人格者なお嬢様
※ ※ ※
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
扇山家の通用門から敷地内に入り、まずはメイドや執事たちの詰所へ。
そこでメイド長の凪咲さんと合流した。
「お嬢様は間もなくご帰宅です。お出迎えを」
「はい」
「は、はいっ!」
俺に続いて葉菜も飛び跳ねるように背すじをピョコンと伸ばして応える。
「緊張なさらなず自然体で大丈夫でございます。おふたりにはお嬢様のご友人として普通に接していただければ」
といっても、本来、俺たちは友人どころか琴音さんに近づくことすら畏れ多い。
ま、まぁ、善処しよう。
メイドと執事が屋敷の玄関前に勢揃いする。
俺と葉菜もその右端(横には凪咲さん)の前に並んで待機する。
やがて――黒塗りの高級車が正門から入ってきた。
それにあわせて一斉にみんなが頭を下げる。
俺たちは頭を下げなくてもいいと言われているのだが、こんな状況でふたりだけ直立している度胸はない。
黒塗りの高級車が俺たちの前で止まる。
凪咲さんの隣にいた担当の執事が素早く後部座席のドアを開けた。
「みなさま♪ 御出迎え御苦労さまです♪」
優雅な所作で車から降りた琴音さんは、まっさきに労いの言葉をかけてくれる。
富も地位も権力もあるのに、まったく偉ぶることがない。ほんと、人格者だ。
「道広くん、葉菜ちゃん、本日もご足労いただき申し訳ありません。心より感謝申し上げます」
申し訳なさと嬉しさの混じった表情を浮かべながら、琴音さんたちは俺たちに歩み寄る。
いつもながらすさまじいまでのお嬢様オーラだ。
美しさだけでなく育ちのよさで磨かれた気品がある。
それなのに俺たちのような貧乏兄妹に親しく接してくれるなんて……。
「い、いや……ほんと、畏れ多いですよ。俺たちのような者に」
「そ、そうですよ。葉菜たち琴音さんに感謝してるんですっ!」
恐縮する俺たちに対して、逆に琴音さんは申し訳なさそうな表情になる。
「いえ、困ったときに助けあうのは当然のことですし、こんな近隣に困っている方がいるのに気がつくことができなかったわたくしは扇山の者として恥ずかしいです……」
……なんという人格者だ。
「家柄や富というものは、たまたまそこに生まれたからにすぎません。そのようなものに人は苦しめられるべきではないと思うのです。富める者は分け与えるべきであり、困っている方を助けるべきであると、亡きお父様も常々そう仰っておりました」
琴音さんは父親を亡くしているのか……。
今さらながら、初めて知った。
「琴音さん……かっこいいよぉ……」
葉菜は尊敬の眼差しで琴音さんを仰ぎ見る。
俺としても、その志の高さと純粋さに圧倒されてしまう。
というか、将来、変な奴に騙されたりしないか心配だ。
助けてもらった俺が思うのも変な話だが。
「わたしは世間知らずの未熟者です。おふたりには、ぜひこれからもご指導とご鞭撻を賜りたく思います。そして、友人としても接していただければ……あ、あと、スキンシップ係として、ご、ご協力いただければっ……!」
知性的で凛々しかった表情が徐々に崩れ最後にはポンコツ化していく。
琴音さんは、やはりかなりスキンシップに飢えているようだ。
父親を亡くしていることも関係しているのかもしれないな……。
うちみたいに借金をこさえて蒸発する父親なんかとは大違いだ。
「いや、まぁ、俺たちは単なる庶民だし教えられることなんてないと思いますが……」
「そ、そうですよぅ……あたしもお兄ちゃんも頭悪いし……」
実際問題、俺たちから学ぶべきことなんて0だと思うのだが……。