テンパる一香
「どうぞリラックスしてください♪ わたくしもみなさんと変わらないひとりの人間ですから♪」
「は、はひぃっ! 恐悦至極ですっ!」
思いっきり声が裏返っている一香である。
琴音さんと初対面のときに俺でもここまで緊張しなかったが……。
「それでは、わたしはお茶の用意をしてきます」
「はい♪ 凪咲さん、よろしくお願いいたします♪」
「はい。では――」
凪咲さんが一礼して去っていった。
「それでは、こちらへ♪ くつろいでくださいね♪」
ニコニコと親しげな笑みを浮かべる琴音さん。
「は、はいっ!」
それに対して一香は飛び上がるようにして応えていた。
学園ではアイドル的存在である生徒会長だが、すっかりポンコツ化してしまっている。
「…………す、すごい……これ、勝てない……オーラすごすぎ……無理、あたし、負けた……」
そして、俺にだけかろうじて聞こえるくらいの声量でブツブツつぶやく。
対抗心どころか、すでに敗北感を覚えているようだ。
まぁ、琴音さんのお嬢様オーラは圧倒的だからな。世が世なら女王として君臨できるレベル。
ともあれ。俺たちは席へついた。
テーブル左側の奥から一香、俺の順。右側の奥に琴音さん。
つまり、一香と琴音さんが対面になる。
「あ、う、あ……」
緊張のあまり一香は、まともに言葉を発することができていない。
「道広くんから一香さんのことは常々うかがっております♪ 生徒会長として職務を立派にこなしておられるのみならず、義に厚く、道広くんをずっと助けていらっしゃったと♪ とても素晴らしいです♪」
「い、いえいえいえー! 当然のことをしたまでというか困ったときはお互い様というか、弟と妹の面倒を見るついでというかー! あばばばばーーー!」
一香、テンパりすぎである。まるで皇族に接した一般人みたいである。
というか、その場合でもここまで緊張しなさそうだ。
「どうか落ち着いてください♪ わたくしは一香さんのことを尊敬しております♪ 色々とお話させていただき、学ばさせてください♪」
「お、お、お、畏れ多いーーーーー!?」
普段の余裕ある態度からは考えられないほどに一香はポンコツ化が加速している。
こんな調子では真っ当な会話が成り立ちそうにない。ここは俺がどうにかせねば。
「落ちつくんだ一香。いつも俺と話すときみたいに話せばいいんだ」
「と、言われてもー! っていうか道広、よく平然とこの豪邸に馴染んでるよね!?」
「慣れた」
「おのれ、ブルジョワ!」
いかん。訳のわからん方向に行きかけている。
と、そこで。ドアがノックされる。
続いて、凪咲さんの声。
「お茶とケーキをお持ちいたしました」
早いな。おそらく事前にほかのメイドさんたちに下準備をさせていたのだろう。
さすが凪咲さん。優秀なメイドだ。