6章 再び動き出す影(最終章)
奈央は久しぶりに穏やかな朝を迎えた。窓の外では小鳥のさえずりが聞こえ、カーテン越しに差し込む日差しが部屋を優しく包んでいる。SNSを削除してから数日が経ち、彼女の生活は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
目覚ましの音に追われることなく、ゆっくりと布団から抜け出す。スマホを手に取っても、通知に追い立てられることはもうない。奈央はそれが心地よく感じられた。
「前は、朝一番にSNSをチェックするのが当たり前だったな…」
そうつぶやきながら、奈央はキッチンでコーヒーを淹れた。お気に入りのマグカップから立ち上る香りが部屋を満たす。SNSに写真を投稿することもなくなったが、日常の小さな幸せを感じる感覚は以前より鮮明になった気がする。
本棚から未読の本を取り出し、窓際の椅子に腰を下ろす。ページをめくるたびに、物語の世界に没頭できる時間の贅沢さを改めて実感する。
SNSがなくても、こうして静かに自分と向き合う時間がある。奈央はそれを心から楽しんでいた。
買い物に出かけるときも、以前のように写真を撮って「映える」瞬間を探すことはない。その代わり、目の前に広がる風景や街の音に耳を傾けるようになった。道端の小さな花や、カフェでのほっとするひととき。それをただ静かに味わうだけで十分だと思えた。
友人の美咲からも連絡があり、「私もSNSやめるね」と話す声を聞いて、奈央は思わず笑った。以前よりも会話に集中できる気がするし、直接会う楽しさを再発見していた。
「なんだ、案外悪くないかもね。」
奈央は夕食の準備をしながら自分に言い聞かせた。SNSがあったころは、それが日常の一部になりすぎて、なければ何もできないと思い込んでいた。でも、なくなった今、彼女はもっと自由に生きている気がした。
***
夜、奈央はベッドに入り、心の中に広がる静けさを感じながら目を閉じた。恐怖に怯えた日々は過去のものとなり、日常に戻った生活が少しずつ体に馴染んでいく。
「これが本当の平穏なのかもしれない。」
奈央はそう思いながら、柔らかな夜の闇に包まれていった。
奈央は休日の朝、ゆっくりと目を覚ました。窓から差し込む柔らかな光と、小鳥のさえずりが心地よい。SNSを削除してから数週間が経ち、彼女は以前より穏やかな生活を送っていた。
キッチンでコーヒーを淹れ、カウンターに腰掛ける。スマホに手を伸ばし、メールやニュースを確認するのが最近の習慣だった。SNSの通知がない生活は、今では当たり前になっている。
スマホを開くと、画面に見慣れない通知が表示された。
「フォロワー1人追加」
奈央は一瞬、何の通知なのか理解できなかった。SNSのアカウントはすべて削除したはずだ。それなのに、なぜ?
「どういうこと…?」
指先が震えながら通知をタップする。だが、それはどのアプリからのものでもない。削除したはずのSNSのアカウントが、画面に再び現れていた。
「ありえない…このアカウントは消したはずなのに。」
奈央は青ざめた顔で画面を見つめた。アカウント名は確かに彼女自身のもの。そして、フォロワー一覧のトップには、見覚えのある名前が表示されている。
「影のフォロワー」
その名前を目にした瞬間、奈央の胸に再び恐怖が広がった。
「どうして…終わったはずじゃなかったの…?」
通知は次々と増え、「いいね」や「メッセージ」が届き始める。震える手でスマホを置いた奈央は、冷たい汗が背中を流れるのを感じながら、椅子に座り込んだ。
奈央は手の震えを感じながら、再びスマホの画面を見つめた。通知には「フォロワー1人追加」とだけ表示されている。SNSを削除したはずなのに、その通知が届くこと自体が異常だった。
「こんなこと、ありえない…」
深呼吸をして平静を保とうとしながら、奈央は通知をタップした。画面が切り替わり、削除したはずのSNSのアカウントが表示される。
フォロワーリストを開くと、そこには一つだけ見慣れないアカウントが表示されていた。名前もアイコンもない、完全に空白のアカウントだった。
「これ…何…?」
恐る恐るそのアカウントのプロフィールを開く。画面に表示されたのは、たった一言だけだった。
「またね」
(完)