風林火山~心頭滅却すれば乳もただの肉~
「そ、それでしたら、スキンシップだけでも……! あ、あぁっ……! も、もうっ、我慢できませんっ……!」
琴音さんは顔を赤らめながらフラフラと俺に近づいてくると――がばっと両手を広げて勢いよく抱きついてきた。
「むぐっ!?」
顔面に豊かなおっぱいが押しつけられる。
服越しとはいえ、その柔らかさと弾力性は十分に伝わってきた。
「あぁあぁ♪ 心が満たされます♪ 道広くん、申し訳ありません♪ しかし、もう衝動を抑えられませんでしたっ♪」
謝罪しながらも俺を抱き締める力は強まっていくばかりだ。
ぎゅ~~~っ♪ と抱擁が強まる=制服越しにおっぱいが顔面に押しつけられることになる。
つまり、極楽であり苦行である。
健全な青少年男子である俺にとって、こんなことをされたらイィイヤッホォーウ! な気分になるが、ここで生の感情を表出させるわけにはいかない。
あくまでも冷静に。俺は扇山家に仕える身なのだ。
これは……仕事なのだ。
職務中に私の感情を抱くなんて許されない。
心頭滅却すれば乳もただの肉!
風林火山!
俺は武田家の最期に思いを馳せることで、この難局を乗り切った。
「……ふうぅ♪ ありがとうございます♪ 心が落ち着きました♪」
俺を思うさま抱擁して満足した琴音さんは体をゆっくり離して笑みを浮かべた。
心なしか、お肌がツヤツヤしている気がする。
どうやら俺は無事に職務を果たせたようだ。
今度から理性が危機的状況に陥ったら苛烈な戦国時代のことを考えよう。
借金で親が蒸発する前の俺は図書館に入り浸って歴史についての本ばかり読んでいたのだ。
「む~、お兄ちゃん……デレデレしすぎっ……」
「そ、そんなことないぞっ……」
葉菜から小声で指摘される。
デレデレというか、あえて戦国時代に思いを馳せることで心ここにあらず状態を作りだしていたわけだが……。
傍から見れば、デレデレしているように見えるのだろうか。
俺としては武田家の最期に思いを馳せていただけなのだが……。
「それでは、まいりましょう♪」
マイペースヒロインであらせられる琴音さんは、俺たち兄妹の会話をまったく気にとめることなく次の行動へ移っていた。
「は、はい」
「はいっ」
俺たちは早くも歩き始めている琴音さんに追随する。
凪咲さんは自然な動きで琴音さんの斜め左後ろに付き従った。
「お嬢様、わたしは紅茶の用意をさせていただきます」
「ええ♪ よろしくお願いいたします♪」
一礼して凪咲さんは離れていく。
ほかの執事やメイドたちも、それぞれの持ち場へと一斉に散っていく。
キビキビした動きは見ているだけで気持ちいい。統制がとれている。まさに風林火山。
そんな中で俺たちのような存在が紛れているのは、やはり場違い感がすごいな……。
居心地の悪さを感じつつも琴音さんに連れられて俺たちは高級和風旅館と見まがうばかりの屋敷内を進んでいった。
「それでは自室で着替えてまいりますので、少し待っていてくださいね♪」
日本庭園の見える洋風客間に通された俺たちはソファに座って待つことになった。
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