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第4話 弟子は説明した

 ああ、分かります……あなたのその顔。

 もの凄く混乱されているんですね……


 金色の瞳が、もの凄い速さで瞬きを繰り返していると思った次の瞬間、お師匠様が身を乗り出され、俺の両腕に掴みかかってこられました。どうやら思考が限界を超えたようです。


「十年経ってる? あなたがシオン⁉ ど、どういうことなのよ‼」

「とにかく落ち着いて……詳しく説明いたしますから」


 混乱する気持ちを現すように、お師匠様の両手が爪を立てる勢いで俺の腕を強く握ったのですが……いや、手がちっちゃくて掴みきれていないし、全然爪が食い込んでないし、なのにご本人は必死で俺の腕を力一杯掴んでいる一生懸命さが可愛い……尊い……ご褒美すぎる……ちっちゃいお手て……胸の奥がキュッとなる……一生懸命……かわいい、可愛い……


 しかし何故かお師匠様は、


「……え、なんか笑ってる……こわっ……」


と呟かれると、片頬を引きつらせながらベッドの上に戻られてしまいました。


 何故引かれたのか、全く理解できません。

 俺はただあなたの可愛さに、心の中で身悶えしていただけなのに……


 ますます俺に対しての態度が、スンッと冷たくなったことに気づかないフリをしつつ、お師匠様を見上げると、あの方は眉間の皺を更に深くしながら双眸を閉じ、大きく息を吐き出されました。


 再び腕を組み、もう癖なのか、同時に足を組もうとなされたのですが、ワンピース型の寝間着から伸びた両足の間に出来た隙間に、自然と俺の視線が向いても仕方ないと思うんですよね。


 すぐさま、お師匠様は足をあげるのを中断され、ぴっちりと両腿をくっつけてしまわれましたが。


 ……生殺し過ぎる。


 勇者候補の一部が目覚めるとされている特殊な力として、見たいものが視える能力が発現しないか、本気で願いながら閉ざされてしまった園を見つめている俺の耳に、低い声が聞こえました。


「じゃあ、早速説明して。さっきの話がどういうことか。だけど嘘だって分かったら、攻撃魔法を使ってすぐにここから追い出すから! 私の魔法、凄く強いんだから! でも今ここで嘘だって認めるなら、許して――」

「分かりました、お話いたします。」


 お師匠様の脅し文句を遮る形で、俺は素直に頷きました。あの方の瞳が僅かに見開かれ、憮然としたご様子で口を閉ざされました。脅せば、俺が嘘を認めると思われていたのでしょう。


 でも何を恐れる必要があるのでしょうか。


 俺がシオンであることも、

 お師匠様が魔王エレヴァとの戦いに挑んでから十年が経過したことも、


 全て本当のことなのに。


 一つ咳払いをして喉の通りをよくすると、俺は口を開きました。


「あなたは十年前、俺を置いて一人で魔王エレヴァとの最終決戦に挑みました。覚えていますか?」

「覚えてるも何も……私にとってはついさっきのことなんだけど……」


 ああ、あなたにとってはそうですね。

 だけど、俺にとっては――


 当時の苦い気持ちがじわりと心に滲みます。


「魔王との戦いのさい、あなたは人質にされた俺を救うため、身を守っていた魔法障壁を解除し、死の魔法を受けられた。魔王を殺さなければ解けない最凶最悪な魔法を受け、瀕死の状況に陥っていました」

「ま、まあ、そうだったけど……でもそれが、あなたがシオンであることや、私が倒れて十年経ってることと、何の関係があるの?」

「大ありですよ。そのとき、俺……」

「……おれ?」


 お師匠様の細い喉元が、大きく動くのが見えました。組んだ両腕に力がこもり、同時に両肩も上がり――

 

「何か突然、勇者候補の力に目覚めて、左手の甲に片翼の痣が現れたんですよねー」

「……………………はっ?」


 俺の話に聞き入っていたお師匠様の唇からとぼけた声が洩れ、力が入っていた両腕と両肩がぐでっと脱力するのが見えました。


 ポカンと開かれたままだった唇が、ゆっくりと動きました。


「いや、ちょ、ちょっと待って。な、なん、で? だって片翼の痣は、生まれたときからあるはずじゃ……」

「正直、俺にも分かりません。しかし……一つ心当たりがあります」

「心当たり⁉ そ、それは、何? 内容によっては、勇者候補の生まれ方の常識を覆す、大きな発見になると思うんだけど!」


 お師匠様が身を乗り出されました。内容が内容だからか、非常に興味があるのでしょうか。


 勇者候補が何故生まれるのか、その理由はこのときはまだ判明していませんでしたから。


 俺は絶対的な自信と確信を持って、答えを口にしました。


「……愛の力。それしか考えられません」

「……………………」


 俺とお師匠様との間に、沈黙が流れました。


 次の瞬間、


「いやいやいやいや!! 愛の力とやらで勇者候補になれるんなら、恋人ありや既婚者の勇者候補が大量発生しとるわっ!!」


 という叫び声とともに、お師匠様のちっちゃい手が再び俺の両腕を掴みました。


 いやなにこれ、二度目のご褒美かな?


