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後編

読んでいただいてありがとうございます。

 バルバ帝国皇帝ユージーンは、鍛えられた身体を持つ武人だが、内政もよくこなす皇帝だった。

 彼の後宮には、今まで八人の妻が嫁いできたが、帝国内の貴族だったり、どこかの国の王女ばかりだ。

 そんな場所に新しく嫁いできた九人目の妻は、リンド王国という小国の公爵令嬢だった。

 ユージーンはここのところ毎夜、その九人目の妻を抱きしめながら就寝していた。

 腕の中で妻が身じろいだ。


「……眠れないのか?」

「……申し訳ありません、陛下」

「謝る必要などない。心配事でもあるのか?オーリィ、俺に話してみろ」


 オーレリアの頬を優しく撫でると、オーレリアはその手に自分の手を添えた。


「陛下は、どうして私のもとに通ってくださるのですか?」

「決まっている、お前に惚れているからだ」

「まぁ、ご冗談を」


 くすくすと笑うオーレリアにユージーンも小さく笑った。


「冗談ではないのだがな」

「……本気ですか?」

「あぁ。最初はあのノウジュ公爵の娘が来ると知って、ちょっと顔を見たかっただけだったんだ」


 リンド王国のノウジュ公爵は、外交官として強国相手だろうが強かな交渉をする狸親父だ。

 見掛けはあんなナイスミドルなのに、のらりくらりと会話をしながら譲歩を引き出す手腕に帝国の外交官たちが悔しがっており、ユージーンを大変愉快な気分にさせてくれる貴重な人材だった。

 本来ならリンド王国からは、ベリンダという名前の王女が嫁いで来る予定だった。

 また王女か。つまらんな。

 そう思い、適当な年数後宮に置いたら、誰かに下げ渡すか帰国させようと思っていた。

 だが、リンド王国から諸事情で王女は嫁ぐことが出来なくなり、代わりにノウジュ公爵令嬢を送るとの知らせが来た。ついでにノウジュ公爵がリンド王国での爵位を返上して、帝国についてくる、と。

 ユージーンは、向こうがタダで有能な外交官を手放すはずがないと思い調べさせてみれば、何ともお粗末な事態の尻拭い的なものだった。

 正直、その場で大爆笑した。

 あの国は馬鹿なのか、と笑ってやった。

 オーレリアも長年の婚約者に捨てられた直後に帝国に来たのだ。そんな気にもなるまいと思って、手を出す気はなかった。ただ、父親に対する手札の一つとして考えていた。

 だが、実際に会ったオーレリアは、その儚い外見と穏やかなしゃべり方とは裏腹に、ずいぶんと鋭いことを言ってユージーンを楽しませた。

 さすがにあのノウジュ公爵が育てた娘だと納得出来た。

 だが、彼女の言葉は、客観的なものばかりで、見事に自分を隠していた。

 それが面白くなくて、オーレリアの本心が聞きたくて何度も通っているうちに、気が付いたら彼女に夢中になっている自分がいた。

 不思議とオーレリアにかまう自分に悪い気はしなかった。

 オーレリアは、自分の個性ばかりを出す馬鹿な寵姫気取りの女たちとは違い、ユージーンがいかに心地良く過ごせるかということを気にかけてくれる娘だった。

 ユージーンもそろそろ正妃を決めなければならない。

 妃の実家の権力など必要ない自前の権力をしっかり持っている皇帝なので、その気になれば下町の娘だろうが正妃に出来るのだが、オーレリアがいい。

 問題はオーレリアが正妃になることで、他国出身の皇妃の実家が帝国内で力を持つことはよくない、とか言ってあの狸親父が屋敷に引きこもろうとしていることだ。

 せっかく来たあの狸を使わない手はないのに。


「お前の親父殿は、うちの外交官たちを泣かせるプロなんだ」

「泣かせる……?父がですか?」

「そうだ。小さな国とはいえ一応は国だ。しかも鉱山資源が多い。それなりに色々と交渉することはあるのだが、毎回、うちのやつらが五分くらいの交渉を認めさせられて悔しがっていたぞ」

