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【ヴィー】壊れた義弟ケイレブ

 今、はしたないって言おうとしたか?


 人前で君に後ろから抱き寄せられているこの体勢の方がよっぽどはしたないと思うが!?


 それに君、この3年間、徹底的にわたくしを避けてきて、いきなり忠誠の礼をとったかと思えば、いきなり抱きしめるとか、人格が破綻してしまったのか?


 どう考えてもおかしいぞ?


 君、寄って来ちゃったから、この瞬間からわたくしの庇護下に入ったが、領地に連れ帰ったら最初にやることは医者に診てもらうことだな……


 というか、また衆目を集めてしまったじゃないか。



「ああ、目にゴミが入ったんだ。洗面台で洗い流してくるから、私のパートナーを守っていてくれないかな? はい、コレ、君にあげるよ」


 【隣国王子】は、【シスコン】に二人分のシャンパングラスを差し出して、溺愛していない方のシスター(義理姉)を託して立ち去ろうとしている……


 【隣国王子】は、見事に【シスコン】を【聖女】のグループから引き離すことに成功したと言えるだろう。



「義姉上、こいつとはどういった関係なのですか?」


 君、これまでの不義理を棚置きして、わたくしについて聞く資格、なくないか?



「婚約者だよ。婚約者。そうそう、忘れるところだった。ヴィー、彼とお話しするときは、これを使って、小声で、ね?」


 周到な【隣国王子】は、内ポケットから扇を取り出して、わざわざ開いた状態にしてわたくしに持たせた。


 こっそりこちらの作戦を教えてやれという意味か?

 信頼して大丈夫か?


 【隣国王子】の目線では、彼は恋人の双子の兄だから、未来の義兄として保護したいということか?


 ああ、こんなことなら、もっと詳しく話を聞いておくべきだった。


 とりあえず頷きを返して【隣国王子】を見送った。



「彼の正体は知っているか?」


 わたくしは【隣国王子】の指示通り、扇で口元を隠し、小声で義弟に話しかけた。



「ソワラ国第3王子マーカス、ですよね? 義母上の葬儀で見た顔です。身分を偽ってこの国の王都で学生をしているのは、義姉上の夫になるための顔つなぎですか? だとすれば、大失敗ですよ。あいつ、『図書館のヌシ』とか呼ばれて、友達ゼロですから」


「ぷっ。あの元気印が? 図書館のヌシ?」


 【隣国王子】はヌシの称号を貰えるほどに図書館に入り浸ってカイリーと会っているということだな?


 義姉ではなく、実妹の夫候補だよ?


 当家と隣国王家には何代も昔に締結された「いつか両家にいい塩梅の年齢差の子供が生まれたら結婚させましょう」というふんわりした政略婚約があって、完全にウソ話というわけではないが、両名の名前を指定した婚約は存在しない。


 でも、【シスコン】が実妹カイリーと【隣国王子】の関係に気付いて、この場で大騒ぎすると都合が悪い。

 本当の関係性は誤解のまま留め置くことにした。



「何故、私は何も聞かされていないのですか?」


「事情が込み入っているから、話をしようと思って面会申請しても、一度も会ってくれなかったのは君の方だ」


 ぴしゃりと言った。

 わたくし、会ってもらえなくて地味に悲しかったからな。


「……」



 卒業パーティの司会者が王太子ランパードが開始の乾杯の音頭を取るとアナウンスをしている。



「始まるようだね。わたくしは今回、余興のお芝居を観劇に来たのだよ。黙って鑑賞しよう」


「私の様子を見に来てくれたのではないのですか?」


「何を言っているのやら、卒業式は来ないでくれと手紙を寄こしたのは君だろう? 誰かの様子を見に来たとすれば、婚約者のマーカスの様子だろうに。でも、そうだね。卒業おめでとう、ケイレブ」


「はっ! 義姉上にお運びいただきまして恐悦至極にございます」


 義弟は緊張した面持ちに変わり、グラスを持ったまま再びその場に片膝をついて感謝を述べた。


 衆目を浴びるから、こういうの止めて欲しい。


 嫌がらせか?


 仕方があるまい。


 双子の妹カイリーにしたように扇を持った方の手で彼を立ち上がらせ、両頬に家族のキスを落とした。


 一方の手には扇、もう一方の手にはシャンパングラス、動きにくい上に義弟が顔を動かすから、頬を狙ったキスは限りなく唇に近いところに着地してしまった。

 しかも、両頬とも。


 一部、唇に触れてしまっていたが、無かったことにする。


 義弟は、ウルウルと歓喜に満ちた顔で、喜んで、る?


 こうやってみると、カイリーとケイレブは表情までよく似ている。


 ヒューみたいでかわいいかもしれない。


 じゃなかった。

 ああ、よろしくない。

 よろしくないぞ。

 また皆が見てる。


 壇上でグラスを掲げた王太子を見るべき時に、辺境の侯爵家の義姉弟の家族の挨拶が注目を浴びるなんて、失態以外の何物でもない。


 冷や汗が背中を伝う。


 とにかく義弟に前を向かせ、腕に扇ごと手を差し込んで前向きの姿勢を固定した後、ランパードに向かって「どうぞ」と言うように、小さく微笑んだ。


 というか、シャンパングラスを持った手がプルプルし始めたので、どこかに置きたい。ランパードよ、断罪劇の前に乾杯してくれないか?


 目で訴えてみたが、通じなかった。



「乾杯の前に皆に聞いてほしい話がある。ドナテラ公爵令嬢から聖女シャロンに対する執拗ないじめについて、そしてこれを受けた私とドナテラ公爵令嬢の婚約破棄についてだ。シャロン、前に」


 先程、わたくしを野蛮だと貶したゴージャスドレスの【聖女】がプルプル震えながら、王太子の胸に飛び込み、会場にどよめきが走った。

 

 それに続き、【メインキャラ】達が続々と壇上に上がり、【聖女】の近くに立ち並び始めた。


 当家の【シスコン】の義弟もその仲間入りするシナリオだったのだろうが、【隣国王子】は、義弟をわたくしの庇護下に入れても大勢に影響はないと言った。


 しかし、どうすれば、引き留められる?


 わたくしは必死で考えた。


 頭をフル回転させた。


 でも、結局、いい案は思い浮かばず、端的に事実を述べることしかできなかった。


 義弟に半歩近づき、背伸びをして、耳元でこう囁いた。



「今、あちら側へ行けば、離縁だ」


 義弟は唖然として、固まった。


 その後、信じられないと言った風に何度も首を横に振った。


 最後に何故か目に涙を溜めて、満面の笑みを浮かべ、よく通る声で宣言するように言った。



「ご安心ください。何があっても義姉上のお傍でお守りしますから」


 全く意味が分からない。

 

 義弟は絶対にどこかが壊れてしまっている。


 わたくしたちが領地に着く前に医者を準備してもらうように家宰に手紙を書いておこう。


 

 義弟のよく通る声は、壇上にも届いたらしく、ランパードはこちらを向いて小さく頷いた後、断罪を開始した。


 そこからは、しょうもない子供の諍い話が延々と続いた。


 幼稚舎で学ぶような「人として」やってはいけないことについての講和のようだった。


 退屈な芝居鑑賞の間、わたくしが気になったのは、【悪役令嬢】が敵意に満ちた目でチラチラとこちらの様子を気にしていることだった。



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