婚約破棄とは誓いを破ること でもおかげで初恋が実りました
誤字脱字報告 どうもありがとうございます。
グラナダ王国の、王立学院高等科卒業式の謝恩パーティーにおいて、この国のたった一人の王子であり王太子であるアーネストは高らかに宣言した。
「私、王太子アーネストは、ただいまをもってサティアス公爵家令嬢アルディアとの婚約を破棄する」
会場はシーンと静まり返る。
皆がアルディアを見つめていた。
「後悔なさいませんか?」
「後悔などするものか!
私の愛するのは、この愛らしいコリーンだけだ。
見苦しい真似はよせ。お前のような堅物を婚約者としていた苦しみがわかるものか!
私は愛するものと結ばれたいのだ」
アーネストは傍らにいる可憐な少女、コリーンに誇らしげな笑みを見せた。
そんな王子を見て、アルディアはふぅと息を吐いた。
「確認ですが、殿下は、三年前学院高等科に入学する前に、私とした婚約式の宣誓を覚えていらっしゃいますか?」
「何をいまさら」
「大事な事なのです、私は一言一句覚えております」
「それがどうした」
「殿下の誓いの言葉はこうでした。
『私アーネスト フォース グラナダは王太子として以下の誓いをするものである。
アルディア サティアス公爵令嬢と婚約を交わす。この者を将来の伴侶と定め固く節操を守る事を誓う』
と神殿で宣誓されたのです 」
「だから何なんだ!」
「この宣誓は神殿で神の御前にて行いました。
つまり神に誓った契約なのです。
これが反故にされるということの重大さがわかりませんか?」
なおもイライラを増すアーネストに、アルディアは溜め息を吐いた。
「わからぬようじゃのう」
突然、威厳のある声が割り込んできた。
「国王陛下!」
「父上!」
国王は、アーネストをギロリと睨む。
「アーネストよ、そなたは神との誓いを破ったのだ。
三日前の夕方、一度だけ雷鳴が響いたであろう。
その時、そなたはどこで誰といた」
アーネストの表情が固まる。
「・・・コリーンといました」
「あれは宣誓を破ったことに対する怒りの雷じゃ」
国王の顔は青ざめていた。
アルディアは国王の言葉を引き継ぐ。
「殿下は、『王太子として』誓いました。
『私を・・・アルディアを伴侶とする』と。
もし、三日前に殿下のおそばにいたのが私なら誓いを破ったことにはならなかったでしょう。
そして本日、『婚約破棄』を行った」
「殿下は神との誓いをことごとく破った。
残念なことです」
アーネストはイライラを爆発させた。
「さっきから何を言っているんだ!」
国王が合図をすると、うやうやしく文箱を持った神官が二人現れた。
一人が国王の前まで来ると跪き文箱を開けた。
国王が中の証書を取り出す
それは中央が焦げついていた。
おおー
会場がどよめく。
「これは三年前のアーネストの婚約宣誓書だ」
アーネストの顔が蒼白になる。
「お前は王太子として宣誓した婚約者がいるにも関わらず、他の令嬢と不貞を行った。そして本日、公衆の面前で王族でありながら恥ずかしげもなく不貞を行った令嬢を連れ歩き、さらには落ち度のないアルディア嬢を貶めた」
国王は大きく息を吐き言葉を続けた。
「アーネスト フォース グラナダ、そなたの王太子の地位を剥奪する。沙汰は追ってする。
そしてコリーン ファイル男爵令嬢、懐妊の可能性もあるのでしばらく身柄は城におく。
二人を連れて行け」
そして場を騒がせた二人が退場すると、周囲がざわつき出した。
王太子が神殿での誓いを破り、公爵令嬢を婚約破棄、そして王太子の地位を剥奪、何とセンセーショナルな出来事だろう。
空いた王太子の地位は誰がつくのか 国王の子供はアーネストのみ。
やがて視線はアルディアへと集まり始めた。
アルディアの今後がどうなるのかが気になるのだろう。
「皆のもの、折角の卒業祝いの席に水を差してすまなかった。
卒業生には後日、改めて王宮で祝いの席を用意しよう。
我々はこれで引き揚げるが、この後の時間も楽しんでくれ」
陛下はそう声にすると、アルディアを促しその場を後にした。
控室に案内され、陛下はアルディアに席を勧めた。
「陛下」
「アルディア嬢、申し訳ない事をした」
「いえ。仕方のない事です。
陛下、私は修道院に入ろうと思います。
私も、将来王太子妃となる誓いを立てましたから今さら・・・」
「いや、そなたの宣誓書を確認するといい」
そう陛下が言うと、さきほどのもう一つの文箱が開かれアルディアに差し出された。
彼女はそれを受け取り中身を確認する。
そこにはこう記されていた。
『私、アルディア サティアスは、王太子を支える伴侶となるべく婚約を交わす。固く節操を守る事をここに誓う』
「わかるかな?
