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悲愴の魔術師  作者: 黒錆 聖
序章
4/13

記憶の中の暗闇


 ヴォルトはその穴をひたすら覗き込んでいた。

 ドアに開いたのぞき穴、その先に赤い絨毯の引かれた廊下が見える。無機質な白い壁を赤の魔石灯の暖色の光が照らし、廊下を温かみのある印象に変えている。だが、そこから見えるのはたったそれだけで他にはこれといって何もない。

 ドアの先を確認しているヴォルトの背後。少し距離をとって彼の背中を真剣な面持ちでルナは眺めている。

「どう? 何か見える?」

「いいや、何も見えない。見張りがいる気配もない」

「鍵もかかってないんでしょ? 本当は閉じ込める気なんてないんじゃない?」

 もしかしたらそうなのかもしれない。だが、もしそうだったとしても、捕らえられた時のジルフのあの様子を考えるに、ここから逃げた二人に対して彼が一体どんな仕打ちをするのか――最悪のケースは想像に難くない。

 ヴォルトが扉に鍵がかかってないと知ってから既に小一時間が経過しているが、それ以来ドアレバーに触れる気にすらなれずにいた。


 二人が連れてこられたのは騎士団本部敷地内、本館の西側にある五階建ての建物だった。ペイオリティの街並みにある簡素な建築物と同じ魔術による建築と思しき白くて四角い見た目をしている。

 その外観から最初は二人とも獄舎かとも思ったが、どうも内装はそういう雰囲気ではなく。いわゆる寄宿舎のような施設ではないかと推測を立てていた。

 牢屋と言えば鉄格子が前面に取り付けられた壁にむき出しの便器が設置されている窮屈な部屋を想像するが、少なからず今二人が押し込まれている部屋はそれとはほど遠く感じる。今いる玄関と思われる空間から伸びる短い廊下状のスペースにキッチン、その脇にある部屋にトイレと風呂がある。他にもリビングにベッド完備の寝室が二部屋と安宿よりも断然待遇が良い。

 ここに連れてこられてからというもの、ジルフが自分たちの事をどうしたいのかわからず、玄関でひたすらウロウロとしている。それが拘束されてから今に至るまでの二人の行動の全てだ。


「あれ?」

 唐突にのぞき穴の景色が真っ白になって、ヴォルトはわけがわからず首をかしげた。

「のぞき穴が塞がれた――?」

 眼の異常を疑って、その目を凝らした時だった。いきなりドアのレバーハンドルがガチャンと音を立てて下げられた。

「うわっ」

 ヴォルトの口から思わず情けない声が漏れ出た。背後にぴょんと飛び退いてドアから距離をとった彼は、徐に開き始めた外開きのドアを緊張の面持ちで凝視する。

  

 開いたドアの向こう。そこにあったのは白い騎士団員の制服――本当にそれ以外何も見えなかった。

 ドア枠に収まりきらない程の巨大な筋肉の塊が団員の制服を着ている。本当にそれだけの情報量しか、ドアの向こうの景色には転がっていなかった。ドア枠に阻まれて首から上と肩の両端が見えていない。

 そんな怪物級の巨体の持ち主を前にヴォルトもルナも口を開けたまま凍り付いていた。

 

 騎士団員と思しき、巨体の主がドア枠をくぐる様な形で顔を覗かせる。褐色肌でスキンヘッドの厳つい顔が、茶色い瞳をギョロりと動かし、ルナとヴォルトを交互に見る。


 未だ唖然としている二人を確認して、巨体の主が口を開く。

「これ、やる」

 そう野太い声で言った巨体の主は、今度は丸太ほどもある巨大な腕をまるでベッドの下に落としたものでも取るかのように、ドア枠から伸ばす。その指は箒の柄ほどもある太さをしており、その先端には紙袋が摘ままれていた。

 目の前に差し出された紙袋をヴォルトは両手を伸ばして恐る恐る受け取り、徐にその口を開いて覗き込む。中には紙袋一杯に敷き詰められたサンドイッチが入れられていた。

「それ食って、寝ろ」

 巨体の主はそれだけ告げると腕を引っ込め、ゆっくりとドアを閉めた。


「夕飯を届けてくれたんだね……」

「みたいだな……」

 あまりの出来事に二人はしばらく放心状態でいた。



 巨躯な騎士団員から貰ったサンドイッチで夕飯を済ませた後、二人は二つある寝室でそれぞれ分かれて睡眠を取る事になった。

 「一人で寝るのが怖くなったら――一緒に寝てあげてもいいよ」

 ルナがそんな冗談を言って寝室に入っていった後、ヴォルトは自分に割り当てられた寝室に閉じ籠り、暗がりの中、ベッドに腰かけて今朝の事を思い出してた。

(ラカリナで使った一度目の魔術。あの時は全く違和感を感じなかった。二度目もノードに破られてはしまったが、魔力の流れには問題があったようには感じなかった。だけど失敗した三度目は違った。あの感覚は――三年前まで感じていた違和感と酷似していた。三年前まではどんな魔術を使っても違和感を感じていたのに――)

 

 ヴォルトは手のひらを軽く前に出すと、金色の魔力で魔術陣を描き発動する。魔術陣が光の球体が作り上げ、フワフワと宙を漂いながら真っ暗だった室内を明るく照らす。

(やっぱり魔力の流れも魔術自体にも問題を感じない。もしかしてひきこもっている間に症状が好転したのか?)