「まぁ」


 家ではとても愛情の深い父なのだが、帝国から見ると厄介な相手のようだった。


「お前と一緒に引っ越してきたのをいいことに、あいつら、熱心に通っているんだよ」


 そして、晴れ晴れとした大変良い顔で次の交渉の場へと旅立っていっている。

 その中に帝国の外交のトップが交じっているのはどういうわけだ、とユージーンは呆れた。

 問いただしたら、他国からいらした方ですから、この国では勝手が分からずに困ることもあるでしょう。ですから、不自由がないかどうか伺いに行っているだけです、と笑顔で返答された。

 そのついでに長年、小国の外交官として、我が国相手でも一歩も引かない交渉をされてご活躍なされていた方のお話を聞かせてもらっているだけだ、ということらしい。

 外交のトップに据えても、どこからも文句が出ないんじゃないかと思っているのだが、文句は当の本人から出ている状態だ。


「そういえば、父を慕ってリンド王国から何名か来たと手紙に書いてありましたが……」


 皆、父の元部下で、家やら何やらに全く未練がない男爵家や子爵家の次男とか三男なので、気軽に国を出てきたらしい。


「そいつらは全部かっさらってうちのやつらの下に付けた。人手不足が解消されたと喜んでいたぞ」

「まぁ。他国の人間でもかまわないのですか?」

「もちろんだ。優秀なら出自は問わん。向こうの大陸にある国では、積極的に他国の優秀な人材を採用しているらしくてな。うかうかしていると、こちらの大陸の人間も持っていかれかねない。それくらいなら、うちで使うさ」


 数年前に一度だけ会ったことのある女王は、人前では笑顔を絶やさない一見優しそうな女性だった。

 隣にいた宰相の方は、あからさまに出来る男だったが。

 どちらも一筋縄ではいかない厄介そうな相手ではあるが、海を隔てた大陸にある国なので、帝国とは基本的に争うことはない。むしろ良き貿易相手だ。


「リンドに埋もれている人材がいるのなら、勧誘するゆえ教えてくれ」

「私が知る限りでは、お薦めできる方はもうおりませんが……」

「そうか。……オーリィ、リンド王国が欲しいか?」

「え?」


 突然、国が欲しいかと言われてオーレリアは驚いて、上半身を起こした。

 ユージーンも同じように上半身を起こし、オーレリアの頬に触れた。


「あの国はオーリィを裏切った。お前の居場所を奪い、お前をここに追いやった。お前のことなど何もなかったことにして、自分たちだけの幸せに浸っている。だが、オーレリア、お前の心はまだあそこに置いてきたままなのだろう?」


 ユージーンの言葉に、オーレリアの心臓がどくどくと大きな音を立てた。

 いくら一晩中泣いて、この国に嫁ぐことを無理矢理、自分の心に納得させたところで、そんなすぐに切り替えられるものではない。

 オーレリアが受け取ったのは、あの誰かに都合の良い命令だけだ。

 帝国に嫁ぐための勉強は、ある意味、現実逃避をさせてくれた最高の手段だった。

 父はずっと心配してくれていた。けれど、オーレリアは責任ある公爵家の娘として生まれ、そうあるように教育されてきた。

 オーレリアの本当の気持ちは、誰にも言えなかった。


「……わたし、は……」

「欲しいのなら、リンドを潰してお前の直轄領にしてもいいぞ」


 いとも簡単に言ってくれる。だが、帝国にとってリンドはその程度の相手なのだ。

 鉱山資源も帝国の方が多く、珍しい鉱石が採れるといっても絶対に必要な分量ではない。あの程度の埋蔵量の鉱山なら、どこかを開発すればすぐに出てくるだろう。単純に鉱山開発の手間をはぶいてその余力を他に回すために、リンドと取引きしているにすぎない。

 周辺国に手を回し、リンドと取引きせずに帝国と取引きをするように命じてしまえば、鉱山の意味はなくなる。掘っても売れない鉱山など、残しておいても仕方がない。その上で、閉鎖された鉱山を帝国か、その息の掛かった者に買い取らせればいい。

 それだけであの国の存在意義は失われる。

 残るのは、僅かな農地と何もない山だけだ。

 国として成り立たなくなるのは目に見えている。国民たちは、帝国の属国ではなく、直轄領になることを望むだろう。その方が、人も物も流れてくるし、税金の面でも優遇される。

