役立たずの聖女なので婚約はパー……だけだったらいいのですけれども
メイが聖女認定されたのは一〇歳の時だった。
聖女とは大きな神力と人智では理解できぬ異能を持ち、神聖教系の宗教でそれと認められた女性のことだ。
聖女は数十年に一度、神から遣わされると言われている、ありがたい存在ではある。
しかしメイの聖女認定で皆が困惑した。
何故ならメイは平民の孤児だったから。
聖女は貴族か、あるいは平民でも富裕な家に出現するのが通例なのだ。
聖女としての影響力を発揮するためにはしっかりとした教育を受け、その力をアピールするために各地を回って顔を売ることが必要だから。
平民の孤児に何ができるというのか?
神は何を考えているのか?
間違いなのではないかとも思われた。
本来聖女ならば八歳の神告式の際に明らかになるのに、認定に二年も要したのは判断に時間がかかったからだ。
それも神聖教系ケルエス国教会の幹部七人の決を採って、四対三でかろうじてというものだった。
メイの他にもう一人聖女候補がいたことも、聖女選定に時間がかかった理由の一つではあったのだが。
ともかく新聖女メイが誕生した。
ケルエス国教会では新聖女メイの扱いに苦慮した。
通常ならば聖女は実家からの多大な寄付金で飾りたて、地方を遊説することによって国への忠誠心や神聖教への信仰心を高める役割を期待されるものだ。
しかし孤児のメイには金がないから活動できない。
またメイの持つ異能もケルエス王国や国教会を困惑させた。
『雲を動かせる、だと?』
『はい。それだけなのです』
『何の役に立つのだ……いや、計り知れぬ不思議な異能には違いないが』
式典の時などで雲の形を変えるイベントには使えるのでは、とも思われた。
有用なのかそうでないのか、判断に迷う異能ではあった。
神は何を考えているのか?
メイは見目のいい少女ではあった。
が、性格は普通だった。
聖女とは一種指導者的な面も持つ。
平民孤児という素性も含めて、メイが任に堪えられるとは思えなかった。
ではどうする?
とりあえず読み書き計算とマナーは教え込まれた。
聖女として必ず必要になることだったから。
そして国教会付属の孤児院長に就任させられた。
孤児院ならメイも馴染みがあろうし、今まで以上に金がかかるわけではない。
何となく聖女っぽいイメージの仕事でもある。
そしてメイが一六歳になった時。
慣習に従い、第一王子ガーソンの婚約者となった。
この決定が嵐を呼ぶ。
◇
――――――――――ケルエス王国第一王子ガーソン視点。
何故オレの婚約者が下賤の者なのだっ!
聖女が王ないし次代の王に嫁ぐという慣習があったとしても、それは過去の聖女が貴族ないし富裕な家の出身だったからだろうが!
いかに聖女であろうとも、平民の孤児ではオレの後ろ盾にならない。
大体あの平民孤児は遊説もしておらんから、知名度も影響力もないではないか。
そのような半端聖女がオレの婚約者で、ケルエス王国が治まるとでも思っているのか?
国教会の大司教は言う。
神の定めし聖女でありますればと。
バカか、役立たずの聖女ではないか。
メイなる平民を聖女に認定し、ムリヤリオレに押しつけたのはお前らだろうが!
何の陰謀だ!
「ガーソン殿下」
「メイファか」
声をかけてくれたのはメイファ・コーツランド公爵令嬢だ。
品性や知性に欠けるところがないとされている。
オレの幼馴染でもある。
聖女はメイファのような美しい女性であるべきだろうに。
「まったく役立たずの聖女が現れなければ、メイファがオレの婚約者だった。さすればオレだって思い煩うことがなかったのに」
「申し訳ありません。わたくしの力が足りませず……」
「いや、そなたのせいではない」
メイファもまた神力を持つ稀有な女性だ。
癒しや浄化の力を持つため、メイファこそが真の聖女なのではないかという論もあった。
一票差であの忌々しい平民に聖女の座をさらわれてしまったが。
メイファが聖女だったら何の問題もなかったではないか。
メイファが聖女になれなかったのは、要するに神力が聖女レベルに達しないということだった。
しかし……。
「神力とは伸びるものなのだろう?」
「はい。神力は信仰心に関係すると言われていますね」
そら見ろ。
メイファを聖女にして各地を遊説させ、信仰を集めれば、聖女レベルの神力に届いた可能性が高い。
逆に聖女になって以降何もしていないあの平民は、神力が衰えているのではないか?