 可愛いおてて再来に、胸の奥がきゅんっとなっていたのですが、お師匠様の方は完全にお怒りモードに移行なされたようです。僅かに涙目になりながら、掴んだ俺の腕を引っ張ってこられました。


 ……とはいえ、お師匠様は怒った顔も超絶可愛いので、なんかもう色々とご褒美なんですが。


「もうやだ‼ 追い出す‼ 今すぐここから追い出すっ‼」

「ま、待ってください! 冗談ではないのです!! 愛の力かどうかはともかく、あなたが死ぬ直前、俺は勇者候補の力に目覚めたのです! そして同時にあなたと同じように、他の勇者候補にはない特別な力にも目覚めたのです! そ、その力を使ってあなたにかけられた死の魔法の進行を、一時的に止めたのです!」

「はぁぁぁ!? 魔法の進行を止めたぁ!? あの魔王が自分の生命力を使った渾身の魔法なのよ? 止めるなんて出来るはずが……」

「で、でも現にお師匠様は生きていらっしゃるじゃないですかっ!」

「うっ……」


 お師匠様の手から力が抜けました。可愛い怒り顔がみるみるうちにシュンッと力を失っていきます。


 揺るぎない事実を指摘され、返答に困っていらっしゃる様子です。しかしすぐさま愛らしい顔をキリッとさせると、


「なら、死の魔法を止めた勇者候補の力っていうのは一体何なの?」


 怒りと不安、不服を声色に込め、両手を腰において俺を見下ろしながら訊ねられました。


 その言葉に、俺の記憶が十年前に遡りました。

 ()でも、昨日のことのように思い出せます。 


 俺のせいでお師匠様の命が消える。あの時程、自分の無力さを責めたことはありません。


 心が折れた俺は、死にゆくあなたの身体に、愚かにも縋りついて泣くことしか出来ませんでした。あなたは死の淵にいながらも転移珠を俺に渡し、最期までこの身を案じてくださっていたのに。


 あの時の絶望は、言葉では表しきれません。

 もしあのままお師匠様が亡くなれば、間違いなく俺は後を追っていたと思います。


 あなたがいない世界に、生きる意味はありませんから――


 その時、何かが頭の中を刺激しました。

 痛みを感じる程ではない、しかし確かな違和感。


 次の瞬間、目の前が真っ白になりました。得体のしれない力が、意識を吹き飛ばす勢いで俺の脳内に流れ込んできます。


 力は俺の魔力の許容量を超え溢れてもなお注ぎ込まれ、とうとう限界を超えてはじけ飛んだ気がしました。本来の自分の魔力、そして注ぎ込まれた新たな力が混じり合い、身体中を駆け巡ります。

 

 力が落ち着きを取り戻すと、今度は左手の甲に熱を感じました。


 現れたのは、片翼の痣。

 俺が勇者候補として覚醒した証でした。

 

 同時に、勇者候補の中で一部の者がもつと言われている、特別な力にも目覚めていることに気づきました。


 何故、俺がこんな力に目覚めたのか分かりません。しかし、お師匠様を救うためには、この力に賭けるしかない。


 祈りにも似た気持ちを抱きながら、目覚めた力を発動させました。


 脳内にある力の領域が、一部使用中になるのを感じます。どうやらこの力は魔力の残量ではなく、あらかじめ使える総量が決まっている特殊な能力のようです。


 力が発動すると同時に、お師匠様の身体は透明な結晶に閉じ込められました。

 そして結晶に中で、歳をとることなく、十年という長き眠りにつかれたのです。


 俺が魔王を倒し、死の魔法からあなたを解き放ったあの日まで――


「俺が得たのは『対象の時間を止める力』。十年前のあの日、突如勇者候補の力に目覚めた俺は、死にかけたあなたの時間を止めて、一時的に魔法の進行を止めたのです」 

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