 それにそこの領主になるのは、リンド王国出身のオーレリアだ。

 もしそうなった場合、きっと誰もがこう思うのだろう。

 オーレリア様の直轄領になったから、これからは生活が楽になるぞ、と。

 その時、元の王族や貴族がどういう行動を取るのかは分からないけれど、すくなくとも、ベリンダ王女はオーレリアの下になることをよしとしないだろう。

 オーレリアは、まじまじとユージーンを見た。

 

「多少手間だが、あの辺りの小国をまとめて潰す良い機会だ。小国同士の連帯とか知恵なのかは知らんが、小虫どもが沢山いるのはうっとうしい。あの辺り一帯をお前の領地にすればいい。幸い、リンドは帝国との約束を破った。王女を送ると言っていたくせに、送ってきたのは公爵令嬢だからな。最低でも、お前を養女にするなりなんなりして、王女という肩書きを与えるべきだったな。まぁ、俺にとっては、お前が送られて来て良かったが」


 おかげで俺の正妃が見つかった。

 そう言って笑ったユージーンは、オーレリアが頷けばすぐにでもその策を実行しただろう。

 オーレリアはそっと目を伏せた。

 帝国に来るまでずっと住んでいた慣れ親しんだ場所。

 小さな国だが、思い出はたくさんある。

 ユージーンは、オーレリアに本当のことを言えと迫っている気がする。

 幼馴染の婚約者を寝取られて、憎いのだろう?

 あの国を、あの王女を、許せないのだろう?

 そう言われている気がする。けれど……。

 

「……いいえ、陛下。私はあの地を望みません」

「ほう?いらないのか?」

「はい。もしここではいと言えば、陛下はきっとすぐにくれます。でも、それをしてしまったら、あることないこと噂されてしまうでしょう」

「はは、皇帝におねだりする強欲な妻と色欲に溺れた皇帝か?それもまた面白そうな噂ではあるな」


 実際の皇帝を知る者は笑い飛ばすだけだろうが、接点のない民たちは好き勝手に噂するものだ。

 特にそれが後宮に近い者から出た話の場合は。


「ついでに女共も始末するか?俺の機嫌を損ねる女は後宮にはいらぬ」


 実際、今でもオーレリアのことについて悪く言う者は多い。

 しょせん小国の公爵令嬢。陛下は毛色の変わった娘が珍しいだけだ。すぐに飽きて捨てられるだろう。

 そう噂して、真の寵愛は自分にあるのだと囀く。

 この帝国の後宮内では、明確な階級が存在する。

 当然、一番上は皇妃だ。

 その次は側妃。

 そして、なんの称号も持たない妻たち。

 「妃」の称号を持つ者たちは、多少なりとも表の仕事に関わることが出来る。

 皇帝主催の会や公式行事の時など、表に出ることを許されている。

 だが、妃の称号を持たない者にその権利は一切ない。

 ただ、後宮にいて皇帝を慰めるだけの存在だ。

 一番目とか二番目とかは、単純に後宮に入った順番を現しているだけで、ユージーンは誰にも妃の称号を与えていない。

 まぁ、過去の皇帝の中には、そんな存在に溺れた者もいたが、ユージーンも同じだと思われているのは腹が立つ。

 