いや、ケルエス王国に何も貢献していないということ自体が問題ではないか。
聖女認定に関する国教会の判断は誤っていたと考えざるを得ない。
「メイファが聖女たるべきだった」
「仕方ありません。国教会の定めたことですから」
「もう一度信を問うべきだ。現在の聖女は役に立っていないではないか」
「信を問う? ガーソン殿下、何を……」
「よい、オレに任せておけ。策がある」
◇
――――――――――数日後、メイ視点。
「バカげたことじゃっ!」
大司教様がお怒りです。
ガーソン第一王子殿下と私の婚約が破棄、というか最初に遡ってなきものにされ、私が追放処分になったからです。
王家に盾突いた大司教様も辞任せねば、事態を収拾できないようです。
「私のために申し訳ありません」
「いや、メイのせいではないからよいのだぞ」
大司教様は私にとても優しいのです。
思えばこの七年間、曲がりなりにも聖女としてやってこられたのは、大司教様のおかげです。
「あのバカ王子が、『神がメイファとメイを取り違えたのではないか』などと言い出すからじゃ!」
メイファ・コーツランド公爵令嬢が聖女ではないかという説ですね。
七年前、私が聖女に認定される前にそういった議論があったそうです。
今になって蒸し返されるのは変ですね?
「大方メイが婚約者になったのが気に入らなくて、難癖をつけているのじゃ!」
「間違いないですね。追放なら当然婚約はなくなりますから」
私の従者を務めてくれている聖騎士クリフトが大きく頷いています。
クリフトは私より三つ年上で、とても腕が立ちます。
大司教様とクリフトは絶対的に私に味方してくれるのです。
ありがたいですねえ。
「七年前の聖女認定も一票差だったなんて言い出す始末じゃ。反対したのは王家派の司教だけじゃったわ!」
「ごもっともです。しかし猊下。メイ様があんなバカ王子のものにならなかったのは、僥倖とも言えますよ」
「む? そういう考え方もあるか。しかしケルエス国教会は腐っておるの!」
本来王権と祭祀権は別個の権威だと思います。
しかしケルエス王国では国教会なる宗教組織を作り、神聖教を王権の中に取り込んで統治に利用しようとしたのです。
大変頭のいいやり方だとは思います。
神の声を聞こうという姿勢があるのならば。
ケルエス王国は……残念ながら堕落しました。
王家派の司教を増やして役立たずの聖女は是か非かの決を採り、結果私が追放ということになったのです。
ガーソン殿下の意向が強く反映されているのでしょうね。
しかし七年前ならいざ知らず、今の私を追放しようとは。
大司教様が自ら言うとは思いませんでしたが、国教会は腐りつつあります。
王家の言いなりで、神聖教の精神が薄れてしまっています。
硬骨漢の大司教様が抜けると、立て直しは不可能でしょう。
……わかっていたことではありましたが。
「まあメイの聖女認定を取り消しなどというバカげたことをしなかったのは、評価できるかの」
「国教会の決定を覆すのは権威が失われると考えたのでしょうね。だからでしょうが、メイファ・コーツランド公爵令嬢を聖女にという、バカ王子の主張も通らなかったです」
「メイファ嬢か。彼女に責任はないが、聖女とするには全く神力が足りぬわい」
「あのう、大司教様に報告していないことがあるんです」
「報告していないこと? 何じゃ?」
「私、神力が大幅に向上しているんです。ほぼ何でもできます」
「は?」
呆けたような顔をしていらっしゃいますけど、事実なのです。
言ってなくてごめんなさい。
事情があるんです。
私は物心ついた時から孤児で、神聖教とはほぼ無縁の孤児院で育ちました。
生まれて初めて国教会の礼拝堂に来たのが、八歳の神告式の時でした。
神力がある、しかも大きいって言われて。
