第2話 弟子は歓喜した
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俺は、あなたが目覚めたこの瞬間に、歓喜しています。
だってそうじゃないですか。
長い間、透明な結晶に覆われたあなたに触れられないだけでなく、生きているのかすら確認出来なかったのですよ。
世界で最も偉大で美しく、いつも愛らしい声色で俺の名を呼んでくださったあなたが、まるで物のように静かに横たわっている姿を見て、何度後悔し、何度己の未熟さを恥じ、何度この命を捨ててしまおうかと考えたか分かりません。
あなたがいない世界に、生きる意味などありませんから――
そんな俺ですから、あなたが身じろぎし瞳を開いたのを見た瞬間、押し倒す勢いで抱きしめ、寝ぼけ顔の可愛さに堪らずキスしてしまったのも仕方ないと思うんですよね。
え? 駄目だろって?
いやここは逆に、キスで止められて良かったと考えるべきだろ。
お師匠様、俺のことが分かりますか?
数ある勇者候補たちの頂点であり、最も勇者に近い存在だと謳われた『両翼の聖女』であり、劣悪な環境で死んだように生きていた奴隷の俺を救って下さった命の恩人であり、魔法の師匠であり、最も敬愛する方であり、出会ってからずっと俺が愛し続けていた女性であり、押し倒しているあなた――リベラ・ラシェーエンド様の弟子であるシオンです。
こうして見ると、あなたはあの日から何一つ変わっていません。
朝がとても苦手で、いつも俺が起こしにいくと、同じようにボーッとした顔をされていましたよね。後五分とあなたが潜り込んだ寝袋を俺が無理矢理ひっくり返すたび、あなたは唇を尖らせ、恨めしそうにしていましたが、拗ね顔の愛らしさに俺が内心身悶えしていたのを知らないでしょう。
二十歳という年齢でありながらも、小柄で少し言動が子どもっぽい部分が多かったせいで、いつも実年齢よりも下に見られていて悩まれてましたが、その服の下に、至高の抱き心地と呼ばざるを得ない柔らかさを隠していることがいつ世間にバレるか、俺が内心ヒヤヒヤしていたことは知らないでしょう。
高い位置で一つにまとめた白い髪をゆらしながら、迷わず先を行くあなたの後ろ姿を追うたびに、いつかその隣に並び立ちたいと決意を固めていたことも、純真無垢な輝きで満ちていた金色の瞳が、いつか俺を一人の男として見てくれることを求めていたことも、
あなたは微塵も気づいていなかったでしょう。
何故なら、強大な力を持つあなたにとって俺は、庇護すべき少年であり、無理矢理押しかけたはた迷惑な弟子でしかなかったのですから。
でも、もうあのときの俺じゃありません。
俺、強くなったんです。
その愛らしい声色で、再び俺の名を呼んで貰うために、
金色の瞳に再び俺の姿を映して貰うために、
強く……とても強くなったんです。
魔王を倒し、勇者と呼ばれるまでに――
まあ、勇者候補の中で最も強大な力をもつ者の背に浮かび上がるとされている『両翼の痣』をもち、両翼の聖女と呼ばれたあなたの足下には及ばないでしょうが。
――今この瞬間も。
しかし、よくやったと褒め頂けるぐらいは頑張ったとは思っています。
だから約束を――もし俺が魔王を倒したら何でも言うことを聞くという約束を、果たして頂きますね。
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ってお師匠様?
どうしてそんなに怖い顔をされているのですか?
何で拳を振り上げて――