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【ヴィー】退屈な断罪劇

 【悪役令嬢】は、わたくしが6才から10才までの期間によく見た顔だ。


 その頃のわたくしは、この令嬢とランパードの婚約者の座を争っていた。


 傍目にわたくしたちは親藩最強の公爵家の娘と外様最強の侯爵家の娘だから、よく比較されてもいた。


 彼女は本当に心からランパードのことが好きなようだったが、わたくしは母の方針だからそこにいるというスタンスで、王太子の妃の座には興味がなかった。


 そのことを察した彼女は、わたくしのことをライバルだと認識しつつも、嫌ってはいなかったと記憶しているし、わたくしも密かに彼女の純愛を応援していた。


 不出来ながらも目標に向かってひたむきに努力を重ねる姿は、誰の心にも響くものだ。



 それに、そもそもわたくしは侯爵家の血を引く一人っ子だ。


 いや、間違った。

 義弟がいた。


 無意識に一人っ子だと口に出してしまったりするのが、義弟との姉弟関係が上手くいかない原因だろう。


 いずれにせよ、わたくしは生まれながらの次期侯爵なのに、王子の嫁になったら領地は王家の物になってしまう。


 断固反対だ。


 歴々脈々とこの国で「外様」扱いされてきた我が家の当主である母が、この国の王族との血の結びつきによる融和策をとりたがる気持ちも分からなくはない。


 子供の頃は家の方針に従って王太子の婚約者レースに参加するしかなかったが、この国の学園に通う不快な有象無象との交流はどうしても嫌で、ホームスクーリングを続けた。



 我が領地はこの王国の西辺で、代々、隣国との国境の守護を担ってきた。隣国は我が領の強さを正しく理解し、当家は隣国王族と対等の立場で遇される。


 留学すれば、王城に居室を準備してくれ、王子、王女達と兄弟姉妹のように育ててもらえる。


 我が領が隣国側に寝返るとすれば、それはこの王国の貴族達の我が家に対する不当な扱いに対する妥当な結果だ。



 兎も角も。


 10才になって、王太子の婚約者が【悪役令嬢】に決定したことで、わたくしは晴れて領地に戻され、そこからは春と秋に2度、義弟を訪ねる時のみ王都に足を運ぶようになった。


 あの頃の【悪役令嬢】は本当に幸せそうだった。

 王太子も【悪役令嬢】が好きだったハズだ。

 それが大衆の面前で婚約破棄なんて、この8年の間に何が起きたのだろう?



 何がきっかけで言葉を交わしたこともない【隣国王子】に乗り換えたのだろう?


 どうしてわたくしのことをあんなに憎しみの籠った目で見るのだろう?


 あの子は王太子が好きだったころ、ライバルのわたくしをあんな目で見たことがなかったのに……



「ケイくーん!」


 パリーン。


 考えに耽りながら断罪劇を鑑賞していたら、突如、【聖女】が大声で義弟の名前を呼んだことで、急激に現実に引き戻される驚きで、シャンパングラスを落としてしまった。



「義姉上、大丈夫ですか?」

 

 義弟は心配そうにわたくしの顔を覗き込んでいる。


「大丈夫。こんなに長い時間グラスを持ったまま立っていることなんてなかったから、右手が上手く動かなくなっただけ」


 そう言って、右手を見ると、プルプル震えて手が笑っていた。

 

「ああっ。義姉上。ご不快に気付かず申し訳ありません」


 義弟は自分のグラスを近くのウェイターに預けてわたくしの肩から手先までをさすり始めた。


 さっき、【聖女】に呼ばれていたけれど、無視して大丈夫か?



「ケイく~ん。協力して欲しいのぉ~。ケイが見た学園のいじめについて、知っていることをここにいる皆んなに教えてあげてぇ~?」


 再び【聖女】からお願いが飛んできた。


 【スパダリ】、【インテリ】、【脳筋】、【不思議ちゃん】の証言は終わったらしい。



「いじめ? 私が見たのはいじめではなく、拷問です。王太子殿下によるこのパーティー参加者全員に対する『水を持たせたまま直立姿勢を保たせる』拷問。コンコール侯爵ヴィクトリア様は右手が上手く動かなくなりました。目撃者は私だけではありませんから、詳細は他の人に聞いてください」


 わたくしは立ち眩みがして、その場に崩れ落ちた。


 ランパードによる地味な拷問の結果ではない。


 義弟が自国の王太子に噛みついたからだ。


 義弟は慌ててわたくしを抱え上げて、会場を出ようとしてランパードに止められた。



「ま、まて、ケイレブ! 逃げるのか?」


「逃げる? おかしなことをおっしゃいますね? あるじが体調不良なのです。連れて帰るだけです」


 これは、本当によくない。


 この断罪劇を途中で止めてしまったら……


 ん?


