産み堕ちた世界で名は告げられた。
誰かが云った。
【死後の世界には地獄と云うモノは存在しない。総ての死んだ人間の魂が向かう先は天国である。何故ならば、この現実世界こそが地獄…そのものだ…。】
「目覚め…。」
「目覚めて…。××××。」
意識と呼ばれる境界の向こう側から微かに声が聞こえる。そうだ。あれは私の名を呼ぶ声だ…。
「目覚めて…。キリヒト…。」
キリヒト。其れは私の名だ。私は…。私は天野桐人だ。間違いは無い。何故なら、私の脳内にある記憶が…。私を天野桐人だと告げているからだ。ゆっくりとベットから立ち上がる。
ズキズキと背中が酷く痛む。
ズキズキと頭も酷く痛む。
【辻褄の合わない記憶】が私の内に存在する。私は幾度…。この世界に産み堕とされたのだろうか?
私は考える。
記憶とはー
曖昧に憶えている過去と云う名残の集合体なのではないか? と。
私は仄暗い部屋でキャンドルを灯し、アロマの香りに身を委ねていた。ユラユラと揺れる灯り。甘く魅惑的な香り。椅子に座り、テーブルにうつ伏せの姿勢で身体を預けながら思考を巡らせている。
もし私がー
たった今ー
この瞬間にー
過去の記憶をプログラミングされてー
この世界に産み堕とされていたら…。
【私は、その事実に気付くのだろうか?】
記憶とは、現在の心の在り方で改竄されてしまうのではないか?
そんな解答の無い哲学の様な考えが巡っている。
『答えなんて見つからないか…。』
私は微かに言葉を漏らす。ユラユラと身体を揺らし、洗面所へと向かう。水を満たし、両手で掬う。乱雑に顔を荒い、瞳を開ける。
緩やかにウェーブした長い髪。手入れを怠った無精髭。色素の薄い茶色の瞳。彫りの深い顔立ち。
『キリスト…。か…。』
鏡面に映し出される自分の姿を見て…。
私は苦笑した。