胃袋と筋肉
琴音さんは完全に善意から提案したに違いないが、新生徒会一発目の企画としてはよいものだったのではないだろうか。
人心を掴むには胃袋から。うまいメシは理屈を超える。
それを扇山家の御馳走によって俺たちは存分に思い知らされた。
貧しさとマズいメシは人の心を荒ませるのだ。
「うまい、うますぎる!」
「こんなにおいしい豚汁食べたことないわ!」
食事スペース用のテントからは次々と歓声が上がっていた。
それもそのはず。食材集めには扇山家も協力してくれているので最高級の具材が使われているのだ。
そして、食堂のおばちゃんと一香・凪咲さんの調理技術によって極上の豚汁が完成した。
俺たちも味見に協力しているので美味さは十分に知っていたが、生徒たちは口々に豚汁を褒め称えている。
「みなさんに喜んでいただけているようで、よかったです♪」
「みなさまのお口にあうか少々不安でございましたが、喜んでいただけているようでなによりでございます」
琴音さんは花咲くような笑みを浮かべ、凪咲さんはいつものような無表情ながら嬉しそうな雰囲気を漂わせていた。
「お兄ちゃん♪ みんなおいしそうに食べてるね~♪」
「ああ。いいもんだな。食べ物で人に喜んでもらえるってのは」
これまでのバイトはガッツリ稼げる肉体労働ばかりだったので、飲食店で働くということはなかった。でも、これはいいもんだな。自分の作った食べ物で喜んでもらえるというのは。
やはり食は人生の基本なんだよな。
日々の食事に事欠いていた俺たちは、心まで貧しくなっていた。
そして、食事が疎かになったことで葉菜とのコミュニケーションまでなくなっていた。
その結果が、葉菜の入水自殺未遂だ。
「ふふ♪ 腹が減っては戦はできぬです♪」
そう言って、いたずらっぽく微笑む琴音さん。
この笑顔に、俺はどれだけ救われてきただろうか。
まだ、半年も経っていないっていうのに。
ほんと、感謝してもしきれないよな。
そうシミジミ思ったところで、一香の声が拡声器越しに響く。
「道広ーーー! まだまだまだまだ行列続くからねー! 豚汁の補給よろしくーーー!」
うむ。今は目の前に集中せねば。
「了解だ!」
一香に向かって応えると、空になった大鍋を移動し次の大鍋を琴音さんたちの前に置く。
……ほんと、重いな。こんなときに筋肉があってよかった。
「よし! 補充完了!」
「わあ♪ さすが道広くんですね♪ 力持ちです♪」
「まさに頼りになる殿方といったところでございますね」
「お兄ちゃんの筋肉は頼りになる~♪」
うむ。筋肉は裏切らない。
富も地位も権力も先天的なものが大きいかもしれないが、筋肉は後天的に誰でも得ることができるのだ。労働で鍛えられた俺の筋肉には無駄がない。
ボディビルダーのような肉体美こそないが、実用的なのだ。
「次の豚汁の調理もやっておくぞ!」
大量の具材をかき混ぜるのは、それだけでも重労働と言える。
富と地位と権力があっても、最後に物事を動かすのは労働(筋肉)である。