「神様のことなんか何も知らなかった時から、私は聖女を任せられるだけの神力を持っていたではないですか。神様への理解が深まった今では神力がモリモリです」
「何と……」
「一般に魔法でできるようなことは、ほぼメイ様は行うことができます」
「クリフトは知っておるのか……異能はどうじゃ?」
「大体天気を操ることができます」
「ここ何年か大嵐がなかったり、王都の周りは豊作だったりするでしょう? メイ様のおかげですよ」
何か考えるような大司教様。
「……これはメイ以外にはクリフトしか知らぬことなのじゃな?」
「「はい」」
「今になってわしに言うということは……。いよいよケルエス王国は保てぬということか」
「残念ながら……」
もちろん未来が完全に定まっているわけではないのですけれども、私は神力のおかげである程度予知ができます。
大司教様にも察していただけたようです。
「つまり婚約がなきものになることも、国外追放処分になることも承知の上であったと?」
「はい」
私はいつも守ってくれるクリフトが好きなので、ガーソン殿下と婚約なんて嬉しくなかったですし。
笑う大司教様。
「ハハッ、ではわしだけが怒っているのは滑稽じゃの。して、追放後どこへ行くつもりだったのじゃ?」
「ハイネスティアへ参ろうかと」
「ハイネスティアとな? 意外じゃの」
ハイネスティアは国ではありません。
ケルエス王国の北にある、開拓民の集落群です。
魔物が多いために領土化するのが難しいと、どこの国からも放置されているエリア。
そのため冒険者や犯罪者が流れ着き、一種の緩衝地帯にもなっています。
「真の聖女メイならば、どこへ行っても歓迎されるじゃろうに。神聖教とは全く関係のないハイネスティアを目指すとはな」
「メイ様はハイネスティアを可能性のある地と見られているようで」
「神様はどこであっても御覧になっていらっしゃいますから」
「いいじゃろう。しかし……」
大司教様が眉を顰めます。
「……バカ王子から追っ手がかかる可能性がある。ケルエス王国に仇なすのではないかという名目でな」
それは私も考えていました。
追っ手くらいどうってことはありませんが、ケルエス国内での諍いはよろしくないですね。
「問題ありません。飛んで行きますから」
「飛ぶ? とは?」
「メイ様は飛行魔法相当の術は使えるんですよ。神力を使えば」
「し、しかし道中は長い。かなりの神力を使うのじゃろう?」
「神力は無限ですよ? だって神様の力ですから」
大司教様が口をあんぐりしていらっしゃいます。
どうしたんでしょうね?
「……神の力をそのまま利用できる、ということか?」
「祈りを捧げている内に、神様が力を貸してくださるようになったのです」
「……メイは規格外の聖女だったのじゃな。いや、通常貴族や富豪の家から出る聖女が平民孤児であった時点で、特別だと察するべきじゃった。すまんの、全く見抜けなんだわ」
「メイ様は目立たぬようにしていらっしゃいましたからね」
「桁違いの神力を誇るメイを手放すとは、バカ王子もつくづく哀れなことよ。いや、ケルエス王国もか」
「メイ様によると、ケルエス王国を救うこともできるのだそうです。ただそれは歪な形になるので……」
「却って犠牲が多くなってしまうということだな?」
「はい」
生まれ育ったケルエスには、知り合いも多いです。
なるべく市民には被害が広がらないようにしたいなあ。
クリフトが優しい目で私を見つめます。
「自分はどこまでもメイ様にお供します。猊下はどうされますか?」
「もう大司教はクビだわ。猊下じゃないわい。わしもハイネスティアに連れていってくれるのじゃろ?」
「最初生活はきついと思いますけど、よろしいですか?」
「覚悟の上じゃわい」
「では今日中に用意をして、明日の朝に旅立ちましょうか」
新天地へ!
