【ヒュー】縄張り争いに敗北した
ネコのやつはそのまま伴侶になってしまえばいいと言った。
毎晩、アーサーの布団に潜って暖をとっていたネコのやつは、ある晩、ヒト型の姿を見たいと言われて見せてやったら、その夜の内に食われたらしい。
ネコのやつも神獣だから、神がかった美女だ。
黒毛で薄い緑色の瞳で、神秘的だ。
ヒト型の身体をネコ型の時みたいにナデナデされてたら、ほこほこしてきて、ほろほろになったら食われたらしい。
ネコの姿でもとっても大事にしてもらっていたけれど、ヒト型はそれはもう猛烈に大事にしてもらえるそうだ。
ネコのやつの場合は、ネコのやつの方でもアーサーを誰にも渡したくなくなって、結婚することにした。
自分の成功体験を引っ提げて、俺様にもヒト型での夜伽をおすすめしてきた。
ヴィクトリアはきっと、悲しませるばかりの義弟よりも、ヒト型の俺様を伴侶にする方が幸せになれるって。
けど、俺様、それはちょっと違うと思った。
ヴィクトリアが望むなら、夜伽してもいいし、ずっとヒト型でヴィクトリアが死ぬまで一緒に老いてやることはできるけれど、俺様は一緒に死んでやれない。
俺様までヒトになったら、「神獣」のいない縄張りが広がってしまう。
俺様、「神獣」のままで心が動かなくなったヴィクトリアを助けたい。
ヴィクトリアとつがいになりたいわけじゃない。
ヴィクトリアとつがいになりたいのは、ヴィクトリアの義弟だ。
ヴィクトリアだって、神がかったイケメンの俺様を見ても、つがいになりたい感じがしない。
俺様、ヒト型で過ごしても、ヴィクトリアに食われたことないんだ。
多分だけど、俺様がヒト型でも、イヌ型でも、同じ「友達」に見えてる。
心が動かないからかもしれない。
唯一、ヴィクトリアの心を動かすことが出来る義弟は、悲しい気持ちにしかさせないけど、頑張ればそのうち嬉しい気持ちを感じさせてあげられるかもしれない。
俺様よりも見込みがあるように見えた。
ネコのやつに相談した後、俺様、ヴィクトリア本人にどうしたいか聞こうと思ってヴィクトリアの家に帰った。
そしたら、ヴィクトリア、心配そうにランパードからの手紙を握ってた。ドナテラが突然凄く優秀になって、ドナテラじゃないみたいだって。
ドナテラは優秀じゃないから問題だったけど、優秀でも問題みたいだ。
いずれにせよ、ヴィクトリアが心配しているんだから、そっちが優先だ。
俺様、「王」の家に様子を見に行った。
そしたら、ドナテラが何かに乗っ取られてた。
臭くて仕方がない嫌なヤツになってた。
聞いたことがあった。
「稀人」だ。
この世界にはたまに変な魂が紛れ込んでくる。
俺様、またネコのやつのところに相談に行った。
でも、ネコのやつの知っている話は、「稀人」がヒトを乗っ取って縄張りを汚したから、縄張り全体を水で洗い流したという乱暴な話だった。
その縄張りの生き物は、一旦、全滅したけど、またわらわら寄って来て、増えたから心配ないって。
「お前はアーサーも水で洗い流せるか?」
「私だったら『稀人』だけ殺す」
妥当な案だ。
「アーサーが乗っ取られたら、どうする?」
「『稀人』の魂だけ殺す方法、聞いて回る。きっと誰か知ってる」
俺様はアチコチ出掛けて、他の神獣に聞いて回った。
なんとなくいけそうなアイデアもらって、「か弱き者」の魂の扱い方を教えてもらった後も、俺様、欲張って、確実な方法、聞いて回った。
でも、「聖獣」のほとんどは、縄張りを洗い流すか、その「稀人」を殺せばいいと考えるから、情報が少なかった。
焦ってアチコチ移動してたから、失敗した。
好戦的なやつに縄張り争い仕掛けられて、俺様、ボロボロになった。
俺様、兎に角、自分の縄張りに逃げ帰った。
城に入る前に、シドの気配を探して、頼んだ。
「シドニアス、ヴィクトリアを頼む。あの子はもう、まごころと誠意でしか心が動かない」
「は? お前何様だ」
「ヒュー」
通じたかどうか、わからない。
俺様、自分を治癒しないとやばかった。
やばかったけど、ボロボロのまま、教えてもらった通りドナテラの精神に入って、ドナテラを探した。
「稀人」の魂が「か弱き者」の精神に入ったら、精神の縄張り争いが起きる。
ドナテラは戦いもしないで、「稀人」に身体を明け渡して、端っこでうずくまってた。
俺様、ドナテラの代わりに「稀人」の魂をやっつけようとした。
ボロボロでも「聖獣」だ。
このくらいならできる。
そしたら、ドナテラ、泣いて止めた。
俺様、自分も泣いたことあるから、涙に弱い。
ドナテラ、自分は乗っ取られて、ランパードに「おはよう」も言えなくなっているのに「稀人」の魂を殺すのを嫌がって泣いた。
俺様、優しい心はいい匂いだからいいことだとずっと思ってきたけど、優しい心のダメな面を知った。
ドナテラがいなくなると悲しいのはドナテラだけじゃない。
ランパードは、ドナテラが意地悪な人に変わってしまったと思って、心がズタズタだった。
ヴィクトリアも心配してた。
それなのに、「稀人」を追い出さないとか、俺様、理解できない。
ヴィクトリアも自分の心を押し殺しているけれど、心と体の主導権を別の魂に渡すようなことは絶対にしない。
乗っ取りの事由に納得して、ちょっとの間、身体を貸すことはあるかもしれない。
でも、自分の魂が食われそうになったら、殺し返すと思う。
敵わない相手でも必死に抗うと思う。
魂の縄張り争い、棄権しないと思う。
俺様、縄張り争いをしないドナテラにガッカリした。
俺様、ボロボロが限界に来て、自分の消滅の危機を感じたから、ドナテラの魂をひっつかんでドナテラの宝物の中に移植した。
俺様も一緒に入って、身体を休めるためにしばらく寝てた。