 だったらいいな。そんな風に思いながら、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 その拍子にヴォルトの左手の甲が着ているローブの左ポケットに触れる。コツっと何かが当たる感覚がした。左のポケットに何かを入れた記憶がなくて、訝しく思いながらポケットに手を入れる。ザラザラと手の腹をすり抜けるそれを指でつまみ、ポケットから出して顔の上まで持ってくる。

 

 それは小指大の赤い魔石のはまったネックレスだった。

「記憶魔石?」

 記憶魔石。文字通り記憶を吸い出し記録しておくことのできる道具だ。魔石事態に記憶を抽出する魔術とそれを見る魔術の双方が刻まれており、世界中に広く販売されている。特に魔石産業の盛んなペイオルカルナでは、人工魔石を使用した安価な記憶魔石が手に入りやすいくアクセサリーとしてプレゼントする文化が若者に根付いているほどだ。ただし、安価なものは記憶容量が少ない上に、使用後に吐き気などの乗り物酔いにも似た症状に見舞われる事もある。

 こんなものがなぜポケットに入っていたのか。そもそも自分の持ち物でもない。あるとすれば、それは――

(――ノードが入れたものか? 一体いつだ?)

 それがいつなのかヴォルトには皆目見当がつかなかった。しかし、推測できる事もあった。ラカリナで最後に言われた『よろしく伝えてくれ』というのはこれを渡してくれ、という意味が込められていたのかもしれないという事だ。


 ジルフに拘束された時の事を思うと、この記憶魔石の中身を見るのは怖い気がしたが、それよりも興味が勝って気付けばヴォルトは眉間に記憶魔石を当てていた。魔力を流し込むとヴォルトの意識が白い光に包まれ、声が聞こえてきた。



「副団長推薦の話おめでとう!」

 女性の姿が見える。色は付いていない。白黒の世界。誰かの視界が映っている。

「気が早いよエミリー……他にも候補がいるんだ。俺なんかが選ばれるとも限らないさ」

 口を動かしていないのに自分が喋っている。

 エミリーと呼ばれた穏やかな表情の女性が、大きくなった自らのお腹を摩っている。

「もうすぐパパになるんだよ? そんな弱気じゃ困るなぁ」

「そうだよな。生まれてくる子のためにも頑張らないとな」


 ――ザーッと酷いノイズが走った後、いきなり景色が切り替わった。


 自然と涙が出る。酷い頭痛と吐き気だ。

「エミリー! エミリー! どうして――どうしてこんなことに――!」

 どす黒い水たまりに横たわっている妊婦。左胸から出血している。淡い光が彼女を包み、その肉体が半透明になったかと思うとそのまま消えてしまった。

「うあああああああああああああああああああああ!」

 さらに激しくノイズが走る。音だけが聞こえる。

「逃亡犯を追跡中――団員による誤射――原因――」

 雑音だらけで、聞き取り辛い――耳鳴りがひどい――。


 ぼんやりと視界が戻る。目の前に口ひげを蓄えた年配の騎士団員の姿が見える。

 目がかすんで見え辛いが、その右胸には数えきれないほどの勲章が並んでいる。

「そんな事件はなかった。全部君の妄想だ。いいね?」

 それを聞いた瞬間、脳が心臓になったかのように脈打つのを感じた。

 ブツンと視界がブラックアウトする――。


 ――目の前が徐々に赤く染まっていく。自分自身の憤った声が聞こえる。

「どうして……どうしてみんな――忘れたふりをする――」

 染められた赤い景色はユラユラと揺れ動き、それが何なのか少しずつ鮮明になっていった。

 炎だ。目に見える全てが炎に包まれている。

「消せない――この復讐の炎は消す事ができない――騎士団長――ケイム=イスタリア――お前だけは必ず――!」

 砂嵐のような不快なノイズが全てを消し去り、そして自分が何者なのかを思い出した――。



 ――ヴォルトの意識が戻る。息が上がって肩で息をしている。強い吐き気と頭痛を感じてベッドの上でのたうち回るように悶える。

「ノードの目的は――ケイム=イスタリアへの復讐――?」

 ケイム=イスタリア。黎明の賢者の二つ名を持つ聖典戦争時代の英雄たちのリーダーだった男。

 彼が居なければ聖典戦争は、ペイオルカルナを含む連合の勝利を勝ち取れなかったとすら言われている。

 そんな偉大な人間の後ろ暗い部分――それがこの記憶魔石には記録されていた。

「この記憶が正しいなら――騎士団は事件を隠蔽してる……」

 ヴォルトの意志とは関係なく瞼が降りる。彼はあまりの疲労感にそのまま意識を失った。

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