プロローグ
※人が(例え、それが軽い表現であっても)死ぬのが苦手な方は読むのをおやめください。
ぱきっ、小枝が折れる音がした。
冬といえど日もまだ落ちてない時刻、薄暗い森の中を少年は走っていた。否、逃げていた、と言った方が正しいだろうか。
「ぐるううぅぅううぅうああぁああぁああ!」
突然、森を振動させる咆哮が鳴り響いた。少年はこの咆哮の発生源から逃げていた。
隆々とした筋肉に巨体な体を覆う針金のような剛毛、そして鋭い牙を持ったライオン――もとい、化物である。
少年が不規則に生える木々を避けながら走るのに対して、化物は木々を薙ぎ倒して直進していく。追いつかれる度に少年を引き裂こうとする爪を避けながら、少年は走り続けた。
何度か繰り返している内に――逃げることに必死で周りが見えなかった少年は――森を抜けて崖の縁まで来てしまっていた。
「前にも後ろに引けない……これは詰んだかなー。あの時、走ってれば間に合ったかもな」
遡る事は数分前の事。少年は少年と似た格好をした割りと長身な少女と森の中を歩いていた。
「燐ちゃん達、大丈夫かなー?」
「大丈夫だろ。楓みたいに鈍くないし、技術は残念な部分があるけど……悠が付いてるしな」
「そうだよね、大丈夫だよね。……あれ? さり気なく酷い事言われたような気がする」
「気にするな。それよりも早く戻ろうぜ」
少年が歩みを速めようとした時だった。急に振り返ると、瞑想し始めた。
「どうしたの?」
楓が頭を傾げながら尋ねると、少年は今まで歩いてきた道を指した。
「向こうに小さな魔力波を感じる」
「んー……感じないよ?」
「楓はとろいからな。もう課題の分は集め終わってるし、もしかしたらボーナスかも知れない」
「ボーナスなんていいよー。早く燐ちゃん達と合流しよう!」
「どうした、怖いのか?」
少年が尋ねると、楓は怪訝な顔をした。
「怖いというか不気味な感じがする。ほら、最近異常事態が多いって聞くし!」
「大丈夫だよ、楓は先に戻っててくれ。一人で行って来る」
「一人じゃもっと危ないよう!」
「一人、だから危なくないんだよ。楓が居たら邪魔だしな。じゃ、行って来る」
そう言って再び森の奥へと走っていった。
「もうっー最後までお姉ちゃんの事馬鹿にして、和泉くんなんか知らないんだからねー!」
楓の叫びは薄暗い森の中で木霊して、虚空に呑み込まれて消えた。
「ここら辺にあるはずだが……」
一方、ボーナスを探しにきた和泉の方は、落ち葉や小枝を手で掻き分けながら歩いていた。
「全く、こんな小さい魔力波じゃ探す気も失せて来るな」
一息ついて。
「だけど、見つけておかないとな」
和泉が愚痴を零しながら探していると。
「かなり大きいボーナスだな」
突如として、その小さな魔力波が凄まじく大きな魔力波へと変化した。
「これは……どうやら当ててしまったらしいな」
和泉は立ち上がって振り返った。
そこにあったのは、紛れもなく「ボーナス」だった。今有る物では満足しない欲張り者を死へと誘う化物。
化物は爪を大きく振り上げると、死因が衝突死になりそうな速さで振り下ろしてきた。
これを和泉は咄嗟に地面に這いつくばって回避。爪が通り過ぎた事を視認すると、中腰になり化物に向かって走り出した。そのまま突き抜けると、振り返りもせず走り続けた。無駄に体が大きい化物は小回りが利かない為に振り切れる時間は十分にあったが、予想外にも大きく迂回して遠心運動で勢いを殺さずに猛突進してきた。
「まじかよっ!?」
和泉とは比較にもならない速さであっという間に追いついてきた。再び襲ってくる横薙ぎの爪を今度は前へ飛んで前転、運動エネルギーを無駄にしない動きでそのまま立ち上がり走り出した。
そうこうしている内に、今の極限状態に陥ってしまったという訳だ。
「こんなボーナス嫌だな……だから」
そんな和泉の呟きは無視して、襲ってくる化物。和泉はこれを避けようともせず、ただ立っていた。
そして爪が和泉の体を引き裂く瞬間。
和泉の体が突然炎に包まれた。化物の爪は炎に触れた途端、すぅっと消えるかのように溶け失せていった。
「このボーナスはお前に返してやるよっ!」
右手を化物に向けると、体を包んでいた炎が右手に集中し始め、間もなく発射された。
「があああぁあぁぁあああぐるああああぁぁ!」
頭に大きな穴を開けた化物は、咆哮をあげながら倒れた。
と、同時にぴきっ、と嫌な音がしたかと思うと、化物が倒れた振動で崖が崩れ和泉と共に落下していった。
「結局死ぬのかよおおおおお!」
急激に迫る死に対抗策もなく、和泉はそのまま地面に打ち付けられ、死んでしまった。