【ヴィー】溺愛されていない方の義姉の役割
「義姉上!」
時は、王立学園の卒業パーティー。
わたくしの顔を見るなり、足早に近づき、片膝をついて頭を垂れる臣下の礼をとった青年は、コードネーム【シスコン】の我が義弟ケイレブ。
この義弟の溺愛の対象は彼の血のつながった双子の妹カイリーで、義姉のわたくしではない。
わたくしは学園の寮に面会に行くたびに面会拒否されるほど嫌われているが、それはまあよい。
わたくしの文通相手からの情報では、この卒業パーティーで、【悪役令嬢】と【メインキャラの婚約者達】のグループが、【聖女】と【メインキャラ達】のグループと断罪合戦をして、潰しあうとのこと。
しかし、その実、水面下では、【悪役令嬢】と【聖女】が手を結び、【悪役令嬢】が隠しキャラである【隣国王子】を、【聖女】が【メインキャラ全員】をと、互いの取り分を決めて談合しているらしい。
正直に言って、話が荒唐無稽過ぎて、よく理解できていない。
わたくしに理解できているのは、この意味不明な「断罪劇」が成功すれば、この国を担う権力者の次代達が悉く政治的に再起不能になって、文通相手がこの国を征服しやすくなるということだけだ。
【メインキャラ】は、王太子、宰相令息、騎士団長令息、魔法師団長令息、辺境伯令息の5人だ。
わたくしの義弟ケイレブは、辺境伯令息だ。
辺境伯家の養子で、辺境伯の実子で義姉のわたくしとは超絶不仲、生き別れで育った双子の妹を溺愛する【シスコン】キャラだそうだ。
まぁ、実際、そんな感じだ。
敢えてケチをつけるなら、この国の南北で野獣狩りをする貴族が辺境伯で、この国の東西で隣国との国境を守るのは、侯爵だ。
この国の西辺を守る当家は、辺境伯ではなく侯爵家だから、義弟は厳密には辺境伯令息ではない。
中央から見たら、辺境伯も侯爵も似たようなものなのだろう。
わたくしの文通相手はこの断罪劇を利用して、この国の権力者である親たちも出来る限り引きずり降ろし、王国を隙だらけにすることを目論んでいる。
そのために、本人たちにも気付かれないように密かに【悪役令嬢】と【聖女】を支援してきた。
で、わたくしは文通相手の協力者だ。
文通相手がこの国の乗っ取りに成功すれば、わたくしはこの国の民から「逆賊」と呼ばれるようになるだろう。
今回のわたくしの役柄は【隣国王子】に家族招待されて卒業パーティーに参加した【隣国王子の婚約者】だ。一切口を開かず冷たい表情で横に立っているだけの身分も明かされないミステリアスな存在だそうだ。
令嬢言葉が苦手だから、無口な設定は大変都合がいい。
ところが、会場入りした瞬間にミステリアスな設定が崩れた。
義弟に見つかった上に、よく通る声で「義姉上」と呼ばれて身バレしてしまったし、膝をついての忠誠の礼で衆目を集めてしまった。
わたくしをエスコートしている【隣国王子】もわたくしと共に注目を集め、隠しキャラの設定が崩れてしまったかもしれない。
よろしくない流れだ。
6才から王都で暮らすようになった義弟は、先代侯爵だった母の葬儀と一周忌にしか領地に帰ってこなかった不義理な王都っ子だ。
高等部に入学してからは寮に入り、わたくしのことを徹底的に避けている。
文通相手は「仮に君を見つけても他人のふりして、絶対に寄ってこない」と読んでいたし、わたくしも同感だった。
それなのに、義弟が全く逆の行動を取るから困惑している。
「ヴィクトリア様! この度はお運びいただきまして、ありがとうございます」
義弟にエスコートされていた義弟の双子の妹カイリーも美しく着飾ったドレス姿で義弟の横で両膝をつき、頭を垂れた。
まるで罪状を言い渡されるのを待つ罪人のようだ。
当家の派閥の子女達も義弟とその双子の妹に倣って、膝を付く者がチラホラ出始め、会場内が騒然となりはじめている。
これでは、敵の為にわたくしの配下に目印をつけて披露しているようだ。
最悪だ。
(こんなところで、断罪劇が中止になると、全てが台無しですよ)
わたくしは【隣国王子】に目で訴えた。
【隣国王子】は、身分を隠して学園に潜入した隣国第3王子だ。わたくしよりも身分の高い彼が「面礼」を発してくれないと、わたくしには二人を立たせてあげることができない。
「ケイレブ卿、学園では身分関係なく平等に振る舞うきまりです。周囲が驚いています」
「義姉上は、学園生徒ではありませんし、私の主です。私達の間では主従のしきたりが優先されます。許しもないのに立ち上がれません」
やんわりと義弟に立ち上がることを促す【隣国王子】に対し、「お前に忠誠を示してるんじゃねぇ」と返す義弟。
義弟が何気に強敵なんだが、大丈夫だろうか?
