中編
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国王は、ノウジュ公爵令嬢に皇帝へ嫁げと命じた。
王妃様が怒っている理由はこれなのね。
オーレリアは王妃が怒った理由を察した。
国王はオーレリアを養女にする気など全くないようで、王女ではなく、公爵令嬢として嫁げと命じたのだ。
確かに手紙にも、オーレリアとベリンダ王女を入れ替えると書いてあったが、それは嫁ぎ先のことだけだったらしい。
オーレリアは、国王が本当にその意味を分かっているのか質問をした。
「おそれながら、陛下、皇帝陛下の下に嫁ぐことに否やはありませんが、帝国との約束では王女殿下を嫁がせることになっておりました。公爵家の娘である私でもよろしいのですか?」
オーレリアの質問に、国王は嫌そうな顔をした。
だが、これは、今ここではっきりさせておかなければならないことなのだ。
大勢の家臣がいる前で、国王が公爵令嬢を送るという決断をした。
それがいるのだ。
公爵家が勝手に判断したことではなく、国王が帝国との約束を破るのだという言葉がいるのだ。
オーレリア・ノウジュ公爵令嬢が、国王に確認をした上で嫁ぐという事実が必要なのだ。
「……我が娘には婚約者が出来た。ベリンダは外に出せん。ノウジュ公爵令嬢よ、其方は王家から分かれた公爵家の娘だ。其方がこのまま嫁げ」
「かしこまりました。公爵家の娘として皇帝陛下の下に嫁ぎます」
「うむ」
少しでも物事が分かる貴族は、国王の正気を疑った。
あの大帝国との約束を平気で破るのか、と。
そして、国王から今この場でその言葉を引き出したオーレリアを賞賛した。
だが、この場にいる者たちは、ノウジュ公爵の次の言葉で仰天した。
「国王陛下、娘の父親として一つお願いがございます」
ノウジュ公爵が一歩前に出た。
「何だ?申してみよ」
「はい。この度の急な事態により我が公爵家は、一人娘を国外へ出すことになりました」
国王はさらに嫌そうな顔をした。
これではまるで、公爵家を潰したいのかと責められているようではないか。だが、オーレリアをバルバ帝国に送ると決めたのは国王だ。
「それに娘も、慣れぬバルバ帝国に一人で嫁ぐのは心許ないでしょう。ですから我が公爵家は、全ての爵位及び土地を国にお返しいたします。その上で私は、娘とともに帝国に行きたいと思っております。お許しいただけますでしょうか?」
国の重鎮が、外交を一手に担っていた公爵がいなくなる。
その場にいる者たちは、全員ざわついた。
そんな中で、国王だけは内心喜んでいた。
これでベリンダに与える土地が出来たのだ。
それも裕福な公爵領だ。
ベリンダとフレディが結婚した後に、どこかの土地を分け与えなければと考えていたのでちょうどいい。
それに夫となるフレディは、元々公爵家に婿入りするための勉強をしてきたのだ。
問題なく治めていけるだろう。
そんな腹の内はさすがに隠して神妙に頷くと、国王は許可を出した。
「よかろう。ノウジュ公爵よ、長い間、ご苦労だった。娘とともに帝国に行くが良い」
その瞬間、隣にいた王妃が手に持っていた扇子をへし折りそうになっていた。
正面から見ていた者たちは気付いたが、隣の国王は全く気付いていないようだった。
「ありがとうございます」
「うむ。では下がるがよい。二人とも帝国に行く準備で忙しいだろうからな」
ノウジュ公爵とオーレリアが出て行き、国王と怒れる王妃、そして王女たちが出て行った後、その場にいた者たちはざわつきながらも解散した。
ここからは二通りに分かれるのだ。
国王に近づき寄生しようとする者たちと、いずれ国が滅びるであろうことを予想し、対策に走る者たちに。
この国において、ノウジュ公爵はそれほどまでに大きい存在だった。
「オーレリア!!」
家に帰ろうと父と王宮の廊下を歩いていたら、フレディが青ざめた顔のまま急いで走ってきた。
