第2話 深海からの影
超深海の未知の領域に足を踏み入れたカーター博士のチームは、再度アビス・ワーカーを使い、さらなる調査を行っていた。予期せぬ発見をしたあの日から数ヶ月。政府の指導のもと、超深海の探索は続けられ、次々と新たなデータが集められていた。しかし、どこかで起きるだろう危険を感じつつも、カーター博士は一歩踏み込んでいた。
その日の調査中、アビス・ワーカーが予想外の信号を捉えた。再度、巨大な生物の影が映し出されたのだ。今度は前回とは違い、敵対的な動きを見せるかのように、その影はアビス・ワーカーを追尾してきた。
「こちらチーム1、カーター博士、状況確認を…」
カーター博士は慌ててモニターを見つめる。アビス・ワーカーのセンサーが捉えたのは、今までの何倍も巨大な生物だった。確かに、前回の発見を超える、圧倒的な質量を持つ生物がこちらに向かってきていた。
「信号が強くなってきた!このままでは追いつかれる!」
すぐにアビス・ワーカーは急浮上を開始。目の前には、超深海の圧倒的な暗闇を突破してくる怪獣の姿が現れた。その姿はまさに圧倒的な力を持つ怪物で、前回確認されたものより数倍も大きく、鋭い鰭と装甲のような体表を持っていた。
「やばい、これは…」
カーター博士は恐怖を感じながらも必死に指示を出す。「浮上速度を上げろ!すぐに全員の退避を指示する!」
だが、既にアビス・ワーカーは追い詰められ、進行方向に巨大な影が迫っていた。次第に海面までの距離が縮まり、やがて海上に浮上したその瞬間、無数の艦船が出現した。
海底での急浮上の後、アビス・ワーカーはなんとか海面へと脱出した。その直前まで追ってきた巨大生物は、依然として深海の陰からこちらを見上げているようだった。発見からの一連の動きは、全世界の監視衛星や深海センサー網に記録され、即座に各国の軍へと情報が共有された。
ちょうどその頃、近隣海域では国際合同の軍事演習が行われていた。各国は演習名目で艦隊を展開しており、それぞれが高度な監視装置と兵器を備えていた。その報告を受けた司令部は、即座に演習中の艦隊へ現地への移動を命じ、状況確認と迎撃、もしくは最悪の事態への備えとして配置を始めた。
海域には、アメリカ、ロシア、日本、中国、フランスなど、主要国の艦艇が次々と集結していった。艦隊は防御陣形を取り、怪獣が再浮上してくる可能性に備えながら、無線で情報共有を進めていた。
やがて、深海から巨大な影がゆっくりと浮上してきた。水面が不自然に波打ち、異様な静けさが海全体を包む。艦隊は一斉に沈黙し、その生物の全容が海上に姿を現すのを固唾を呑んで見守った。
膠着状態が続いた。
怪獣は攻撃の意志を見せない。ただ、海上に姿を現したまま、各艦隊をゆっくりと見渡すように動いていた。艦隊の中では、誰もがトリガーに手をかけながらも、まだ撃つには至らないという判断を下していた。
しかし、沈黙を破ったのは中国艦隊だった。
「ここで何もしなければ、先を越される」
そんな焦りが、指揮官の判断を誤らせたのかもしれない。中国のミサイル駆逐艦が、警告射撃として怪獣の前方海面にミサイルを一発発射した。
爆音と水柱が轟き、緊迫した空気が一気に張り詰めた。各国の艦長が慌てて状況を把握しようとする中、怪獣の動きが変わる。
それまで静かに漂っていた怪獣が、ゆっくりと頭を巡らせ、中国艦隊の方へと身体を向ける。その動きには怒りも迷いもなく、ただ静かに、確実に、ターゲットを絞る冷たい意志があった。
それが地獄の始まりだった。