第1章 不気味なメッセージ
奈央は仕事の休憩中、スマホを手に取り、何気なくSNSを開いた。相変わらず「影のフォロワー」からの「いいね」は止まらない。すでに数十回の投稿に反応している。
「まだ続いてるの?」
奈央は画面を見つめながらつぶやいた。あの奇妙なDMを無視して以来、何も起きていないと思っていたが、今日、通知欄に再び「影のフォロワー」からのDMが届いていることに気づいた。
「カフェで飲んでたラテ、美味しそうだね。」
奈央は心臓が跳ねるのを感じた。投稿した写真には、自分が映っているわけではない。ただのラテの写真だ。だが、まるでその場にいたかのような具体的なコメントに、嫌な寒気が背中を這い上がった。
さらに、別のメッセージが届く。
「今日の公園、天気がよかったね。風が少し冷たかったけど、紅葉がきれいだった。」
奈央は思わずスマホを強く握りしめた。この内容に覚えがあった。少し前に投稿した公園の写真だ。しかし、写真には「紅葉」や「風」のことは書いていない。ただ、何となく「秋らしい」とだけキャプションをつけていただけだ。
「どうしてこんなことを…?」
奈央は呟くように問いかけたが、当然、誰も答えてはくれない。メッセージを無視しようと思ったが、そこにある異様な正確さが頭から離れない。
再び画面に視線を戻すと、新しいDMが届いていた。
「君の日常、とても興味深いよ。」
その短い一文に、奈央はもう画面を見るのが怖くなった。スマホをそっとテーブルの上に置き、深く息を吸い込んだ。胸の中で膨れ上がる不安は、もう簡単には振り払えそうにない。
奈央はスマホを握りしめたまま、深く息を吐き出した。
「もう、無視できない…」
「影のフォロワー」からのDMは次第に頻度を増し、その内容はますます彼女の生活に踏み込むものになってきている。最初は奇妙なだけだったメッセージも、今ではまるで奈央の行動を逐一見ているかのようだ。
「これは普通じゃない。もう限界…」
奈央は震える指で「影のフォロワー」のアカウントを開いた。ブロックのボタンをタップしようとした瞬間、画面に新たな通知が現れる。
「ブロックしても無駄だよ。」
その短い一文が目に飛び込んできた瞬間、奈央は息を飲んだ。頭の中が真っ白になる。ブロックを決意したのはたった今のことだ。それなのに、どうして相手がそれを知っているのだろう?
奈央は恐る恐るDMを開いた。その文面が、確かに今送られてきたものだと確認する。
「どうして…?」
声に出しても誰も答えてくれるわけではない。視線を感じるわけではないが、全身が冷や汗に包まれる。
何かがおかしい。これはただのSNS上の出来事ではない。奈央は画面をそっと閉じ、スマホをテーブルに置いた。しかしその場を離れても、あの言葉が頭の中で響き続ける。
「ブロックしても無駄だよ。」
まるで自分の行動を見透かされているかのようなその言葉が、奈央の心に深い影を落とした。
***
奈央はいつものように投稿した写真を眺めていた。それは街中で見つけたカフェの入り口を撮影したもので、可愛らしい看板と木のベンチが写り込んでいる。ほんの少しの加工を加え、何気ない一瞬を切り取った作品だ。
「いい感じに撮れたな。」
自分でも満足のいく仕上がりに、小さく微笑む。投稿してから1時間ほどで「いいね」が増え始め、コメントもいくつかついていた。
だが、その中に異様な一文があった。
「僕だよ。」
奈央は一瞬、何のことかわからなかった。そのコメントを投稿したのは、例の「影のフォロワー」だった。
「僕だよって…何?」
コメントの意味を考えながら、もう一度写真をじっくりと見返す。カフェの入り口、看板、ベンチ、そして背後に広がる街路。特に不自然な点は見当たらない…と思った瞬間、奈央の視線がある一点で止まった。
それは、写真の端に写り込んでいた暗い影だった。人のような輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。最初はただの通行人が偶然映り込んだものだと思ったが、その影の位置が妙に不自然だった。
「こんなところに人が立てる場所なんてあったっけ…?」
写真を撮ったときの記憶をたどる。カフェの向こう側は車道だったはずだ。その位置に人影があるのはおかしい。
奈央は再びコメントに目を戻した。「僕だよ」という短い言葉が、今や彼女の胸を締め付けるように響いていた。
一体この影は何なのか。「影のフォロワー」は何を意味しているのか。奈央は急に写真を投稿したことを後悔し始めた。
奈央は写真をじっと見つめたまま、何度も視線を行ったり来たりさせていた。画面の端にぼんやりと映る人影。いや、正確には「人の形をした何か」。
「どうしてこんな場所に…?」
心の中で何度も問いかけるが、答えは出ない。撮影したとき、この影に気づいた記憶は一切ない。投稿する前に写真を確認したときも、特に違和感は感じなかった。それなのに、今になってこれほど目立つ形で存在感を主張している。
奈央はもう一度、コメント欄に戻った。「影のフォロワー」の書き込んだ言葉、「僕だよ」。たった三文字なのに、その一言が写真の影と重なり、奈央の背中に冷たい汗を流れ落ちさせた。
「まさか…冗談よね。」
彼女は自分に言い聞かせるように、スマホを握る手を強くした。しかし、その瞬間、これまで気づかなかった事実が頭をよぎる。
これまで「影のフォロワー」のメッセージや行動はすべて、SNSというデジタルの中だけの出来事だと思っていた。けれど、この写真に写る影と、そのコメントのタイミング――これは偶然の一致では片付けられない。
「まさか、現実にも…?」
奈央は心臓が早鐘を打つように脈打つのを感じた。これがただの悪質なネットユーザーのいたずらなら、写真の内容にここまでのリアルな干渉はできないはずだ。だが、それを完全に否定する証拠もない。
頭の中で様々な可能性が錯綜する中、奈央はふとスマホを置き、部屋の中を見渡した。カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、どこか不気味に見える。窓の外には何もないとわかっていても、まるでそこに「何か」が潜んでいるような錯覚を覚えた。
彼女はぎゅっと自分を抱きしめるように腕を組み、椅子に深く座り込んだ。心の中にじわじわと広がる不安は、どれだけ頭を振っても振り払うことができなかった。
「これは…ただの偶然じゃない。」
奈央は小さくそう呟いた。デジタルの世界だけだと思っていた「影のフォロワー」が、自分の現実に触れようとしている。その考えは、これまで以上に奈央の心を重たくしていった。