 止めてしまっても、文通相手はどうせ攻め滅ぼす路線で考えているから、大勢に影響はないのか……


 まぁ、それでも、出来るだけこの国の民が納得感を持って文通相手を新たな王として受け入れられるよう、この国の次代達の幼稚な実態を世に晒しておきたいというわたくしの願望が潰える。


 それにあの【悪役令嬢】の婚約指輪……


 よし。

 ここで義弟の忠誠心を試させてもらおうか?


 わたくしを抱えている義弟の首元に腕を回して、耳元で囁いた。


「我が家は隣国につく。ここで有力貴族を引きずり降ろせれば後が楽だ。観劇を続けたい」


「義姉上!?」


 義弟はぽかんとして、首を振って、満面の笑みの1セットに興じた後、ランパードに返答した。


「殿下、先に乾杯の音頭をとり、パーティーを始めてください。自由行動が許された状況下でならば、あなた方の聞きたいことに答えましょう」


 こうしてようやくパーティーは始まり、【悪役令嬢】側の反撃に切り替わった断罪劇は見たい人だけが見る演目の一つとなった。


 と言っても、国の頂点の次代達と親藩最強の公爵令嬢との断罪合戦だ。


 開始の乾杯を引き伸ばさずともそのやり取りはずっと注目を集め続けた。


 直立不動で見物しなければならないか、座ってのんびり鑑賞できるかの違いなら、後者の方が良い。


 わたくしには最前列に特別観客席が準備された。

 義弟のお姫様抱っこよりもはるかにマシだ。

 義弟は飲み物やら食べ物を甲斐甲斐しく取って来ては、わたくしに給餌した。


 制御不可能だから、好きにさせるしかなかった。


 義弟は王太子や【悪役令嬢】から具体的な質問を受ければ、その部分に関して自分の知る知識を答えたが、基本はわたくしの世話を焼いていた。


 【隣国王子】は、少し離れたところで立ち見することにしたようだ。


 ちょうどデザートのシャーベットを食べ始めた頃、一通りの断罪合戦が終わった。


 【悪役令嬢】は、王太子より国外追放を命じられ、打ちひしがれていたところに【隣国王子】が現れ、『図書館のヌシ』として身分を隠して学園に通って来た自分の本当の身分が隣国第3王子だと暴露。


 【隣国王子】が、国外追放になった【悪役令嬢】を自国に招待し、断罪劇は無事に終幕した。


 観客たちから拍手が起こったので、いい感じにまとまったのだろう。



「ヴィー。我々はこの辺で失礼させてもらおう」


 【隣国王子】は、【悪役令嬢】をエスコートすることなく、【隣国王子の婚約者】であるわたくしを迎えに来た。


 【悪役令嬢】は、後ろからついてきた。


 カイリーを含む【メインキャラの婚約者達】もぞろぞろついてきた。


 わたくしが立ち上がって【隣国王子】の手を取ろうとすると、義弟が【隣国王子】にまで噛みついた。



「義姉上、このハーレム野郎について行ってはなりません」


 君は狂犬か?



「ケイレブ。わたくしはこのハーレム野郎にここに連れてきてもらったのだよ。卒業式にも来るなと手紙を寄こした君が今更何を?」


「ヴィー。真面目に見ていなかったの? この令嬢たちは、私のハーレムではなく、保護目的の亡命者だよ? 婚約者の君とは別物だよ。さあ、帰ろう」


 このニッコニコの【隣国王子】は、何故、義弟をけしかけるようなことを言うんだ?



「ダメです。義姉上は、私と一緒に侯爵邸に帰ります」


 なるほど?

 義弟をけしかけて、パートナーを交換してカイリーを連れて帰りたいのだな?



「ふむ。マーカス。長きに渡って、面会拒否を続けてきた我が義弟がようやくわたくしと話をしてくれる気になったようだ。君はそこな義弟の妹を連れ帰ってくれるか?」


 これでよいか?



「君の家の事情は複雑のようだから、仕方がないね。カイリー嬢もそれでよいですか?」


「はい」


 ふむ。

 カイリーは、恥じらいながらも喜んでいる。


 隣国第3王子にパートナーとしてエスコートされた実績も残ってよいのではないか?


 【シスコン】のハズの義弟も黙認している。


 ふむふむ。


 こうして無事にパートナーの交換を終えたことだし、最後の仕上げといきますか。



「ドナテラ。ヒューはこの国の神獣だ。隣国に渡るなら、ヒューはここに置いて行きなさい」


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