夢を視た…。
息子を返して…。
音無静寂と相原咲は夢を視ていた。
夢と称してはいるが正確には、薬師理花と云う名の女性の記憶である。でもソレを音無と相原が知る由もない…。
KARMAウィルスが世界に蔓延する前…。ある幸福な一家が惨劇の渦に呑み込まれてしまう。
当時、薬師理花には慎耶と云う夫がいた。五人の子宝に恵まれ幸せな日々を過ごしていたのである。裕福では無かったモノの、家族の其々が笑顔で幸せに満ち満ちていた。特に末子の息子、太気は皆に可愛がられて育っていた。
太気は慎耶の母方、フィンランド系の血を色濃く受け継いでおり、青い瞳の天使の様な子供で、太気が微笑めば皆が微笑み、太気が哀しめば皆が哀しむ。薬師家族にとって、太気はムードメイカーであり、掛け替えの無い宝物だった…。
然し…。
或日を境に幸せな家族は壊れた。太気が行方不明となってしまったからだ。理花も慎耶も上の兄妹達も懸命に太気の行方を探した。幾日も幾日も太気の帰りを待ち侘びる日々。家族は日に日に衰え、痩せていった。特に母親の理花の衰弱は激しかったのである。
だが…。太気が無事に生きて家族の元へと帰ってくる事は無かった。太気が行方不明になってから一ヶ月後、家族の元へと帰ってきたのは、右腕だけだったのだ。




