知り得なかった事
ソレは驕りだ。
迷宮へと侵入した音無の視界に映ったのは大きな建築物だった。その建築物は至る所が朽ちている。その様子から長い間、使われていない様に見えた。人の生活感が無くなった建築物は、朽ちるのが早くなるのであろうか…。色褪せて見える。
その建築物には【二階堂総合病院】と文字が刻まれていた。
「何故。病院が…。」
予想していなかった光景に音無は思わず声を漏らした。迷宮と化した世界は、その人間の深層心理が深く関係していると云う。ともすれば、姉である凪沙には【病院】と深い関係がある筈なのだ。然し、音無には、凪沙と病院の結び付きに関する記憶が全くと云って良い程に無かった。だからこそ心は揺らいだのである。
音無の知らなかった姉の一面。確かに人には人に云えぬ事の一つや二つはあるのだろう。だが姉は、そういった事を抱える様な人間ではない筈だ。
いや、ソレはきっと音無の驕りなのだろう。知った気になり、姉を自らの枠に嵌めていただけだ。その考えを遮る様に至る場所から呻き声が木霊する。
「足らねぇ頭で考えてんだから邪魔するなよ…。」
音無の視界に映るのは…。肉体の一部が壊死した年端もいかぬ少女達だった。




