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第3章 恐怖の連鎖

奈央は会社のデスクで書類を整理しながら、隣の席の同僚たちの会話に耳を傾けていた。ふだんは賑やかに雑談する彼らが、今日は妙に低い声でひそひそと話している。


「それでさ、変なアカウントからDMが来たんだよ。」

「へえ、それってスパムじゃないの?」

「いや、違うんだよ。なんか、俺の投稿全部に『いいね』してきてさ。で、DMに『君の日常、とても興味深いね』って書いてあった。」


その言葉を聞いた瞬間、奈央の手が止まった。

「日常」「興味深いね」――それはまさに「影のフォロワー」が送ってきたのと同じ言葉だった。


「そのアカウント、名前は?」

別の同僚が興味深そうに尋ねると、話していた同僚は少し間を置いて答えた。


「『影のフォロワー』っていう名前だったと思う。」


奈央の心臓が早鐘を打つように鳴った。まさか会社の同僚にまで「影のフォロワー」が接触しているなんて思いもしなかった。


「ちょっと気味悪いよなあ。でも、フォロー解除してもまたすぐフォローされるんだよ。どうやってんのかわかんないけど。」


「怖っ!それ、やばくない?」

「そうだよな。まあ、最近SNS使うの控えようかと思ってる。」


奈央は手元の書類を見つめたまま、耳だけをそば立てていた。この話題に加わる勇気はなかった。もし自分も「影のフォロワー」に悩まされていることを話したら、どうなるだろう。恐怖心を共有できるかもしれないが、逆に自分まで巻き込まれるのではないかという不安がよぎった。


それにしても、「影のフォロワー」はどこまで手を伸ばしているのだろうか。自分だけではなく、友人、美咲、そして職場の同僚まで。奈央は状況がますます悪化していることを肌で感じていた。


***


昼休み、奈央は同僚たちがいない間にスマホを取り出し、「影のフォロワー」のアカウントを再び確認した。フォロワーリストを見ても、どこにでもある普通のアカウントのように見える。だが、その存在感は普通ではなかった。


「これ以上、広がるのかな…?」

小さな声でつぶやいたその言葉は、自分に向けた警告のようだった。会社の中でも「影のフォロワー」の話題が出るたび、奈央の心には徐々に恐怖の影が濃く広がっていった。


奈央は恐る恐るSNSを開いた。投稿を控えていた数日間、アプリの通知は増え続けていたが、気味が悪くて確認する気にはなれなかった。だが、沈黙を続けることにも限界があった。


少し前に投稿した一枚の写真。静かな湖畔に映る夕日の美しい光景だった。それを見返すと、コメント欄には以前にはなかった奇妙なメッセージがいくつも並んでいた。


「この場所、どこですか?行ってみたいです。」

「もっと近くから撮った写真はありませんか?」

「次は具体的な場所を教えてください。」


奈央はそのコメントを読み進めるうちに、胸がざわつくのを感じた。これまでのフォロワーたちからのコメントとは明らかに違う。風景の美しさを褒めるのではなく、その場所を特定しようとするものばかりだった。


さらに不可解なのは、見慣れないアカウント名が増えていることだ。そのほとんどがアイコンやプロフィール情報を持たず、まるで「影のフォロワー」を真似たかのような無機質な存在だった。


奈央は手の震えを感じながらコメントを確認していった。その中に一つ、特に目を引くものがあった。


「君が立ってた場所、特定したよ。次の投稿も楽しみにしてる。」


このコメントを投稿したアカウントの名前は、「影の観察者」。アイコンは黒い背景にぼんやりと浮かぶ目のような図形だった。


「…何これ。」

奈央の心臓がドキドキと不規則なリズムで脈打った。


すぐにメッセージ欄を確認すると、案の定、「影のフォロワー」からも新しいDMが届いていた。


「君の写真、すごくいいね。次はもっと詳しい場所を教えてくれる?」


奈央はすぐに画面を閉じたが、胸の中の恐怖は膨れ上がる一方だった。これまでは「影のフォロワー」だけが特異な存在だったが、今や模倣者のようなアカウントが増え始めている。


