュ」
「はっ。この『流転の斧』に魔力を借りることで『硬守壁』をいつでも作ることが出来ます。『シールド』が必要とあらば、早急に呼んで頂きたく存じます」
ランジュ自身の魔力量は少ないが、防御力を上げる為に鍛えた肉体と『流転の斧』の魔力が合わさることで、ネクロの攻撃さえも防ぐ『硬守壁』を作ることが出来る。防御に関しては流転の國で一番である。
「皆をよろしくね。次、ユキ」
「はっ。毒系統魔術はひと通り習得致しました。『悪魔のチョーカー』にも変わりはございません」
ユキは天界出身の元天使で『使い捨ての密偵』として流転の國に潜入するが失敗。その後はマヤリィの温情によって再び配下となり、絶対の忠誠を誓い、新しく魔術を習得した。
「無理はしないでね。次、クラヴィス」
「はっ。『流転のリボルバー』のメンテナンスは完璧にございます。不測の事態には、ルーリ様のご命令に従い、戦わせて頂きます」
配下達の中で最後に顕現した、元冒険者のクラヴィス。魔力量はゼロだが、チート級のマジックアイテム『流転のリボルバー』を持たせたことにより、ドラゴン討伐任務の際に活躍。桜色の都では英雄と呼ばれるようになった。
「敵であることを確認してから撃ちなさいね。最後に…バイオ」
「はっ。私のような者に玉座の間への出入りをお許し下さり、感謝申し上げます。ご主人様より授かりし『流転のクリスタル』の魔力をお借りして、もしもの場合には水系統魔術を発動致したいと思っております」
バイオもユキと同じく天界出身の元天使で、桜色の都に潜入していたが、天界に見捨てられ都の大罪人となり拷問を受けるなど壮絶な半生を送ってきた。その後、紆余曲折を経てマヤリィの配下となり新しい魔術の習得を命じられたが、罪が消えたわけではないので、普段は玉座の間に入ることを許されていない。
「決して無理をしては駄目よ。いいわね?」
「はっ!畏まりました、ご主人様」
バイオはそう言うと深く頭を下げた。
マヤリィは確認を終えると、皆の顔を見渡した。
「私が流転の國を離れている間も、皆とは『長距離念話』を使って連絡を取ることが出来る。だから、何かあればいつでも念話を寄越しなさい。私が返事出来ない時はジェイが応対するから大丈夫よ。…そうよね?ジェイ」
「はっ。念話を受けたのちは必ずマヤリィ様と情報を共有致します。…皆、マヤリィ様の命に従い、何かあればすぐに念話を送ってくれ。よろしく頼むよ」
「はっ!」
マジックアイテムの確認、長距離念話の確認、マヤリィのスケジュール確認…。
マヤリィの求める確認事項は多く、朝から始めた会議は予想以上に時間がかかった。
今日の正午には桜色の都へ『長距離転移』することになっている。会議の終了時刻が迫っている。
皆が時間を気にしている中、マヤリィはようやく立ち上がった。
「…では、行ってくるわね。私が留守の間は自由に過ごしていて頂戴。…ルーリ、後は任せたわよ」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様。貴女様のお帰りを皆でお待ち申し上げております。どうか、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
ルーリがそう言って頭を下げると、マヤリィは笑顔で頷いた。
そして、
「『長距離転移』」
美しい魔法陣を展開したマヤリィは、ジェイを連れて一瞬で桜色の都に『転移』したのだった。
「…ご主人様、大丈夫よね?」
二人を見送った後、ミノリが心配そうな顔をする。
「ミノリ達の心配をして下さるのは有り難いことだけど、いつにも増して心配なさっていた気がするわ」
「そう言われてみれば、確認事項が多うございましたな」
ネクロはそう言って首を傾げる。
「二日間、ですか…。マヤリィ様が帰還されるまでの間、皆が平穏に過ごせると良いですわね」
シャドーレも少し不安になるが、笑顔を作る。
(マヤリィ様…。私が皆に命令を下さなければならない時が来るのでしょうか…)
宙色の魔力の残滓を感じながら、ルーリは何も言わずその場に立っていた。
因みに、シェルとリスの兄妹はこの時の会議に参加していませんでした。現在、二人は桜色の都のイミグ地方に出来たエルフの村を訪れています。