というか、3年間面会拒否を続けておいて、何があるじだ。
身震いがする。
「ヴィー。君の家、躾が厳しすぎるんじゃない?」
「ふむ」
本日のわたくしは口を開かないキャラ設定なのだが、どうしたものか?
通常であれば、膝をつかれたら「面礼」を発するか、わたくしの方から手を出し、忠誠のキスを受けた後、額に労いのキスを返し、立ち上がらせるものだが……
武門系の主従の挨拶は、文武民官入り混じる学生達には奇異に映るだろう。
まずは女性の方からと、カイリーの両手を自分の両手で掬うように立ち上がらせ、家族風に扱うことにした。
「ちゅっ。ちゅっ。カイリー、卒業おめでとう」
「ありがとうございます!」
わたくしから両頬にキスをされたカイリーは、何故か感極まって、ウルウルしながらわたくしの両手を自分の胸に抱き込んでいる。
カイリーは義弟とは別の家に養子縁組されており、当家の子ではない。
でも、【隣国王子】のリアル恋人で、味方だ。
両膝をついて義弟の横でわたくしに忠誠を誓ったのは、【隣国王子】側に組することを示したことになる。
二人の馴れ初めとわたくしの関係を順を追って説明すると、わたくしはこの国ではなく、隣国の学園へ通った。
隣国では、文通相手の家がホストファミリーになってくれて、文通相手の弟である【隣国王子】とは、一緒に暮らし、一緒に学園に通った仲だ。
母の体調が思わしくなかったので、わたくしは侯爵家の領地の執政を手伝い始めるため、隣国での学業は途中で切り上げて領地に戻った。
だから、高等部には通っていないが、会ってもくれない義弟なんかより、よっぽど仲の良い姉弟のような関係だ。
文通相手は、この国を征服することに決めた後、この国の王太子や高位貴族の次代達について深く知るために、弟の【隣国王子】の身分を偽装し、学園に通わせた。
義弟の保護者として入学式に来たわたくしは、猛烈にしょぼい姿に変装した【隣国王子】と再会した。
あまりのしょぼさに噴き出したぐらい、パッとしない猫背でビン底眼鏡の空中ズボンだった。
入学式の後、義弟の方はわたくしに会わずに友人達と寮に戻り、時間が空いてしまったので、迎えが来るまで【隣国王子】と立ち話をしていたら、カイリーが義弟の非礼を謝りに来た。
カイリーは血がつながっているというだけで、義弟の非礼を謝る必要はない。あれは当家の教育がだめだった結果だ。
逆に申し訳なかった。
わたくしと【隣国王子】は、ひと目でカイリーが好きになった。
とてもいい子だ。
文通相手によれば、【隣国王子】は入学式の後、「こ・ね・こ、来た~~!」と訳が分からない緊急即信を打って寄越したらしい。
要は、「一目惚れしました!」ってことだ。
以来、カイリーが頻繁に出没する図書館で入待ちするために、図書委員になって、【シスコン】である義弟の目を盗みながら、じわじわカイリーを攻略していったらしい。
頭脳派だ。
もし、隣国の第3王子に嫁ぐのにカイリーの身分が足りなければ、当家の養女にして、侯爵令嬢として嫁入りさせればいい。
そうしたらわたくしとも義姉妹になれる。
win-winだ。
義弟は双子の妹の方を好んでいるとのことだが、それはわたくしも同じだ。