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悲愴の魔術師  作者: 黒錆 聖
第一章 事件性のない小火
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束の間


 精神的にも肉体的にも限界とばかりにヴォルトはやつれた顔で、騎士団本部の敷地内を寮の方へ向かってとぼとぼと歩いていた。さすがのルドアもその疲労を隠せず、黙りこくってただヴォルトの後ろを追っている。

 空気は最悪だ。原因が二人にあるわけではないが、かき乱された感情の整理がつかず、今はお互いに干渉したくないと感じていた。言わずとも示し合わせたかのように二人が無言歩いていると、その静けさを押しのけて、二つの少女の笑い声が聞こえてきた。

 二人が進む道の先、夕日に染められた白くて四角い簡素な見た目の女子寮の、その入り口の手前に人影が二つ見える。腰まで届く銀髪の少女とセミショートの赤髪の少女が親し気に談笑している。そこにあったのはルナとアゼリアの姿だった。


 二人に接点はない。どう考えても今日が初対面のはずだが、まるで親友かのように親密そうな雰囲気を醸し出している。

「あ、ヴォルトだ。おーい!」

 ヴォルトの姿に気が付いたルナが両手を大きく振って彼の事を呼ぶんでいる。

それを真似るかのようにアゼリアもルドアに向かって大きく手を振った。

「ルドアちゃんだ。おーい!」

 そんな二人の微笑ましい姿に、なんだか実家に帰ってきたような強い安心感を覚えて、ヴォルトもルドアも先ほどまでの重苦しい空気はどこへやら、自然と表情が明るくなっていた。

 ルナとアゼリアの目の前までやって来た二人は足を止め、話に加わる。

「何よ。もう仲良くなったの?」

「まぁね。部屋が隣だったから挨拶に行ったら、結構気が合っちゃってさ。私、人の懐に入るのが得意みたい」

 両手を腰に当て、胸を張って自慢げに話すアゼリアに、ルドアはクスっと笑ってみせる。

「知ってる」

 このやり取りを見ているだけでも二人がいかに親密かがひしひしと伝わってくる。その和やかなムードに混ざってもいいものか。ヴォルトがそんなことを考えていると、ルナが不意に彼のローブの袖をちょんと摘まんだ。

「アゼリアちゃんね。面白いんだよ。きゅうりの丸焼きとか変わった料理を知ってるんだよ」

「きゅうりって丸焼きにして食う文化があったのか……」

「意外とおいしいんだよ! だけど、普通はやらないもんなんだね……」

「私も聞いたことなかった――あれは生でサラダに入れるものでしょ」

「じゃあ揚げたり、茹でたりは――」

「――しないわよ」

 そんなとりとめのない会話が続き、今日の一連のドタバタがまるで無かったみたいに穏やかな時間が過ぎた。

 そんな時、ふとヴォルトは重要な事を思い出し「そういえば――」と話を切り出す。

「俺は今日どこで寝泊まりすればいいんだ? あれから何かジルフは言ってきたか?」

 そうルナに問うも、彼女は大きく首を横に振る。

「うーん。何も言われてないんだよね……」

 概ね予想通りだったが、今日もヴォルトには女子寮のあの一室しか泊まり先がないらしい。それを知って、折角さっきまで忘れていたのにヴォルトの身体に疲れがドッと押し寄せてきた。思わず顔が険しくなる。

「じゃあさ」と口火を切ったのはアゼリアだった。

「ルナちゃんは私たちの部屋に泊まらない?」

「私たち?」

「あぁ言ってなかったけど、私とアゼリアはルームメイトなのよ」

「うん。だからね。私たちの寮室にルナちゃんを泊めれば、ヴォルト君は男子一人で寝れるじゃんって話」

 ヴォルトは一度は「あぁなるほど」と思わず口にしたが、

「それ女子寮で寝泊まりするのは変わってないじゃないか……」

 すぐに気付いてツッコミを入れる。しかし、そんなことを言ってもきっと今の状況は変わらない。どこからともなく心に湧いてきた諦観の念に、もういいやとばかりにヴォルトは言葉が垂れ流しになる。

