静寂
虚しさだ。虚しさだけが残った。
昏睡状態になる前…。姉は言っていた。
「貴方の正義を貫きなさい。」
そうしたい。そうしたいけれど…。正義とは何なのか解らなくなっていた。世界が崩壊し、人間の本性が明確化した現在ならば尚更だ。法も秩序も何ら意味が無くなっているのだから。
「正義とは何だ?」
崩壊した世界で自問自答を繰り返す日々。街中を跋扈する怪物達から逃亡し、命を繋ぐ為に塵を漁り続ける日々。ソレでも不思議なモノで、希望も何も無い世界でも、何とかして生きようとする己がいた。
死ぬのが怖いのではない。死んでしまっても良いとすら思っている。けれど自ら死のうとは思えなかったから、生きているだけだった。生きる望みの無くなった世界で生き続けているのは滑稽だとも思う。
虚しさだ。虚しさだけがあった。
雨がシトシトと降っていた日の事。いつも通り塵を漁っていた時だった。背後から不意に声がした。綺麗な声だった。
「探しましたよ。音無静寂さん。何故、貴方の様な人が、此の様な場所にいるのです?」
振り返ると其処には、バケットハットを被り民族衣装に身を包んだ男性がいた。
「初めまして…。私は倉木英知と申します。貴方にお伝えしたい事がありまして…。貴方のお姉様。愛舞さんが迷宮化となりました。」
倉木と名乗る人物は、そう云った。
【迷宮化…。】
強力な咎に耐えられず、昏睡状態になった人間が死亡すると、その遺体は迷宮への入口となる。そして、その迷宮から此方側の世界へと怪物が溢れ出てきてしまうのである。
「と云う事は…。」
「はい…。貴方のお姉様は駆逐対象となりました。」
虚しさだ。虚しさだけが残った。
どうしますか?その瞳に寂しさを宿して、倉木は続ける。
「元駆逐隊の貴方にお任せしたいのですが…。引き受けてくれますか?」
虚しさだ。虚しさだけがあった。
駆逐隊。
別称スイーパー。
KARMAウィルスにより産み出されてしまった怪物に安息を与える特殊部隊。
第一から第七部隊まである。
音無静寂は第六部隊の元隊長。
ある事件を切っ掛けに部隊を去っている。