「ごきげんよう、フレディ様。そのように急いでどうされましたか?」
「バ、バルバ帝国に、嫁ぐって!」
「ベリンダ王女殿下が嫁げない以上、私が嫁ぐほかありません」
いくら王女にはめられたからといっても、それくらいのことは考える時間はあったと思うのだが、フレディは全く考えなかったらしい。
自分のことで精一杯だったのだろう。
フレディは許容量以上のことが起こると何も考えられなくなり、周りが見えなくなる時が多々ある。
今まではオーレリアがその分をカバーすればいいと思っていたが、これから先、それはベリンダ王女の役目だ。
オーレリアの役目はバルバ帝国に嫁ぐことになったのだから、もうフレディのことをかまってはいられない。
「お二人の結婚式には出られませんが、どうぞお幸せに」
「嫌だ、オーレリア!君がいなくなるなんて!!」
「……フレディ様はこうなった時に、これから先のことをお考えになりましたか?」
「え?」
「私は一晩中泣いた後に考えました。ベリンダ王女殿下はもはや、王女としての最大の役目を果たせません。代わりがいるのです。そしてそれは、私になるだろうと思いました。いくら嘆いても、時は止まってくれません。帝国との約束の時が迫っている今、身代わりを立てるしかないのです」
フレディはノウジュ公爵家をオーレリアと共に継いでいく予定だったので、帝国との約束がどのようなものであるのかも知っていた。
「でも、君が行くなんて……」
「……もうお戻りください、フレディ様。ベリンダ王女殿下がお待ちでしょう。幼い頃から共にいたあなたの幸せを、遠くバルバ帝国よりお祈りしております」
何も言わずに見守ってくれていた父を促して、オーレリアは王宮を出て行った。
屋敷に帰る馬車の中で、オーレリアは父と向かいあって座っていた。
「お父様、お父様まで一緒に帝国に行くなんて……驚きました。よろしかったのですか?」
父があの場で急に爵位を返上すると言い出すとは思っていなかったので、オーレリアは驚いていた。
「なに、かまわんよ。私ももういい歳だ。帝都に小さな屋敷でも買って、お前の帰りを待っているさ。老後の資金くらいはあるから心配するな」
いい歳と自分で言ったが、まだまだ若い父の姿には似合わない言葉だ。
「皇帝陛下の後宮に入っても、帰れるものなのでしょうか?」
「実はな、ここだけの話だが、皇帝陛下の後宮に入っても何年かすれば出られるのだよ」
「本当ですか?」
「あぁ、バルバ帝国では、皇帝の後宮にいた女性は尊ばれる。神に等しい皇帝陛下の近くにいることを許されていた存在ということでな。正妃はともかく、その他の者は皇帝さえ許せば帰れる。あまりに寵が深かったり、子供を生んでいるのでなければ、何年か後には褒美として下賜されたり、実家に戻って新たに嫁ぐことが出来るのだ」
「そうなのですね」
「そうだ、お前が公爵令嬢ということで皇帝陛下の手が付けられなくても箔は付くから、堂々と帰ってくればいい。他にも実家に帰ることは許されているしな。そうなると、私が近くにいた方がいいだろう?」
「はい、心強いです」
見たこともない、誰も知り合いなどいない土地に行くのだ。父が一緒に行ってくれるのならば、心強いことこの上ない。
「安心しろ。これでも外交官だったから、あちらの国にも知己はいる。すでに手紙は送ってあるので、家を見つけるのも助けてくれるだろう。だからね、オーリィ」
ノウジュ公爵は、オーレリアの隣に移動して、彼女を優しく抱きしめた。
「……その涙は、感動の涙かな?父の優しさに心打たれたのかな?……がんばったね、オーリィ。陛下やベリンダ王女の前でよくがんばったよ。陛下からの言葉も引き出してくれたし、公爵家の娘として満点をあげよう。フレディにもちゃんとお別れの言葉も言えたね。だから、もう少しの間、泣いていてもいいんだよ。可愛い私の娘」
「……おとうさま……」
あふれ出した涙が、抱きしめてくれた温かい父の胸を濡らしたのだった。