「お止めください、陛下。中には、帝国でも有力な家の出身の女性がいらっしゃいます」

「何ならその家ごとやるか?」


 ユージーン本人は後宮など面倒くさいだけだったが、さすがに皇帝の仕事の一つとして次代を作るということが含まれるのは承知している。

 これからオーレリアはユージーンの全てを支えていくのだ。ユージーン自身が望んでいない女のために、その心を煩わせる気はない。


「仕方ない。全員、誰かに渡すか、家に帰らせよう。文句を言ってきたところだけ潰す」


 皇帝の性格をよく分かっている者なら大人しくしているだろう。そうじゃない者たちなど、何をしようが邪魔になるだけだ。


「陛下」

「ユージーンと呼べ」

「……ユージーン様」

「まぁいい。リンドは放っておこう。だが、あの国の寿命が少し伸びただけだぞ」

「……はい。分かっています」

「それに、終わり方も良くないだろうな」

「……はい……」


 リンド王国は、きっちり二つに分かれていた。内政の王家と外交の公爵家。

 公爵家がなくなり、育ち始めていた若い芽もいなくなった。

 リンドは、これで外への目を失ったのだ。

 山に囲まれた小国だからこそ、他国の情勢を知るためには自ら外に出て行くしかない。

 新しい外交官を任命するのだろうが、今まで積み上げてきた実績が違う。

 彼らは他国の者たちにいいように丸め込まれて、リンドが不利になるような条件ばかりを突きつけられるのだろう。

 今まで、適正価格だった鉱物が、安い値段で取引きされていくのだろう。

 安くても、国家間で決められた量は約束通り出すしかない。

 外に売る物は安くなり、国に入ってくる物は高くなる。

 その果てにあるのは、その取引きを決めた王家に対する暴動か、それとも他国との併合か。

 王女を出すという帝国との約束も、娘可愛さに簡単に破るような国王だ。そのうち、他国ともめるのは目に見えている。


「やれやれ、これが娘を蔑ろにされた父親のささやかな復讐なのかな?」

「止めない私も同罪です」

「オーリィは俺の悪名を嫌っただけだ。お前のせいじゃないさ」

 

 ユージーンはオーレリアの頭を軽く撫でた。

 ユージーンの頭の中で、あの公爵がにこやかに微笑んでいる。

 ささやかと言うには、なかなかの規模の復讐だ。

 何せ国一つ潰すつもりなのだから。

 一体何を考えて、外交を担う部下に訳ありで家との折り合いが悪い人間ばかりを集めたのだろう。

 まさか初めからこの事態を想定していたとか……ありそうだな、あの親父なら。

 だからあの狸親父が欲しいのに、のらりくらりとかわしやがって、とぶつぶつと悪態を吐く。

 

「オーレリアが本当にそれでいいのなら、帝国は手を出さない。だが、助けを求めて誰かしらが面会には来るかもしれないな。例えば、皇妃と親しかった者とか」


 楽しそうに言うユージーンにオーレリアは苦笑した。

 それはきっとあるだろう。

 厚顔無恥な国王は、当たり前のようにフレディに命令するのだ。

 皇妃はお前の元婚約者なんだから、何とかしてもらえ、と。

 夫婦で来るのなら、ベリンダ王女は皇妃の座に座るオーレリアに向けて叫ぶのかも知れない。

 その場所は、本来、私が座るべき場所だ。すぐに代われ、と。

 その隣でフレディが複雑そうな顔をしている姿が目に浮かぶ。

 

「愚かなことです。フレディ様への想いは、あの国に置いてきました。その頃には、きっと私の心を占めるのはユージーン様への想いだけです」


 今はまだ、これくらいの心で許してほしい。

 でも、このまま時を止めたりはしない。ちゃんと前に進むから。


「なるほど?」

「ユージーン様は、私がくじけそうになった時にこうやって慰めてください」


 そう言って、オーレリアはユージーンをその柔らかい胸に抱きしめた。


「……逆だろう?どう考えても、俺がお前を抱きしめる側だ」

「ふふ、たまには良いではありませんか」


 胸元にあるユージーンの頭を抱きしめて、オーレリアは微笑んだ。


「……置いてきた心など、そのまま埋めてしまえ。俺が新しい心をやるから」

「……はい……」


 ぽつりと降ってきた小さな水の塊に気が付かないふりをして、ユージーンはそのままオーレリアの細い肢体を抱きしめたのだった。


 

少しはざまぁ出来たかな、という感じです。

本格的なざまぁが、「誰のための幸せ」の8話から始まっています。よろしければ、そちらもご覧ください。

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― 新着の感想 ―
……リンド国、滅亡の鐘が聞こえてくる。 なんてね。(一歩手前か。) 高い代償を払わされますな、国王陛下? ※おまたの緩い方はとりあえず言及しない。 王妃「だから話を聞きなさいって、あれほど、あなたは…
ええと、その後、はありませんか?
[一言] 〉俺が新しい心をやるから 凄く素敵な殺し文句ですね。 オーレリアの心が救われました。
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