「もう駄目だ。今日はもう限界だ。余裕があったらその辺の草っ原ででも寝てやろうかとも思っていたが、そんな気力も体力ももうない。何も考えずにもう寝たい」

 そんな彼の様子を見た三人からハハハと乾いた笑いが漏れた。


 +


「休む前に、夕飯でもどう?」

 そんなアゼリアの言葉に甘えて、食事に招かれたヴォルトは彼女たちの寮室を訪れていた。

 意外にも手料理が得意だと語るルドア。彼女が作った芋のポタージュと、同じく手ずから焼いたというバターロールを四人で囲み、リビングで談笑を交えながら夕食を取った。

 話した内容といえば、好きな料理の話やアゼリアの寝相が悪いというようなただの雑談ではあったが、それはそれで楽しく。有意義な時間が流れた。

 夕飯を終え、キッチンでルナとルドアが和気あいあいと話しながら並んで後片づけをしている。そんな二人の姿をリビングの椅子に腰かけながら、ヴォルトはただ眺めていた。

(ルナは俺に似て引っ込み思案な性格だと思っていたのに……。それがこうも親し気に話せる友達ができるなんて……)

 まるで娘を想う父親のような心境で感慨にふけっていると隣に座っていたアゼリアがヴォルトの肩を手でポンと叩いた。

「よっ! どうしたの? 悩みなら私が聞くよ?」

 どうやら物憂げな表情で、ぼーっと一点を見つめる彼の姿に何か誤解をしたらしい。アゼリアのその言葉に、ヴォルトは軽く微笑みながら返す。

「別になにも悩んでなんかないさ。ただルナが楽しそうにしているのがなんだか嬉しくてな」

 しかしヴォルトの微笑みはすぐに引っ込んでしまった。考えてしまったのだ。ルナが内向的にしか振舞えなかったのは、もしかしたら自分のせいなのかもしれないと……。

「ここに来る前は田舎の過疎村に住んでいたから、きっと同年代との交流もなかったんだと思う。三年前に俺のせいで引っ越して、それで――」

 そこまで言って、ヴォルトはハッと我に返り口を閉ざした。言う必要のないことまで言葉にしてしまった。そう思って顔が険しくなる。

「悪い。聞かなかったことにしてくれ」

 自分の弱い部分を見られて、恥じらいとも焦りともとれる複雑な感情がヴォルトの心の中にぐるぐると渦巻いている。


「誰にだって、心の中に暗いものはあるものだよ」

 底抜けに明るいはずの彼女から聞いたことのないほど暗い声色が聞こえて、ヴォルトは「えっ?」と驚きの声をもらした。表情に影を落とした彼女はそのままのトーンで話を続ける。

「これでもね。私、ちょっと前まではひきこもりだったんだ。どうしようもないくらい辛いことがあって……。ずっと逃げるみたいに部屋にこもってた……。でもね――」

 ――それまで暗かった彼女の声色が、小さな希望が宿ったかのように少し明るくなる――。

「――ある日、窓の外を見ていたら、私と変わらないくらいの歳の子たちが楽しそうに遊んでて、それを見て私もああなりたいって思ったの。私もまだ途中なんだ。変わっていく途中……」

 愁いを帯びた彼女のその表情が、まるで別人みたいで、そんな彼女から感じる張り詰めた寒空のようなその空気に飲まれて、ヴォルトは黙って聞いている事しかできないでいた。

 その愁いを隠すみたいにアゼリアはいつも通りの笑顔になって言う。

「お互いに暗い話をしたから、これでお相子だよね」

 アゼリアはヴォルトの手を取ると握手するように繋ぎ、ぶんぶんと振る。

 これは彼女なりの励まし方だったのだろうか? すこし気がかりに思いながらも、ヴォルトはその言葉に頷いて見せた。

「――あぁそうだな」

 昼間ルドアが口にした――彼女の心配な部分を垣間見たような気がして、その危うさがヴォルトの内で漠然とした胸騒ぎを生んでいた。


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