第3話 沈黙の海に咆哮響く
怪獣が中国艦隊に向かって動き出した瞬間、海はまるで時が止まったかのような静寂に包まれた。だが次の瞬間、その巨体が引き起こした波が駆逐艦の船体を大きく揺らす。警告射撃に対する応答は、想像を絶する速さだった。
「接近してくる――!」
中国艦のブリッジに緊張が走った。だが、既に遅かった。怪獣の頭部が海面から完全に現れ、その口を大きく開いたかと思うと、鋭く湾曲した顎が水を切り裂き、駆逐艦の船首に喰らいついた。
鋼鉄の船体が紙のように裂ける。わずか数秒で、1隻が完全に沈黙した。
それが引き金だった。
「全艦、戦闘開始ッ!」
各国の艦隊が一斉に砲火を開く。ミサイルが唸りを上げて飛び、砲弾が海を割って怪獣へと降り注ぐ。夜の海が昼のように明るく照らされ、爆発と振動が連続して響き渡った。
だが、怪獣は怯まなかった。どんな兵器を受けても、その厚い鱗に弾かれ、傷一つ見えない。
「効いていない……」
艦橋の中で誰かがそう呟いた。
怪獣はまるで学ぶかのように動き、砲撃を避ける最短の軌道を取りながら、次々と艦船へ肉薄していく。そして、巨大な尾で叩き潰す。鋭い背骨のような構造が砲塔をなぎ払い、海を真紅に染めた。
日本の護衛艦、ロシアの巡洋艦、フランスのフリゲートが、次々に撃沈されていく。
「このままじゃ……全滅する!」
カーター博士は遠隔観測でその様子を見ながら、言葉を失っていた。これは単なる生物ではない――。攻撃を理解し、分析し、対応している。確かな知性と、意図がある。
やがて、残された艦艇が戦術的撤退を開始した頃、怪獣は深く沈み、再び海の底へと姿を消した。
まるで「これで終わりではない」と言わんばかりに。
そして人類はまだ、その意図を知らない。