「影のフォロワー」を真似る存在が現れるということは、この不気味な現象が広がりつつある証拠だった。奈央の直感は警告していた。事態はもはや自分一人で対応できる範囲を超えつつある――そして、それがどこまで広がるのか、奈央にはまったく予想がつかなかった。


***


奈央は仕事を終えて自宅マンションに戻ると、いつも通りポストを開けた。中には電気代の請求書や広告がいくつか入っているだけだったが、その中に妙なものが混ざっていた。白い封筒だ。宛名も差出人も何も書かれていない。


「何これ…?」

不審に思いながら封筒を手に取ると、中から一枚の紙が出てきた。紙には、黒いペンで座標らしき数字が無造作に書き込まれている。それを見た瞬間、奈央の胸がざわついた。


「これ…座標?」


不安に駆られながら、スマホでその数字を検索してみると、地図アプリが該当する場所を示した。それは、奈央が住む街から車で30分ほど離れた郊外の森の中だった。


「なんでこんなものが…?」

奈央の手が震え始めた。これまでは「影のフォロワー」がSNS上での出来事にとどまっていた。しかし、今やその影は現実の生活にまで侵入してきている。この紙がポストに入れられていたということは、誰かが実際に自宅を訪れたということだ。


「嘘でしょ…」

奈央は恐怖に飲み込まれるのを感じながら、部屋に駆け込んだ。ドアを閉めると、二重に鍵をかけ、カーテンをしっかりと引いた。それでも、窓の外や部屋の隅に何か得体の知れないものが潜んでいるような錯覚を覚える。


座標の意味を考えると、背筋が寒くなった。「次の写真はこの場所で撮って」――そんな言葉が暗に込められている気がした。そしてそれは、単なる提案ではなく、命令に近いものだと感じられた。


「どうして私なの?何が目的なの…?」

声に出してみても、答えは返ってこない。奈央はポストにあった紙をゴミ箱に捨てようとしたが、その行為がさらなる怒りや執着を引き起こすのではないかという恐怖に駆られ、結局捨てられなかった。


紙を握りしめ、奈央は部屋の中央に立ち尽くした。自分が知らぬ間に巻き込まれたこの「影」の存在が、もはやSNSだけの問題ではなく、完全に現実の中に侵食していることを確信した瞬間だった。


***


奈央は深夜の静まり返った部屋でスマホを見つめていた。画面には、いつものSNSのアプリが表示されている。通知欄には「影のフォロワー」からの新しいメッセージがまた一つ増えていた。


「もう、無理…」


奈央は小さく呟き、ため息をついた。座標が記された紙がポストに入っていたことをきっかけに、彼女の不安はピークに達していた。これ以上このアカウントと関わり続ければ、何か取り返しのつかないことが起きる――そんな予感がしてならなかった。


「SNSをやめれば、少しは落ち着くかもしれない。」

奈央は画面を操作し、アカウントの設定ページを開いた。そして、震える指で「一時停止」のボタンをタップした。


「これで終わるはず。」


そう言い聞かせるようにスマホを閉じたが、胸の中の不安は完全には消えなかった。それでも、少なくともこれで「影のフォロワー」からの嫌がらせも止まるだろうと自分に言い聞かせ、奈央はベッドに入った。


だが、深夜2時を過ぎた頃、スマホが突然震えた。通知音が暗い部屋に響き渡る。奈央は飛び起き、恐る恐るスマホを手に取った。アプリを閉じたはずのSNSの通知が表示されていた。


「どうして…アカウントを停止したのに?」


通知を開くと、そこには「影のフォロワー」からのDMが届いていた。


「逃げても無駄だよ。」


奈央は息が詰まる思いだった。冷たい汗が背中を伝い、画面を握る手が震える。再び通知が鳴り、次のメッセージが表示された。


「君のこと、ずっと見てるから。」


奈央はスマホを手放し、ベッドの中で膝を抱えるように丸くなった。部屋は静かで、外からの物音もない。それなのに、彼女はどこかからじっと見られているような感覚に囚われていた。


「どうして…何をしたいの…?」

声に出してみても、答えは返ってこない。


奈央は思った。SNSを閉じても、この恐怖から逃れることはできない。「影のフォロワー」はデジタルの枠を超え、確実に自分の現実へと侵入してきているのだ。



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