◇
――――――――――その後。
ハイネスティアは神を信じぬ地であったが、聖女メイの神力は信じた。
そのほぼ無限の神力は、人間を脅かす魔物に対して圧倒的攻勢に出ることを意味した。
ハイネスティアの可住域は格段に広がり、魔物素材や農業生産力は商人を呼び込むことになった。
また移住者も増えた。
もう神の存在を疑う者はいなかった。
何故なら神の力を借りて使用するメイがいたから。
自分の目で見たものは信じざるを得ないものだ。
それなりの秩序が構築されていく。
人口増加に伴い、ハイネスティア全体を統括する組織を必要とするようになったが、特に問題はなかった。
メイに全面的な信頼を寄せる優秀な者達がケルエス王国からやってきたからだ。
彼らは『ピュアセイントチルドレン』と呼ばれ、メイの求めに応じ、ハイネスティアを統治する機構を作り上げた。
これよりハイネスティアは実質的に国家となる。
『ピュアセイントチルドレン』は、かつてメイがケルエスで孤児院長を務めていた時、面倒をみていた者達だった。
メイの神力は慈しむ孤児達をも成長させたのだ。
『ピュアセイントチルドレン』は皆、特に行政や司法、商業の分野で有能な人材に育った。
即位したばかりのガーソン王を支える者達であったが、王妃メイファの実家コーツランド公爵家の不正と専横を糾弾したことから、王に疎まれるようになった。
『ピュアセイントチルドレン』達がハイネスティアへ去ると、途端にケルエスはおかしくなる。
コーツランド公爵家偏重の体制に、領主貴族達が反発したからだ。
最も早くケルエスに見切りをつけたのは、ハイネスティアの南隣に位置し交易で潤っていたリードアッシュ辺境伯家だった。
ケルエス王国から離脱し、ハイネスティアへの帰属を申し入れたのだ。
リードアッシュ辺境伯家ほどの大貴族の離反はケルエス王国に大きな動揺を生んだ。
ハイネスティアが聖女メイによって飛躍的に発展していること。
また『ピュアセイントチルドレン』達がその体制を支えていること。
リードアッシュ辺境伯家が優遇されていることが知られると、ハイネスティアに転属する領主貴族が次々に現れた。
ケルエス王ガーソンは業を煮やし、ハイネスティアを征服せんとした。
が、士気の高い離反領主連合軍、何より聖女メイの史上最高とも言える神力に勝てるわけがないと反対された。
この頃には聖女メイの実力はケルエスにも正確に把握されていたのだ。
その聖女メイを手放したガーソンの愚かさも。
ケルエス王国は内乱で滅びた。
王家とコーツランド公爵家の一族は皆殺しにされ、残る全ての旧ケルエス地域の領主は聖女メイを王として戴くことを望んだ。
メイ王国が創始される。
◇
一人の老婆が曾孫である少女に語りかけていた。
「……というお話だよ」
「おもしろかった!」
「そうかいそうかい」
「そのごじょおうさまはどうしたの?」
「王位を優れた人に譲って引退したんだよ。夫のクリフトとともにね」
「あっ、やっぱりクリフトとけっこんしたんだ?」
「ええ、ええ」
老婆の顔の皺が深くなる。
何かを思い出そうとしているようだ。
「クリフトは温和でいつも付き従ってくれた、素敵な男性だったんですよ」
「ふうん、いいおとこだった?」
「ええ、とっても」
メイはクリフトと二五年間の結婚生活で、三人の子を儲けた。
三人の子はそれぞれひとかどの人物に育ったが、クリフトは三人に王位を望んではいけないと遺言した。
メイ王国の王位は世襲ではなく、優れた人物が就くものとの不文律が生まれた。
後に元首は議会での投票で決まるという制度が確立された。
「クリフトがさきにしんじゃって、メイさまはさびしくなかったのかなあ?」
「そりゃあさびしかったでしょうよ。愛していましたし、頼りにもしていましたからね」
「ふうん、メイさまかわいそう」
「でもクリフトは、前を向いて進めと言いましたから。その言葉に従うのは使命でしたよ」
老婆の目が潤んだことに、曾孫娘は気付いただろうか?
メイは女王でなくなっても、ハイネスティアの象徴の聖女であることは変わらなかったから。
特に統治機構の弱い初期に、夫クリフトの死を嘆いてばかりはいられなかったのだ。
メイは自分を必要としない社会を欲した。
聖女に頼らないハイネスティアこそ、愛するクリフトの望んだ強い国だと信じたから。
結果としてそれは『ピュアセイントチルドレン』達によって実現された。
メイの存在は人々から忘れられつつあった。
「おおばあさま、ありがとう。おおばあさまのなまえがメイなのはぐうぜん?」
「偶然だね。私は孤児だったから、何で自分の名前がメイなのかは知らない」
老婆は悔いのなさそうな笑顔を見せた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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よろしくお願いいたします。