アルディア嬢の宣誓書にはアーネストの名は記されておらぬのじゃ。
意図して宣誓書の文言は作られておる」
国王の言葉にアルディアは驚く。
「今代、公爵家で王家に嫁げる年齢の令嬢はそなただけ。
王家も私の息子はアーネスト一人だが、能力の問題でアルディア嬢の力なしには王位の維持も難しくなる。
今回の茶番でわかっただろう。
アーネストの能力の低さが。
ところで、私に弟が居るのを知っておろう」
「勿論です。ウォルフ王弟殿下ですね」
「私とウォルフは年が離れているが、やつはとても能力の高い男だ。
今は閑職についているようにみえるが、王家直轄領の管理をしておる。なかなかどうして大した手腕だ。
結婚話もあったが、女の争いをみて嫌気がさして社交には全くでとらんかった。
今では、無表情の変わり者扱いをされておる」
「でも以前は王宮にいらっしゃいましたよね。
王太子妃教育の日によくお会いしました。
とてもお優しい方です。
私が、アーネスト殿下と行き違いがあって泣いてしまった時、お茶に招いて下さって、話を聞いて慰めて下さいました」
「ウォルフから聞いておる。
アーネストの不足をアルディア嬢で補おうとするな、とね。
私の思惑を見抜かれておった」
国王は自嘲気味に笑った。
「アーネストは、神殿での神聖な神との誓いを破った。もう王太子ではいられぬ。
次の王太子は、我が弟ウォルフとなる。
アルディア嬢、ウォルフの婚約者となり王太子妃となってはくれぬだろうか?」
アルディアは頬を朱に染めた。
彼女自身、幼い頃からウォルフに惹かれていたから、こんなに自分に都合がいい事が起こるなんて信じられなかった。
でもウォルフはどうだろう。
「ですが、ウォルフ様のお気持ちが・・・」
彼は女性を寄せ付けない。
幼い頃ならともかく、今はアルディアも成人女性だ。
嫌がられたら・・・。
「なぁに、やつはアルディア嬢を好いておる。
アーネストが相手ではアルディア嬢が可哀想だと何度も苦言を呈された。
やつはアルディア嬢のことになると饒舌になる。
他の人間相手でそんなことはなかった」
「はぁ・・・」
信じられなくて、国王相手におかしな声を出してしまった。
「まぁよい。これからウォルフを王宮に呼び戻す。
来たら、使いをやるから話してみるといい」
「承知しました」
数日後、アルディアは王宮の貴賓室に呼ばれた。
そこにはウォルフがいた。
彼はアルディアに向かい合った。
「サティアス公爵令嬢、この度は甥のアーネストが申し訳ないことをした」
驚いたアルディアは反射的に頭を深々と下げてしまった。
「王弟殿下。
こちらこそ、王太子妃教育の折にはお心遣いいただきましたのに、期待を裏切る形になってしまいお詫びの言葉もございません」
お互いに謝罪の言葉を口にする。
「いや。サティアス公爵令嬢に非はありません。
国王陛下からお聞き及びかと思いますが、アーネストに代わり王太子となることが決まりました。
陛下からはサティアス公爵令嬢を妃に迎えるようにとのことでしたが、貴女はまだ若い。歳の離れた私の妃にならずとも良い縁があるのではないかと思います」
ウォルフからはアルディアを妃にしないとも取れる発言が出た。
これに対しアルディアは咄嗟に問いかけた。
「王弟殿下は私が妃ではお嫌でしょうか?」
ウォルフは驚きで目を瞬かせた。
「とんでもないことです。
貴女のような素晴らしい女性は、私が知る限り他にいません。
しかも幼少期から努力を重ねていたのも知っております。
私は、貴女が王太子妃に延いては王妃になられるのを楽しみにしておりました。
まぁ、その相手がアーネストなのが不足でしたが。
でも、私ではもっと不足です。
貴女には是非とも幸せになっていただきたい」
アルディアは、ウォルフの言葉を噛みしめていた。
ーーーー私に幸せになってほしいと・・・。
アルディアは、公爵令嬢らしからぬ物言いをした。
「私は、なれるならウォルフ様の妃になりたいと思っています」
ーーーー失言してしまった!
ーーーーウォルフ様と名前を呼んでしまった!
「申し訳ありません。お許しも得ず、お名前をお呼びしてしまいました」
アルディアは思い切り頭を下げた。
ウォルフはそんなアルディアに表情を崩す。
「ふふっ、かまいません。私もお名前をお呼びしても?」
「はい! もちろんです」
ウォルフは躊躇いがちに、確認するように問いかける。
「先ほど、私の妃になりたいと言っておられたが、真に受けてもよいのでしょうか?」
「はい。私でよろしければ・・・」
アルディアの顔は夕焼け空のごとく真っ赤に染まる。
食い入るようにウォルフを見つめた。
ウォルフはふわりと微笑み、アルディアの前で跪くと彼女の片手をとった。
「アルディア嬢、私と結婚して下さい」
と真摯に見つめる。
アルディアは感情が昂ぶりすぎて涙がこぼれてしまう。
「は、は・・・い。よろこんで・・・」
アルディアは空いた方の手で顔を隠した。
恥ずかしくて、でも嬉しくてどうしていいかわからなかった。
ウォルフは立ち上がるとアルディアを抱きしめた。
天にも昇る心地とはこの事かとアルディアは思った。
初恋は叶わないものだといわれるけれど、アルディアの場合は叶ってしまったらしい。
ーーーー私の幸せを願ってくれたウォルフ様を幸せにしたい。
アルディアはウォルフの腕の中で、心からそう思った。
アルディア 18
アーネスト 19
ウォルフ28
国王陛下40
コリーン 18
アーネストは婚約破棄後、神の赦しを乞うため王都から離れた神殿で神官として10年勤めた。
その後、以前ウォルフが治めていた王家直轄領を管理することとなる。
管理を助ける優秀な副官の女性(貧しい伯爵家三女)に恋心を抱くようになり、口説き落として結婚。幸せに暮らしました。
あまりの幸せに時々、あの愚かな婚約破棄は君と出会うためだったのだと自己陶酔して、妻にお説教されている。
コリーンはアーネストの子を懐妊しておらずその後、家に戻されるも老齢の貴族に嫁入りさせられそうになり家から出奔、平民となる。ウェイトレスをして働いていたところ裕福な商会のボンボンに見初められ結婚、意外な商売力を発揮し商会を大きくする。女は男に幸せにしてもらうんじゃなくて、自力で幸せになるのが最高の人生。と己が娘に教育したとかしないとか。